久々の休み

『ツルハシさん、今日はどうします?』


 ヘルムと装備を身につけたラレースが、俺にそう問いかけた。

 もうお昼で、一日の半分が終わってるからなぁ……。


 ガッツリ何かやるってよりは、細かいことをやってくか。

 まず、やらないといけないのは――


「装備の新調かな? ボロボロになっちゃったし」


『確かにそうですね……だいぶ損傷を受けましたね』


「前からあぶられたのが幸いしたな。尻がでなくて良かった」


『もう! ここ、銀座で装備を作るんですか?』


「あぁ、銀座は昔から仕立て屋が多いからな。戦争が始まる前からスーツの仕立て屋をしてた人だっているんだぜ」


「そんなに昔から、スーツって造られてたんですか」


「あ、ラレースが想像してるのとは違うスーツだよ。背広のこと、ほら、たまーに良いとこのお店でネクタイとジャケットを着ている人がいるだろ?」


「そっちですか。戦争前から、軍事施設があったのかと……」


「実は間違ってないんだけどな。ラレースは外から来たから知らないだろうけど、東京の都心って、意外と自衛隊の駐屯地が多かったんだ」


「へぇ……日本は平和だと聞いていましたが、意外ですね」


「だろ? 俺も探索者を始めて知ったんだけどな。ここからだと、市ヶ谷とか十条が近いかな。いまだにそこに残ってる自衛隊の人達がいるな」


「あれ、政府は無くなったんですよね?」


「まぁな。でも、人の心ってのは複雑なんだよ。探索者をやりながら、そこで寝泊まりを続けてる人が、少なくない数いるんだ」


「そうですね……。」


 俺たちは光越ミツコシを出て、仕立て屋の集まっている通りに向かうことにした。仕立て屋は光越のような百貨店に出入りする関係で、ここからそう遠くない場所に固まって存在しているのだ。


「そういや、気になってることがいくつかあるんだけど、聞いて良いか?」


『なんでしょう』


「レオにはダンジョンの、アルマの事は伝えたのか?」


『えぇ。彼はツルハシさんのことを信頼していますし、伝えておかないと、議会で説明する時、どの情報を隠すか不都合になるかと思いまして』


「いや、ならいいんだ。レオなら問題ないだろう」


『はい、そう願っています』


「後は……ユウキはどうなった?」


『ファウストが死亡した後、ユウキ君は人に近い姿だったのもあってか、かろうじて無事でしたが……他のお二人は』


「駄目だったか。その、かろうじてっていうのは?」


『第七層での戦いが終わった後、スレ民の手によって救護されたのですが……朝になっても意識が戻っていないと、ジンさんからお聞きしました』


「そうか……ファウストの装備のせいか?」


『はい。彼の装備は、スキルを持たない肉体に対して非常に大きな負荷をかけるものだったようです。ジンさんの話では、全身の筋肉が炎症を起こしていて、神経にも損傷が見られるそうです。後遺症については、まだ何も……』


「クソッ、後の事は何も考えてなかったな、あの野郎」


『それに考えが及ぶなら、始めからこのようなことはしないでしょう』


「はぁ……。通常通りなら、ユウキの友達は蘇生しているはずだ。彼らにユウキのことを伝えてやらないとな」


 ユウキには、ヒナタとイツキという二人の友達がいた。


 ユウキより先にお台場の都市に入った二人は、信仰を持っているとユウキが言っていた。なら、二人が蘇生している可能性は高い。


 とはいえ、今は連絡の取りようがないわけだが。うーむ……。


『はい。このまま見舞う人も居ないなんて、あまりにも不憫すぎます』


「そうだな。いくら意識が無いって言っても、手を握ってやるくらいはできるはずだ。今は無理だろうけど、ジンさんに許可をもらえたら、見舞いに行くか」


「はい。――きっと、ユウキくんも喜ぶはずです」


「……ちょっと湿っぽくなっちまったな。そうだ、久々の休暇だし、仕立て屋に装備を頼んだら、どこか行こうか」


『良いですね。映画とか劇をやっている所はありますか?』


「そうだなぁ――」


 彼女と流行りの劇の話をしながら歩いていたら、程なく仕立て屋に着いた。

 会話しているとすぐ時間が経つな。


「ここが前、マスクを頼んだトコ」


『……「ラフィーナ」ですか。「洗練」、良い意味ですね』


「前々から思ってたけど、辞書もないのに、よくわかるね……」


『はい。加特系カトリックではラテン語で書かれた書物を使いますので』


「あっ、なるほど」


『でも大丈夫ですか? 凄いお高そうですよ?』


「うん。マスクも凄い高くついたけど、腕前は確かだからスーツも頼もうかなって。ほら、スーツとちがって、マスクは全然ダメージ無いでしょ?」


 俺は自分のマスクを指指す。スーツと同じく赤竜のブレスを受けたのに、焦げや歪みは一つも無い。ちょっと頭おかしいレベルで頑丈だ。


『あ、言われてみれば、確かにそうですね』


「でしょ? 第十層でアホみたいに神気が入っただろうから奮発しようかなって」


『それは良いですね!』



<カラン♪>


 俺はラフィーナのドアを押し、ベルの音と共に店に入った。


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