探索者協会


「探索者協会なんてものがあるんですか? 初耳ですね」


 器から昇る湯気で頬を火照ほてらせた彼女は、俺の提案に不思議そうな声を上げた。

 熱々のうどんが通ったノドを氷水で冷ましつつ、俺は続ける。


「協会が活動しているのはもっぱら銀座だけですから」


「あぁなるほど、私達の耳に入らないはずです。銀座の探索者たちを取りまとめている、そんな感じですか?」


「大体そんな風です。」

「ここ銀座以外も多分そうだと思うんですけど、探索者が興したクランや事務所ってのが、探索者の数だけあるような状況でしょ?」


「そうですね。お一人で事務所を興している方も珍しくないですね」


「俺的には、お一人様クランだろうと、どーぞご自由にって感じなんですけど……パーティを組もうとすると、たまったもんじゃないんですよね」


「ひとり集めるたびに別の事務所へ……街中を回る羽目になりますね」

「そうなんですよ。」


「こりゃたまらん、ってなわけで……銀座にある探索者と事務所の情報を集めようとして作られたのが『探索者協会』って事ですね」


「もしかして、銀座の『議会』が組織したのですか?」


「いえ、探索者が勝手に名乗っているみたいに、協会も『俺たちが協会だ』って、勝手に名乗り始めただけですね」


「公的な機関というわけではないんですね」


「えぇ。コンビニや料理屋のフランチャイズ、の方が近いっすね」


「協会に所属すれば声がかかりやすくなる。あとは協会がお古の装備やノウハウを提供して、探索者の能力の底上げをする……まあそんな感じです」


「探索者の質は高いのですか?」


「飛び抜けて有能って人はいません。逆に、メチャクチャなのもいませんよ」


「能力が有るならば、自分の事務所だけでやれば良い、ということですか」

「そうそう、そんな感じ。」


「もしかして……ツルハシさんも所属してらしたんですか?」


「あ、わかります?」


「はい。とてもお詳しいので」


「壁堀りチャレンジする前はお世話になってました。」


「さすがに壁掘りを始めると、時間の都合がつかなくなるので、屋台とかコンビニのバイトに切り替えちゃいましたねー」


「え、やめちゃったんですか?」


「ですね~。こー、なんていうのかな、わりとお構いなしに難しい依頼をポンポン入れてくるんで、こりゃ割に合わんわと思って……」


「あ、確か期限の厳しい仕事、ありましたよね」


「そうそう、ああいうのがね……あんまり気を使って回してくれないのよ」


「依頼者のニーズのために協会を作ったら、今度は探索者のニーズが失われてしまったんですね……なんともはや」


「ですねー。依頼するなら、まぁボチボチですが、探索者側の立場としちゃぁ……冒険者協会は、あまりきめ細やかな仕事をしてないっすね」


「世知辛いですね」

「ホント嫌んなっちゃう」


「ま、こうして喋ってても仕方がない、行くとしますか」

「はいっ!」


「おっちゃん、会計よろしく!」

「あいよ、またのお越しをー」



 屋台街を後にした俺たちは、アパルトメントの外に出掛けた。


 光越アパルトメントの入り口は、2体の青銅ブロンズ製のライオン像が寝そべっている。


 誰の仕業か知らないが、ライオン像は住人の手によって季節に合わせて飾り立てられている。今は暦の上では夏なので、ライオンは麦わら帽子を被っていた。


『フフ……なんかカワイイですね』

「ね、こっそり飾り立てている人がいるんですよ」


『楽しい方ですね、どんな方なんです?』

「それが……誰も姿を見たことがないんですよ」


 ラレースはライオンの前で小首をかしげる。


『出入りの激しい場所なのに、誰も見たことがない? それは不思議ですね』


「光越のライオンをお着替えさせる謎の住人。銀座七不思議の一つですから」


「さて、探索者協会の本部へ行こうか」

『どちらまで?』


「探索者協会は『カブキ座』っていう建物にあるんだ。ま、見ればわかるよ」


 銀座は外に比べて汚染は大したことないが、念のためマスクのフィルターを取り替え、表示枠にタイマーを設定して、俺たちは歩き出した。


 銀座の街は将棋盤のように、細かく十字路が走っている。それぞれの道路は本来広いのだが、もれなくバリケードが設けられているので見通しが悪い。


 これはかつての名残だ。


 ダンジョンが出来てすぐのこと。

 あふれ出てきたモンスターと戦うため、軍隊がバリケードを何重にも作り、モンスターの進撃を阻止しようとしたのだ。


 残念ながら戦いの方はうまく行かなかったが、彼らが遺してくれた物は、今の俺たちの役に立っている。銀座の安全はこのバリケードなくして成り立たない。


 南東に向かって、このバリケードを6回越えた先にあるのがカブキ座だ。


 日が落ちて暗くなっているにも関わらず、ここの人出はまるで変わっていない。

 仕事を求めて、探索者たちが昼夜を問わずカブキ座を訪れているからだ。


 カブキ座は安土桃山風の破風屋根を持った2つの建物の間に、優雅な趣をもった奈良の大仏殿みたいな唐風屋根の入り口が挟まれた構造になっている。


 いかにもTHE和風な建物で、見る者に富士山とか桜の木を幻視させる。

 そんな建物だ。


『おぉ、これはすごい建物ですね……お寺のようにも見え、門のようにも見えます。門の上で列になっているあれは提灯ちょうちんですね? キレイですね!』


 目の前の「カブキ座」を見たラレースのテンションはアゲアゲになっていたが、唐突にその動きが止まった。彼女の視線は、門のある一点を見つめていた。

 

 一体何が……あれ?! あのパンツ男、なんでココにいる?!


「探索者協会へようこそ、ツルハシ男さん!」

「――そしてそこのイイ筋肉をお持ちの騎士様も歓迎します!」


 ゲッ! まわりこまれた……ってコトォ?!

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