丸く収める?

「もう少しで生き埋めになるところだった……」

「危うかったですな!」


『あれ、あの子はどこに……?』

「雪にうまっちゃった?」

「ココにいるよ~」


「イエーィ!」


 みると、イエティの子供はジンさんが抱きかかえていた。

 ……一体いつの間に。


「しかしまぁ、厄介ですね」

『この子を親に引き合わせようとしても、雪玉で攻撃されてしまいますね』


 <イェェェェェェェェッェェイ!!!>


 吹雪の向こうから、親イエティの野太い咆哮が響いた。


 かまくらの周りで空気が悲鳴を上げるように震える。

 空気を裂く、というのはこういうものか。


 咆哮はかまくらの壁を叩き、その表面がホロホロと崩れ落ちた。スーツの下の筋肉を強張こわばらせている俺たちのヘルメットの上に、雪の破片が白髪のように積もった。


「どうも声の様子からして、我々がさらったと思いこんでいるようですな!」


 飾り羽を雪で真っ白に染めたレオがカカカと笑っていう。

 笑い事ではないが、どうやらそんな感じのようだ。


「冷静になってもらわないと話にならないな。ノックダウンできればいいが」

『なにか良い手段はないでしょうか……』


「イエーィ!」

「あらら、地面に降りたいの~?」

「イエー!」


(うん……?)


 彼女の腕の中のイエティは、地面に下ろして欲しいと、せがんでいるようだ。


 そして「はいはい」と屈みこんだジンさんの腕から、ぽんっと弾けるように地面に降り立ったイエティは、かまくらから剥がれ落ちた雪で雪玉を作りはじめる。


 大きく長い手でペシペシ叩き、いびつな形を丸く整えたかと思うと、イエティはふっと氷雪交じりの吐息を「フゥ!」っと雪玉に吹きかけて、雪玉をひと回り大きく、キラキラ輝くものにした。


「おぉ? なにそれ!」

「イエー!」


「へぇ、面白いことするね~?」

『かまくらになった雪玉もこうして作られたのでしょうか』


「イエーィ!」


「雪玉ね~、でもそんなもので……いや、方法はあるか」

『ツルハシさん? 何か思いついたんですか?』


「えぇ。こいつの親と真っ向から殴り合うのは避けて、どうにか丸く収める方法をとってみようかと。」

「どうするの?」

「それには、こいつを使います」


 作った本人と同じくらいの大きさになった雪玉を指差すと、イエティも応えた。


「イエーィ!」


 ・

 ・

 ・


◆◆◆


 ツルハシ男一行の向こう側――


 雪原がそのまま命を持ったかのような、白銀の巨体がそこにあった。

 イエティだ。


 彼(?)のすぐ側の地面は、ぽっかりと大きな穴が空いている。ツルハシ男らに投げつけた雪玉は、ここにあった雪を握り固めたものだったのだ。


 雪玉を投げつけたイエティは、はぐれた息子の臭いを雪のスクリーンの向こうに感じながら、込み上げる焦燥で胸を焼いていた。


「イェェェェェェェェッイ!!」


 もうどうしたら良いか、わからなかったからだ。

 息子の姿を求め、吠えるしか無かった。


 雪玉を作りあげ、転がして投げつけたまではよかった。

 しかし突如地面から現れた壁によって、自分のとっておきは防がれてしまった。


 あの黒衣の怪物といい、ここにやってくる人間は奇妙なことばかりする。

 すぐにでも逃げ出したかったが、我が子を見捨てるわけにも行かない。


 大きな手で頭の毛をかき回し、もだえるように悩むイエティ。

 すると、奇怪な物音が彼の耳に入ってきた。


<ズズズ……ゴロゴロゴロッ!>


「イーェ……?」


 奇妙な物音に、イエティは疑問を抱いた。

 すると、彼の「見たい」という気持ちによって、第六層の吹雪が弱まってくる。


 スープに水を混ぜたように、次第に視界の白が薄まってくる。すると、スクリーンのその先にあったものに、イエティは度肝を抜かれた。


 「坂」だ。


 地面に向かって大きくえぐれたような弧を描いて向かい合う、2つの大きな坂がイエティの目の前に出来ていたのだ。


 いや、坂というよりはジャンプ台と言ったほうが適切かもしれない。

 向かい合った坂は、大きく天を目指すように昇っているからだ。


 ジャンプ台は自然にあるものではなかった。木の板を組み合わせて作ったもので、坂の表面は芸術的な滑らかさを持っている。


 しかし、その下は少しばかり様子が違った。

 坂を支え、保持している足場の太さはマチマチで、何とも素人くさい。


 坂の中にある技術の差は明らかで、強い違和感を抱かせる。

 しかしそれよりも……一体どうやってこんな短時間であんな物を?


「……イェー?!」


 イエティはもう吹雪を起こすことも忘れていた。


 風が収まったことで、雪煙が地面に近い場所に降りていく。

 そうなれば、視界はどんどんクリアになっていく。


 その時、イエティは坂の上をゴロゴロと滑る、白く、丸いものに気づいた。


 ……雪玉だ!


 坂の上を転がる雪玉は、向かい合う坂を往復する毎に、少しずつ大きさを増していく。そこでようやくイエティも気づいた。


 あの坂はただの坂ではなかった。

 坂の上を雪玉を転がして、大きくするための雪玉製造装置だったのだ!


「イエエエエエエエエェェェェェェェェッイ!!」


 イエティはこれまでより一段も二段も大きい叫び声を上げた。


 雪玉の上の「それ」に気づいたからだ!


 雪玉の上には、なんと彼の息子が乗っていた。

 彼は玉乗りの要領で、短い足を器用に使って雪玉を育てていたのだ。


 子イエティも自分の親に気が付き、育て上げた雪玉が転がる方向を変えた。


 彼の乗る雪玉は、幾度となく坂を往復したため、いまや彼の親の身長の三倍以上もある、巨大な雪玉、巨大すぎる大きさとなっていた。


 転がるたびに地面が揺れ、地面を削る音がとどろいた。

 

 鳴るとかそんな生易なまやさしいものではない。

 巨大なものが動くことで、空間をまるごと揺らしたことから生じる轟音だ。

 肌寒く、肌を刺す冷気と一緒に「それ」は彼の元へやってきた。


「イエーィ!」


「イエ? イエェェェーイ!!!???」


<バゴォォォォン!!!!>


◆◆◆


『うわぁ……なんともキレイに直撃しましたね……』


「よし、丸く収まったな、雪玉だけに!」

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