カバーストーリー

「ありがとうアルマ」


<<…………>>


「どうした?」


<<あ、いえ……ありがとう、なんて言葉を言われたのは初めてです>>


「あー……」


 彼女はこれまで自身に向けられた感情、それを思い出しているんだろう。様々な感情が蜃気楼のように俺の中を立ち上っては消えていく。


 恐怖、絶望、孤独、そして――憎悪。


<<す、すみません! ……不快な思いをさせてないと良いのですが>>


「いや、いいんだ。俺にも経験があるからわかる」


<<経験、ですか?>>


「あぁ。お前に比べればずっと短い人生だけどな。そのぶん、酸っぱくて苦い、嫌な思いをした密度がコーヒーより濃くってね。ま、本物は飲んだこと無いけど」


<<あなたはそんな時、どうしてたんですか?>>


「そうだな。難しい本を読む。理解できるかできないか、ギリギリのやつ」


「何もしないと、嫌なもんが頭の中に残ったままになっちゃうからな。新しいものを入れて、早く洗わないとシミになる」


<<なるほど。新しいもの、ですか>>


『ツルハシさんってやっぱり、勉強する方だったんですね』


「やっぱりって何!?」


『ほら、ファウストとの対話です』


「あー……そういえば、あの時は結構フル回転してたな」


『ファウストの難解な話にも、ツルハシさんは普通に受け答えしていましたからね……普通の探索者なら、その場で殴りかかってますよ』


「思った以上にこの業界、蛮族多いのか?」


『えぇ、まぁ? 否定はできませんね……』


「まぁ、探索者の文化レベルついては置いとこう。俺のツルハシを見れば、探索者たちもダンジョンの奥底に何があったのか納得するだろ」


『そうですね。ストーリーはどうしますか?』


「うーんそうだな……ダンジョンの第十層の奥、最深部に続く地獄門は、入る運命にある者だけを招き入れる。ダンジョンの心は誰にもわからない」


『地獄門の奥には、異世界の神殿があり、黄金で造られた聖杯がありました』


「おぉ、それっぽい。うーん……聖杯は俺に語りかけ、何でも望みのものを与えると言った。しかし、俺はこれは罠だと思った」


『なぜなら、聖杯の周りには無数の白骨があったからです』


「お、良いね~。俺は彼らがたどった運命をさとった」


『ダンジョンに消えて欲しいと望めば、きっと目が潰されたでしょう。お金が欲しいと望めば、手で触れる全てが金となり、飢え死んだでしょう』


「望む以上のものを望めば破滅する。その時俺は、自分の手に握られていた、粗末なツルハシのことを思い出した」


<<そこで男はツルハシを掲げ、これを直してほしいと望みました>>


「男のツルハシは決して折れない、曲がらないツルハシに変わりましたとさ」


『そんなところですかね?』


「あぁ。第十層まで開拓したとして、地獄門の前に待機組ができてもアレだしな。望みは叶う。しかし、必要以上の望みは自分を滅ぼす――って感じ?」


『ですね。』


<<それでは、そのツルハシで私の体の一部を削り、お持ちください>>


「え、いいのか?」


<<はい。痛みはありませんのでお気になさらず>>


「大きさはどれくらい取れば良いんだ?」


<<拳に収まる程度で大丈夫です>>


 まぁ、それくらいなら……いや、何で採る側のこっちが遠慮してるんだ。

 ちゃっちゃとやってしまおう


<コンコン……カチッ>


 俺はツルハシの頭に近い部分を握り、短く持ったツルハシで注意深くアルマの一部を削り取った。


 おニューのツルハシを使って思ったが、素材が変わったのに、重さも取り回しも何一つ変わってない。良い仕事してるわ。


「こんなもんで大丈夫か?」


<<はい、その大きさなら、人間の魂を封じるのに十分な大きさでしょう>>


『しかし、私には懸念していることがあります。アルマ――』


<<何でしょうか。>>


『貴方の体の一部に悪魔を封じる。それはつまり、貴方がかつての姿、勇者と戦っていた時の暴君に戻ることを意味するのでは?』


 うん。ラレースの指摘はもっともだ。


 アルマの言葉を信じれば、弾ける前に改心してるはずだが……。

 ――まぁ、もとに戻っちまう可能性もゼロじゃないよな。


<<あ……>>


 俺とラレース、二人して見事にずっこけた。


 お前も考えてなかったんかい!!!

 このポンコツぅー!!!


「人の手の届かない所、海の底にでも沈めとくか?」

『それが良さそうですね。こちらで処分しましょう』


<<お手数をおかけします……>>


「アルマのメカニズムには、よくわからんことも多いからな……」


『そうですね。詳しく聞きたいのは山々なのですが……』


「だな。時間も時間だ」


 ぶっ続けで探索を続けていたせいで、すっかり忘れていた。

 今の時間はもう深夜の2時だ。


 立て続けに新しいことが起きた興奮で、俺は全く眠気を感じてなかった

 だが、表示枠の時間表示に気づくと、一気に眠気が襲ってくる。


「今日はこれくらいにしよう」

『地上に戻りたいところですが……』


<<……転送門は、イヤですよね?>>


「ダンジョンの管理者の性格を知ってから、不安がすごいんだよな」

『同感です』


<<そんなぁ……>>


「そういう反応が怖いの!」


<<わ、わかりました、別の手段をとりましょう>>


「別の手段?」

『何か良い方法があるのですか?』


<<要するに、ここから地上に出る・・・・・ことができれば良いのですよね?>>



 なんか嫌な予感がしてきたぞ……?

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