ミラービーストの最期?

「まったく……面倒なことを」


 幻の床はマッドマンにも効果があったんだろう。床が消え去ると、ご丁寧にも作られていた段差を登って、無数の泥人間が俺たちに向かってきた!


「「「ウオオオオォォォォォォッ!!!!」」」


『これ、どこ狙っても当たるね』

<ズドンッ!!>


「退きなッ!!」

<ザンッ!>


 しかし、そこらの初級、中級の探索者なら、きついかもだが……。

 うちの女性陣は無駄にクソ強いので、泥人形程度ではなんの意味もない。

 戦いは一方的に進んだ。


 マッドマンはラレースの盾で柱まで吹き飛ばされ、バラバラに切り裂かれる。

 これを抜けてきたとしても、バーバラの散弾でミンチにされ、師匠の剣でみじん切りにされている。


 ミラービーストも、なんか思ってたんと違う。みたいな顔をしている。


「泥を斬っても面白くないね。ツルハシ、何とかしな!」


「は、はい!」


 とは言ってもな……次々に登ってくるマッドマンが邪魔で、なかなかブロックも置けない。足止めとしては、かなり効果的だぞこれ。

 

 ええい! 俺に気持ちよく建築させろや!!


 こっちがまともに動けない最中、あっちのニセツルハシ男が動いた。

 おいまさか……!?

 それはやめろよ、ライン超えだぞ!! 洒落にならんぞ?!


「さぁ踊ってくれよ、本物さん」


<ポンッ><ポンッ><ポンッ><ポンッ>


(野郎! こっちに向けて毒矢トラップを置きやがった!!)


<フシュシュ!!フシュシュシュ!!>


『危ない! 盾に入ってください!!「ランパート」!!』


<ギィン!! ガンッ!!>


 最悪の援護射撃だ。

 麻痺毒が塗られた無数のダートが、ラレースの盾を叩く。


 マッドマンで足止めして、遠隔罠で仕留めるつもりか!

 ひたすらにめんどくせぇ!!!!


「どうしたツルハシ男? 手も足も出てないじゃないか」


「うっさいわ! 人様のスキルで調子にのってんじゃねぇ!!」


 もうキレたぞ。

 そっちがその気なら、お行儀よくするのは終わりだ。

 フフフ……!


「あっちの壁を探ってくれ!」


 俺はヒトダマを出して、マッドマン部屋の側面の壁を調べさせる。

 戻ってきたヒトダマに声をかけるが……回転しない。


 やっぱりな。


 トラップを埋めこんだ場所は、そう多くないと思っていたが、ビンゴか。


 ダンジョンのトラップがいくら無数にあると言っても、数は限られている。

 掘り起こし対策で壁に埋めてしまうと、表に置くモノが無くなる。


 あちこちに気安くトラップを埋め込むことは出来ない。

 ああやって手持ちで使う分の事も考えれば、なおさらだ。


「バカ正直に真正面から戦う必要はありません。迂回しましょう」

「キリないからねぇ」

『だねー』

『そうしますか』


「な、なに? 卑怯だぞ!! どこに行く!!」


「……どの口でソレいうの」


 俺は罵声を吐くミラービーストを無視して、横穴を掘り進める。

 そしてズンズンあいつの側に掘り進めた。


『見張っていますが、トラップの向きを壁側に移しましたね。軽くパニックに陥っているように見えます』


 後にひとり残ったラレースが、マッドマンを盾で弾き飛ばす音を通話に混ぜながら、奴の挙動を俺に報告する。


 まあ、一人じゃ目が一つしか無い。そりゃ怖いよな。


『あ……ウソ……そんな……』


「どうした? ラレース!! 答えてくれ」


『ミラービーストが、私に見られているからか、自分でブロックを置いて、視界をふさごうとして……あの、その……対岸に閉じこもってしまいました』


「……………ここの部屋の全幅って」

「7メートルですね。奥行きは30メートル以上ですが」


 あ、アイツ終わったわ。俺はマジかよとつぶやいて、顔を覆う。

 まさか自分から閉じこもるとは、夢にも思わなかったからだ。

 

 俺は対岸の壁抜きを止め、泥人部屋の向こう側、通路まで掘り抜ける。


 そして、泥人部屋のドアが閉じたままなのを確認すると、それをブロックで封鎖し、その上にダークゾーンを生成するランプを置いた。


 で、扉の位置は、ちょうど壁の真ん中、つまり7メートルの位置にある。おそらく対岸に作った小部屋の中は、完全にダークゾーンに包まれたはずだ。


 ダンジョンの壁の向こうからは、何か大きな物がぶつかる音が聞こえてくる。

 壁にぶつかる音は、最初は間隔が短かったが、次第に間延びしていく。

 そして、しばらくすると、音は時々にしか聞こえなくなった。 


「封印……できちゃいました、ね?」

『あんなにたくさんのプランを考えていたのに……ッ!!』


 ラレースの通話を通して、ガシャンとヒザをつく音が聞こえる。

 気持ちはわかる。スゲーわかる。

 あんなのとか、こんなのとか、全部無駄になったよ!!


「えーっと……これで終わりかい?」

『どうすんのツルハシ。消化不良感すごいんだけど』

「俺に言われましても……ミラービーストの大ポカですし」


「ま、他人の力で遊んでたんだ。いつかこうなるさ」

「ソデスネー」


 す、すっきりしねぇ……!


◆◆◆


「なんで、何で、ナンデ!?」


「ウァァァァ!!!」


<ドカンッ!>


 体を何度もぶつけるが、ダンジョンの壁はビクともしない。

 何度も何度もぶつけて、腕の感覚がない。


 完全な真っ暗になったせいで、幻影も呼び出せない。


 あいつらにやり込められるなんて……!

 くやしい。くやしい!


「真っ暗、何も見えない。幻影も出せない……」


 暗黒に閉じ込められた瞬間、幻影は闇に飲み込まれて姿を消した。

 もう壁をどうにかする手段はない。


 このまま、この闇の中で、ずっと過ごすのか?

 モンスターの自分に空腹はない。おそらく寿命もない。


 この暗闇の中に、永遠に閉じ込められるのか?

 恐怖と不安が肌に突き刺さり、はらわたをかき回す。


「助けて助けて助けておねがい、します……!」


「ツクヨミ、おでのぜんぶ、全部をあげるから、助けて」


「ぜんぶ、あげます」


 絶望で獣の意識の全部が祈りとなり注がれる。

 暗闇の中で何かがピシリと音を立て、そして、割れた――

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