ファウストのスキル

「……なかなか面白いことをやってくれますね」


 黒土の上でたたらを踏んで、後ろに下がるファウスト。

 無数の地雷の直撃を受けたはずなのに、それでも耐えるのか。


<パラ……カラ……ンッ!>


 ファウストの強化外骨格、その表面から光を失った骨が剥げ落ちる。

 本体のダメージを肩代わりした、そんなところか。


 まるっきり効いてないって言うわけじゃ無さそうだな。


 ファウストは浅く積もった雪の中にうずもった白い骨片を拾い上げると、小動物でもなでるかのように骨片を慈しむ。

 そういう趣味をお持ちで?

 

「せっかくここまで形になったのですが……ここは一旦退くとしますか」


「つれないじゃないか。そっちはやられ放題で、まだ何もしてないぞ。それとも、黄泉渡りの実力ってのは、その程度なのか?」


「探索者がよく言うじゃないですか。まだ行ける。そう思った時が帰り時、と」


 挑発して奴を引き留めようとしたが、引っかからない。

 ……やはり簡単な相手じゃないな。


「しかし――リリィとパメルが砕けましたか。彼女たちの障壁は頑丈だったのですが……さすがはダンジョンの罠ですね」


 ……なんだ? 違和感がある。

 

 エンチャントした防具が砕けたにしては、妙な言い回しだ。

 リリィとパメルのモノが砕けた、ならわかるが。


「ネジやボルトに名前を付ける趣味があるのか?」


「いいえ。彼女たちの名前ですよ」


 ファウストは拾い上げた骨を手の甲皮の指の上に乗せて回し、骨片を指で挟むと特に何の感慨も感じさせず、ポキリと折った。


 破片となった骨はそのまま雪の上に落ちる。白く乾いた骨は、次第に折重なる雪の白と混じりあい、ほどなくその姿を見失わせた。


「彼女たち……?」

『――まさか!』


「せっかくです、ご紹介しましょう。私の信仰は『トート』。知恵を司り、言葉によって世界をかたち作る神です。」


 白と緑の2カラーの鳥の頭を持つ人のアバターが、ファウストの肩の上に立つ。


「私のスキルは『書物化パピルス』。書が人となり、人が書となる。人の伝記を書き記し、現象としてあらわすスキルです。」


 ――人が書となる。……まさか?!


「付呪じゃなかったのか……!?」

「なんと、それでは……!」

『ファウスト、貴方は――人間をそのままスキルにしたのですか!』


「ご明察です」


『狂ってる……ッ!』


「私の『パピルス』はモノとなった人、つまり『素材』となる遺骸からスキルを引き出すスキルです」


「しかし、私のスキルを聞くと、あなた達の様に反応する方が多くてですね……。そのため、普段は『付呪』と説明しているのですよ」


 オイオイ、待てよ?

 じゃあコイツが身につけてるあの強化外骨格って――

 マジモンの骨って……コトォ?!


「お前の装備は、全部本物の骨ってことかよ……」


 同意なのか、おどけたように手をふるファウスト。

 コイツ、頭のネジが全部抜けてるぞ。普通じゃない。


「第四層から第五層にかけて、異様に死体が少なかったのは、ファウスト、貴方の仕業でしたか。探索者協会としては抗議の意を表します」


 ジンさんから普段の柔らかい雰囲気が消える。どうやら、彼女の葬儀屋としてのスイッチが入ったみたいだ。


「探索者の保護と教導を行う探索者協会としては、ファウスト。貴方の行動は容認できません。直ちに遺骨の返還を要求します」


「そのような活動があったとは……全く存じ上げませんでした。彼らを使い終わるまでお待ちいただけると、こちらとしても助かるのですが」


「……確認ですが、拒否ですね?」

「はい。」

「クソ野郎。」


 あまりに直球な罵倒に驚いた俺は、後ろを振り向いて彼女を凝視してしまった。

 ジンさんの口元はニコニコ笑っているが、目が全然笑っていない。

 ――怖えぇよ!!!


 前に「黄泉渡り」、後に「葬儀屋」に挟まれるコレ、なんて罰ゲーム?

 まったく生きた心地がしない。


「ご心配なく。十層が開通したあかつきには、全てお返ししますよ」


 その言葉を最後にファウストは音もなく飛び上がる。

 そして、吹雪の白を死衣に混ぜ入れるようにして消えた。


『それでは――第七層でお会い致しましょう。』



 ファウストが去った後、俺たちの中で声を発するものはいなかった。コートのすそをうざったく体や脚になでつける、吹雪のゴウゴウという音だけが、俺たちの間を通っていく。


 っと、こんなことばかりしてられない。

 前に進むために、地雷の結界を解除しないとな。


 俺は悪態をつきながら、地面にツルハシを降って地雷を回収する。


 普通、地雷と言えば地面に埋めて使う使い捨ての兵器だが、ダンジョンにおける地雷は話が違う。


 使ってもなくならないのだ。

 一度踏んで爆発すると、一旦は無力化されるが、ものの数秒で復活する。

 ダンジョンの地雷の処理を難しくしているのは、この復活の部分だ。


 長い棒や重しを使って爆発させても、すぐに復活するので押し通ることが出来ない。しかし今回はその特性に助けられた。


<ガチン! ガチン!> 


「……よし、ちゃんと数はそろってるな。地雷の回収は終わりました」

「ドッカーンしない?」

「あぁ。ちゃんと数えたから大丈夫」


『ファウストがあのような蛮行をしていたなんて……まさか』


「ラレースさん、その事は後にしましょう。とにかく今は――この第六層を突破して、第七層へ向かわないと」


『そうですね。ツルハシさん。そろそろ休憩にしませんか』


 ラレースは後ろ手で、ハサミのジェスチャーしている。

 どうやら配信を一旦『切れ』といっているらしい。


「そうですね。大国主、配信にCMを入れてくれ」

『承知した。 ――ほい、入れたぞい』


『ありがとうございます。ツルハシさん、話したいことがあります』

「改まってどうしました、ラレースさん?」


『恐らくですが……ファウストは都市を崩壊させるつもりです』

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