雪合戦
「あらあら~? きっとこの子、イエティの子供ですね~?」
「イエーィ!」
「イエティ? それってあの雪男の?」
「そうそう、その雪男のイエティですよ~」
「かわいい……」
「うむ! 丸っこくて可愛らしいですな!」
ぽいんぽいんと、飛び跳ねるイエティの姿はたしかに可愛らしい。
でも一応、モンスター……なんだよね?
『たしかに可愛らしいですけど、モンスターということは、凶暴なのでは?』
「それがね、ダンジョンにはたまに中立モンスターっていうのが居てね~。こっちから仕掛けない限り、何もしないやつも居るんだよ~」
「そうなんですか? モンスターって基本、殺意マシマシのしか居ないのかと……」
「
「へぇ~……」
さすが葬儀屋。実はジンさんも「黄泉歩き」なんてこと、無いよなぁ?
ないよね?
「ジンさん、その中立モンスターって何なんですか?」
「何なんですかって言われるとちょっと説明が難しいけど……ダンジョンの環境を維持するモンスターって感じかな~?」
「ダンジョンの環境を維持、ですか? この第六層だったら――あっ」
「お、気づいたね? そういうこと~。この第六層『吹雪の迷い道』の猛吹雪は、この中立モンスターのイエティが関係してるんだよね~」
「イェーィ!!」
「こんなちっこいのに?」
『すごい力ですね』
「この子は子供だから、多分そんな力はないだろうけどね~」
「しかしなんでまた、俺達に近寄ってきたんでしょうね」
『う~ん……親とはぐれた、お家がわからなくなったとかでしょうか?』
「それでとりあえず、大人を探したって感じか」
「かな~?」
「うむ! この吹雪では道に迷っても致し方ありませんな!」
「吹雪を生み出しながら、自分で道に迷うのか……難儀な生態してるな、お前」
「イエー……」
俺の言葉にイエティの子供は肩を落とす。
言葉がわかってるかどうかは分からないが、何となくは理解しているようだ。
『ツルハシさん、どうしましょう?』
「ジンさん、この吹雪ってイエティが身を守るために出してる感じですか?」
「かな~?」
「あー……だからかぁ。」
『どういうことです?』
「ついさっきまで第六層には、すごいヤバイやつが居たじゃないですか」
『すごいヤバイやつ……?』
『なるほど、ファウストですね』
「そうそう。」
「ファウストの存在に気づいたイエティが吹雪を吹かせた。それで子供のイエティが道に迷った。」
「心配になった親イエティは、子供を守るためにもっと吹雪を――で、この有様。ってのはどうですかね?」
「イエーィ!」
『なるほど……ツルハシさん、第六層を開拓するのは難しそうですね』
「ですねー。ダンジョンのギミックがモンスターに依存しているタイプの階層は、たぶん、これが初めてかな?」
「イェー! イェー!」
「あ、おいっ!」
「むむ! イエティが走り出しましたぞ」
突然、イエティが鳴き声を上げたかと思うと、吹雪の中に向かって走り出した。
何かに気づいた……まさか、親が近いのか?
「あの子イエティを追いかけましょう!!」
『ツルハシさん、モンスターを信じて大丈夫でしょうか? それに……このまま進めば、確実に吹雪の中で位置を見失ってしまいますよ?』
「イエティを信じていいかはわからないですけど……この猛吹雪が消えてしまえば、第六層はただの雪原です。イエティ親子を引き合わせましょう!」
『ツルハシさんがそういうなら……わかりました、信じます!』
「はい!」
猛烈な吹雪の中をものともせず進む、子イエティ。
この白銀の世界では、真っ白なコイツをいつ見失ってもおかしくない。必死に雪を散らして跳ねる毛玉を視界に収めながら、俺たちは追いかける。
白い毛玉の背中を信じて進む俺の頭には、ある言葉が繰り返しよぎった。
信じる、信じる、か……。
ユウキは騙されているのか、それとも本当にファウストを信じているのか。
彼の心情は、推測することしかできない。
そして、アレコレ推測したとしても、それは俺の中で出た答えだ。
ユウキのモノじゃない。本当のことは彼にしかわからない、か。
なら、俺はどうだろう?
俺は何を信じてダンジョンの第十層をめざし、その下へ進もうとしているのか。
ダンジョンの意志は推測だし、地獄門の存在も聞いただけだ。
この世界で俺が知っているモノ、手に触れたモノっていうのは、この世界の大きさに比べると、そう多くない。だからだろうか?
ウサギを追って穴の底を見たい。
最初はそんな素朴な興味心だったのかもしれない。
――その穴が墓穴とも知らずに。
うん、我ながらワリとそういう所あるよなと思う。
巻き込まれるラレースとしては、たまったもんじゃないだろう。
いや、俺も彼女の想いに巻き込まれてるのか。そこはお互い様だな。
<イイイェェェェェェェェイッ!!!!>
「――?!」
俺の思考は、吹雪の向こうで破裂する咆哮で中断された。
かなりの圧を感じる。雪煙の向こうに、イエティの親がいるらしい。
「イエーィ!」
「おわ、マジか?!」
吹雪をかき分け、巨大な物体――雪玉がこっちに迫ってきているのが見えた。
光や空気、熱の一撃とはまた違う単純な暴力……『質量』による攻撃だ。
これはラレースでも危うい。
盾を構えたとしても、生き埋めになるだけだ。
「壁を置きます! その後ろに集まって!!」
<ポポンッ!>
<ドグワァァッ!!!!>
ふぅ、間一髪だった。
家くらいある巨大な雪玉は、ダンジョンの壁に当たるとそのまま裂け、広がっていく。そうして雪の塊は完全に俺たちを包み込み、「かまくら」となっていた。
なかなか風情があってよろしいが、もし、あのまま食らっていたら、俺たち全員生き埋めになっていただろう。
「こいつはとんでもない雪合戦だな……」
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