こっちのタイプ
ようやく到達した第七層。
足を進めてわかったが……これは気持ちが悪い。
なんというか……端的に言うと、この追憶都市は、人間のことを考えてない。
ここにあるものすべてが、人の作ったモノを、うろ覚えで再現している。
まず道路だ。二車線ある道路は、急に自転車がぎりぎり通れるくらいに細くなるし、曲がりくねって建物の中に入ったりしている。
そしてガードレールはベンチと融合して中央分離帯となっていた。標識と一体となった看板は、街路樹と融合した信号機と並び、常に青だ。
道路も、建物も、ここにある全ての物に意味を感じとれない。トリックアートと悪夢をミキサーにかけて風邪の高熱をあしらえたような、異様な場所だ。
前を見てるだけで、目まいと頭痛が襲ってくる。
「この第七層、『茫々たる追憶の都市』は、芸術評論家にウケが良さそうですね。俺には全く意味がわからないけど。」
「ここにずっといると、おかしくなりそう」
「うむ! 立っているのに頭が横に傾いているようですな!」
「ジンさん、酔い止めってあります?」
「何でも薬に頼っちゃダメだよ、そういう時は、耳をマッサージすると良いよ~」
「ほうほう」
ナナとレオ、そして俺が並んで耳を回してマッサージする。
この光景、ちょっとアホっぽいな。そして、ラレースの視線が痛い。
『ファウストはこの階層のどこかにキャンプを構えているはずです。けれど、この異様な空間で見つけ出すのは、容易ではないですね』
「大丈夫ですよ、放っておいても向こうが見つけます」
「向こうの目的はツルハシを『パピルス』にすることっぽいもんね~」
「えぇ。」
「なんでまぁ、遠くを見て探すより、近くを見て奇襲に警戒の方が良いかなと」
『なるほど……たしかにそうですね』
「物陰からの奇襲に怯えるくらいなら、建物を全部とっちゃえば~?」
「あっそうか。ちょっと試してみますか」
<ガチン! ガチン!>
「あっ……こっちのタイプかぁーッ!」
「こっちのタイプって~?」
「ダンジョンに置いてあるものって、いくつかに別れるんです。ブロック形状を始めとして、家具、建物の一部分……そして資源。」
「このグニャグニャ都市は、資源に置き換わるタイプですね。コンクリート、鉄、ガラス……。有り難いと言えば、有り難いんですが」
『ということは、あるものを全て砕いて、更地に出来るということですね?』
「怖いこといいますね、ラレースさん。ま、その通りなんですが……」
……うーん、そうだな。
俺たちの精神衛生のためにも、ここらへんのトンチキ建築物は一掃するか。
<ガチン! ガチン!>
黙々と目の前の前衛芸術にツルハシを振るい、破壊していく。
地上のガレキを掃除した結果、俺の手元にはコンクリートが山ほどある。反面、鉄やアルミといった金属資材は極めて乏しい。このトンチキ建物のおかげで、鋼鉄なんかの金属資材が増えていくのは嬉しいな。
「この第七層、建物を砕くとワンサカ金属が手に入ります。オイシイですね」
『あれ……?』
「どうしました、ラレースさん」
『ちょっと気になったのですが……ダンジョンの壁といったブロック形状のものは、地上ではおけなかったのですよね?』
「えぇ。そうですね」
『ですが、以前――お台場ダンジョンの第四層で得た「木材」は、地上でボートを隠すために使えましたよね?』
「……そういえばそうですね」
『資源はダンジョンのものではない? ですが壁は――』
「ラレースさん!」
『あ! し、失礼しました。』
……危ねぇ!! あやうく配信中に、ラレースさんがダンジョンの壁を破壊するロジックを明かすところだった。
でも、言われてみると、たしかに不思議だな。
「資源とブロックの違いは気になるところですね。もうひとつの矛盾も」
『矛盾ですか?』
「ダンジョンの外壁が外に出せないなら、何で入り口は外に出ているのか?」
『あっ確かに』
これは「概念」の問題にも関わりそうだな。
どこまでがダンジョンのもので、どこからがそうじゃないのか。
『そう言えば鉱脈で掘った鉱石で作った金属と、ダンジョンで入手した金属はどっちのほうが強靭なんでしょう?』
「気になりますね。ダンジョンの壁や家具は基本的に不壊ですから、ダンジョンの不壊の「概念」を身につければ……」
『はい。最強の鎧になりますね』
「なかなか興味深い話をされていますね。」
「『――ッ!?』」
「……ファウスト!!」
ファウストの物静かで優しげな声が、俺たちの頭上から響いた。
見上げると、奴は通りの向こう、歪んだ教会風の建物の鐘楼に居た。
すっと音もなくアスファルトの上に降り立つと、奴はカチカチと骨同士が当たる音をさせながら、俺に向かって拍手をした。そして――
「第七層への到達、おめでとうございます。まずは祝福させてください」
「そりゃどーも」
「先程まで聞いていましたが――あなたの探究心は素晴らしい。ツルハシ男さん、やはりあなたは、本質的に『
「勝手に仲間にしないでくれるか? 人間をスキルの巻物にするやつとか引くわ」
「私のスキルは、人無しでは成り立たないもので。そこでご相談なのですが」
「俺の腕をもぎ取ってパピルスにするとかは、断じて断るぞ」
「つれないですね」
俺の拒絶を再三受けているが、特にそれを気にした様子はない。
コイツ、わかってやっているな。
俺たちが送る冷たい視線にもめげず、教師のような口ぶりでファウストは続ける。
「ダンジョンの奥底へ行くほど敵が強くなるというのは、意志、『概念』の強度が高まっているということでもあります。この都市を見れば感じるでしょう?」
「うろ覚えのまま、絵筆を握るなと教えるやつはいなかったのか?」
「あるいは、
「ダンジョンの中を何でも思い通りに出来る存在が、何に逆らうっていうんだ」
「単純なことです、自らの欲求ですよ」
「欲求?」
「そう。ごく単純な欲求。例えば――」
「生きたい。というような」
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