銀座光越


「こんなところでツルハシ男さんに会えるなんて!」


『すみません、貴方は一体……?』


「おっとすみません。つい興奮してしまいました……私はレオ。

 ここ銀座にある『槍事務所』に所属する探索者で、議会のメンバーです」


『議会、ですか?』


「うむ! 銀座は議会を持ち。議員となった探索者たちの合意で動いている。ここに住む人みんなが銀座に責任を持っているんだ」


「まぁ、ヒマなやつに押し付けてる感じに近いけどな……」


「そう言われると痛いですね。確かにそういった面もあります」


『銀座は探索者が自治を行っているんですね。国際展示場の市長は探索者ではなく、元は商人と聞いていますから、興味深いですね』


「そうでしょう! 銀座の主はここに住む人達だ。だから銀座は、誰でも歓迎される場所なんだ」


他所よそでは行き場のない変人、奇人、そういったのも集まるけどな)



『誰でも歓迎される……だから、レオさんはあの人達と戦ったのですか?』


「うむ!」


 こいつの主義主張、手に持ってる槍みたいに真っ直ぐなやつだなぁ。

 真っ直すぎて、かえって怖いぞ。


 レオとの会話は、まるで地雷原でタップダンスしてるみたいだ。

 うっかり踏み外すと、ブッスリいかれそうな凄みがある。

 ぶっちゃけ、すごーく逃げたいです!!


『今の時代、他人を受け入れることは、とても難しいことなのに。銀座の姿勢は良いことだと思います。国際展示場では、そうは行かないので……』


「腕にナイフを突き立てないと中に入れない。そんな『都市』でしたからね」


「良かった。このことで銀座に悪い印象を持たないで欲しい。ここは誰でも歓迎される。ようこそ銀座へ」


『ありがとうございます、レオさん』


「礼儀正しい訪問者は、いつでも大歓迎です! たしか貴方の名前はラレースさんでしたよね? 配信を見てましたよ!!」


『お恥ずかしい……』


「ところで、銀座にはどういった用むきで? 何か手伝えることはありますか」


『はい、それは――』

「今は言えません。すこしたて込んだ内容ですんで」


 ラレースの発しようとした言葉に、俺は自分の言葉を先に重ねる。

 気勢を削がれた彼女は、空中をくように手を動かし、脱力する。


『す、すみません、ツルハシさん』


 しょげかえる彼女の背中……は、手が届かないので、腰をポンポンとたたいた俺は、レオに言葉を続ける。


「慎重に進めたいことなので、申し訳ないです」


「いえ、とんでもない! 次の配信、楽しみにしています!!」


「ど、どうも」



 レオから逃げるように――いや、実際逃げたのか。

 ゲートを離れた俺たちは、拠点にしているアパートメントに移動した。


 玄関でブロンズ製の2体のライオンが出迎えるこの建物は、元は「銀座光越」というデパートだったらしい。


 だが、それも今では昔の話。

 現在は複雑怪奇な要塞と化してしまっている。


 これは探索者たちが寝床を作るために、好き勝手に仕切りや壁、建物の中にもう一つの建物を作ったりしたせいだ。


 扉を開けても地面がないだとか、どこにも続いていない階段が天を目指しているとか……そういった奇怪な※トマソンが、この銀座光越には無数にあった。


※トマソン:建物に残っている、ドアや階段の残骸、無用の長物のこと。



「ふぅぅぅぅぅ……」


『すごいため息ですね、ツルハシさん』


「屋台でようやく一息つけたんで。まーひどいでしょ?」


『はい、想像以上でした。』


 光越の一階の屋台街につくまでの旅は、なかなかの困難にあふれていた。


 武器を乱射するジャンキーに出会うわ、大人のお店の客引きに出会うわ、強盗や子供の誘拐に出くわすわ……。


 ちょっと刺激的な街ねミ☆

 では済まないハチャメチャ具合だ。


 こうなった理由はわかっている。


 浜離宮ダンジョンから締め出された探索者たちが街に戻って、そいつらが問題を引き起こしているのだ。おのれミラービースト!


「ここまで酷いのも今だけですね……たぶん。浜離宮から締め出された探索者たちが、ヒマを持て余してヤンチャしてるんですよ」


『強盗や誘拐はヤンチャで済まないと思いますが……』

「まぁ、はい。」


 俺達が今いる光越の一階は、簡単な食事や飲み物を売る屋台が、軒を連ねている。料理を象ったネオンや旗をいくつもぶら下げ、チカチカと光る様は、まるでテーマパークに来たみたいだ。


 晩メシ時の今は、暖簾のれんをかき分けるようにモヤモヤと立ち上る湯気が2階を目指して昇っている。


 醤油やソースの臭いの混じったこいつは無遠慮にも2階まで上がってきて、金がないときは本物の拷問になるのだ。やんなるね。


「いらっしゃい、ご注文は?」


 俺はメニューの文字を指差して注文する。


「おっちゃん、こいつを4つだ」


「2つで充分ですよ。」

「4つだって」

「だからお客さん、2つで十分ですよ」

「ああちがう。俺が全部食うわけじゃない、連れと2つと2つだ」

「あい、かしこまりー」


 少しして、ニシンの切り身が2つ入ったうどんが来た。

 切り身は甘辛く煮られていて、出汁と混じり合ってこれが上手いのだ。


「お客さん初めて? 銀座に来たらこれを食わなきゃ」

「はい!」


 ラレースと並んで、つるっとした麺をハシでくくりながらすすっていた。


 屋台の斜め上にはテレビの代わりに表示枠が置かれ、Sintubeの動画が流されているのだが、動画が切り替わり、ある宣伝広告が流れてきた。


『ダンジョンが貴方を待っている!』

『チャンスと冒険に満ちた夢のような場所へいこう!』

『お問い合わせは、探索者協会まで』


 ……そうか、そういうのもあったな。


「ラレースさん、探索者を探すなら、個別の事務所を当たるより良い方法があります。探索者協会に行ってみましょう」

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