茫々たる追憶の都市


「しっかし意外だね~?」

「うん? 何がです、ジンさん」


「ほら、ツルハシ男って基本、モンスターに容赦がないかなーって思ってたんだけど。意外や意外?」


「うむ! モンスターに家を与えるほどに慈悲深いとは、このレオ、不明を恥じるばかりです!! まさかあんな方法があるとは思いませんでしたぞ!」


「……俺、そんな容赦なかったでしたっけ?」


「ほら、第二層のカッパを干し殺しにした時とか?」


「あー……」


『確かにあれは、なかなかに強烈でしたね』


「まぁ、基本的には状況とまぁ、相手の態度によりますよ。カッパは本当にうん。基本が腐れ外道だったんで」


「じごーじとく?」


「そうだね。実際第二層の池の底には、大量の死体があったからさ……」

「なるほどね~」


 イエティ一家に新しい家を与えた後、俺たちは第六層を進んでいる。

 だが、何か知らんが思った以上に平和だ。


 雪洞をぶっ壊して無理やり進んでいるのだが、敵らしい敵には、全くと言っていいほど遭遇しない。深層だというのに、なんか拍子抜けだな。


「第六層ってこんなに敵が少ないんですか?」

『吹雪が消えてから、地上よりも楽に進めてますね。』


「第六層の敵は、吹雪あってのモンスターが多いからね~。いまのうちにささっと第七層まで抜けたほうが、かえって安全かもよ~?」


「へぇ。例えばどんなモンスターがいるんですか?」


「例えば『ヴェンディゴ』かな~? こいつは吹雪を利用して探索者に近づくと、列の一番後を歩いていた探索者を食い殺して、そいつに成りすますんだよ~」


「で、夜になると本性を現して、眠りこけているパーティメンバーを全員食い散らかして、雪の中に去っていくんだよね~」


「行きましょう。さっさと行きましょう!」

『えぇ!! 下の方が安全そうです!』


「たまたま出くわさなくて、ほんとーに運が良かったよね~」



 俺たちは例の通り、転送門を開放すると、ささっと第七層へ降りた。


 第六層の割に、たいしたことないなーと思っていたが……

 本当にただ、運が良かっただけだった。


 それか、俺たちが来るよりも前に、ファウストが第六層のモンスターを片付けていたのかも知れない。


 奴が「パピルス」にするために俺をとっ捕まえたら、俺になりすましたウェンディゴでした~残念! なんて事態になったら、目も当てられないからな。


 その可能性を考えれば、多少割に合わなくっても、第六層のモンスターを掃討していてもおかしくないか。


 さて、俺たちはついに第七層に到達した。

 おそらく……ジンさんを除いて、パーティの誰も到達していない階層だ。


 深層ともなれば、よほど恐ろしい場所かと思いきや、そうではなかった。

 

「第七層は、これまでに無い雰囲気の場所になったな」

『――街、みたいですね』


 ラレースの言う通り、第七層は街、その廃墟だった。


 割れたアスファルトの道路。ビルや背の低い建物の窓はそのことごとくが割れ、黒い四角の連なりだけが見えている。


 地上の廃墟によく似ているが、違うところもある。

 建物についている、看板だ。


 看板の絵には特に違和感はない。問題は絵に書かれている文字だ。


 文字は英語でもハングルでもなければ日本語でもなかった。

 極めて文字に近い形状をした、文字のような何かだ。


 文字を何も知らない存在が、見よう見まねで作ってみた。

 頭上の看板には、そんな気味の悪い意図が透けてくるたたずまいがあった。


「なんか、あの看板の文字……うろ覚え、って感じだな」

『うす気味が悪いですね』


「名付けるとしたら……『※茫々ぼうぼうたる追憶の都市』ってとこかな~?」


茫々ぼうぼう:ぼんやりかすんではっきりしない様子のこと。



「なんとなく、ですが……この街はダンジョンが再現した、そんな気がしますね」

『ダンジョンハート、彼の記憶でしょうか』


「記憶っていうよりは、夢の中かな?」

「ほら、ラレースさん、建物の構造をよく見てみてください。」


『構造……? あっ確かに変ですね。』


「でしょ? 構造がムチャクチャです。屋上にもう一つの建物が乗ってたりするし、意味もなく窓や室外機がならんでるし、建物としては機能してません」


「建物を作るのはダンジョンも苦手なのかね~?」


「かもしれません。ダンジョンにそういった整合性を求めても仕方ないですけど」


『――すみません、少し時間をください』

「どうしました?」


『バーバラから返信がきたのですが、お台場で問題が発生したようです』


 表示枠を開いて、何事かやり取りを繰り返すラレース。

 彼女の肩にのるアバター、マリアの様子にはどこか落ち着きがない。

 あまりよろしい状況ではなさそうだな。


 きっとファウストの仕業だな……

 まさか、お台場の都市に何か、「仕込み」をしてたんじゃないだろうな?


『……あまり状況はよく無さそうですね』

「クソッ、俺の配信がきっかけで、暴動が起きたのか?」


『どうやらそのようです。門前町で暴徒が立ち上がり、国際展示場の南、職人街に攻撃を仕掛け、そのまま都市中央を目指しているようです』


「思った以上に深刻なことになってますね。要求は?」

『市長と取り巻きの首。文字通りの「首」です』

「なるほど。平和的に交渉する気は無い、ってことですね。」


『バーバラたちは都市の中央、市長や富豪たちが住んでいる、会議棟に立てこもっているようですね。あまり長くは持たないかもしれません』


 ……妙だな。

 なぜ今になって急に立ち上がった?


 虐げられているのは今に始まったことじゃない。


 武器を取って立ち上がるには、現状をすべてパァにしても構わない覚悟が必要だ。その思い切りのきっかけになったものがあるはず。


 ……ファウストか?


「ファウストから支援を受けている様子が、暴徒たちにありますか?」


『……あるようです。強力なスキルを使用する暴徒から鹵獲した装備に、人体の一部、骨が入っていたそうです』


 うわぁ。案の定か。


「ファウストから武器をもらって、これなら勝てるって思ったのか」


『きっとそうですね。なんてことを……』


「こうなってしまう前に、ファウストを倒したかったんですが……もう倒す以外の選択肢は無くなりましたね。報いは受けてもらわないと」


『えぇ、行きましょう』

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