ツルハシの天国と地獄


「さて、今度こそ……」

「みんな、足元に気をつけるんだよ」

『はい!』


 さっきの事故は、幸運にも大事には至らなかった。

 俺のプライドと淡い期待の他に、傷ついたモノは特にない。


 ハートに若干のヒビが入ったが、それで良かったと思う。


 誰かが手足や命を失っていたら、冗談ではすまないからな。

 もっと気をつけないと。


 すり足で前に進みながら、棒で前と左右を探りながら進む。


 ダークゾーンは完全な暗黒だ。


 グローブの分厚い生地越しの手の感覚。マスクの湿気。

 普段に気にならないような感覚にまで注意が向く。


 何も見えないと、空間の感覚が完全に消え失せる。


 不思議なことに、ブーツが地面についている感覚はあるのに、まるで宇宙空間に放り出されたみたいに、地面の感覚も次第に無くなってしまった。


 そうなってくると、猛烈な不安と不快感に襲われる。

 回ってもいないのに体がぐるぐる回転しているようなめまいも感じた。


 俺の体を後ろからぎゅっと掴む者がいる。バーバラか。

 彼女の手は、俺のスーツの背中をがっちり掴んで引っ張っている。


(バーバラさん、意外に気弱だな)


 こうして掴まれると、さっきまで感じていた不安が消えた。

 誰かがいる、頼られてるってだけで、勇気が湧くものらしい。


「ツルハシ、あんたの左横に回転床があるはずだ。わかるかい?」

「今探ります」


 俺は棒を使って手探りで左の方を調べる。


<コツ、コツ>


「小さな段差みたいのがありますね……大きい。ツルハシで打ってみます」


「ああ、やってみな!」


<ガチン!>


 左を向き、棒を持った手とは反対のツルハシを振り下ろす。

 すると、棒の抵抗がなくなって、段差が消えたのがわかった。


 棒でツルハシで打った床を探る。

 床は……ある。

 床が消えてないということは、つまり……。


「どうやら、床の上に設置する、タイルのようなトラップもあるみたいですね」


 俺が今まで回収してきたトラップは、1メートルの正方形だった。

 しかしこんなカーペットみたいなタイプもあるのか。


「いい仕事だ。少し先にも、一個あるよ」

「任せてください」


 俺は手当たり次第に回転床を剥がしていった。


 フハハ! お前の罪を数えろ!!


 無抵抗な探索者を地獄へ向かって進ませる回転床どもめ!

 お前のようなヒレツなトラップに存在する価値など無いわ!!


「フンフンフン!!」

<ガチン!><ガチン!><ガチン!>

「すごい勢いで剥がしていくね」


『何かこう、恨みの波動を感じます』

『実際、回転床トラップって面倒さとイライラしか無いもんねー』


「おっと、この歩数だと、もうすぐダークゾーンの中心地点だよ」

『なんとかここまで来れましたね』


「後はダークゾーンを引っ剥がせば終わりですかね」

『気を抜かずにいきましょう』


 たったの7メートルがえらい遠くに感じられるな。

 ダークゾーンは本当に距離感が狂う。


「大体この辺りだよ」

「はい、探りをいれてみます……」


「…………」


(……? 地面には何もないぞ?)


「足元には……何もないですね」

『えっ?』

『まちがえたー?』


「歩数で距離を測ったから、歩測に間違いは無いはずだけどね……」


「うーん、足元にないなら……上か?」


 俺は棒を天井に向ける。すると棒はトン、と天井にくっつき、ホコリだか蜘蛛の巣だか、よくわからないものがパラパラと降ってきた。


「まったく……年末の大掃除みたいだね」


『マスクが粉塵ふんじんを警告する音を出してます。目には見えないですけど、相当な量のホコリみたいですね』


<チャリ……ジャラジャラ>


「天井に……なんだろう。鎖で繋がってるランプみたいなのがありますね」


「なるほど、そいつがダークゾーンの正体かもしれないね?」


 よし、ようやく憎きダークゾーンの最期が来た。

 ふふふ……恐怖に震えるが良い。


 我がツルハシを喰らえ!


<スカッ>


 あっ コレ無理だわ。


「……すみません、肩をかしてもらえますか、ラレースさん。俺の身長じゃ、天井までツルハシが届きません」


『はい、そちらに行きますね』

「助かります」


 俺は暗闇のなか、手探りでラレースを探す。


『きゃっ!』

「す、すみません」


 俺の前を探る手が、強い張りと柔らかさを持つものに触れた。

 ――おお、これは純然たる事故です! ダークゾーンさんありがとう!!!


『あの、そこは違います、もっと上です』

「は、はい!」


『……もっと上です!! わざとやってます!?』

「いや、そんな事は……」

『どうするセンパイ? しょす? 処す?』


 不味い!!

 さっきまでちょっと高かった好感度が、ギュンギュン下がってる?!

 いかん、このままではツルハシ株が――


『面倒です、こっちが持ち上げます、フン!!』

「ギャアアアア!」


 いかん、調子に乗り過ぎた!!

 うおおおおおお?!

 サバ折りみたいな姿勢でラレースに持ち上げられてる!?

 いかん、このままじゃ俺の背骨が死ぬぅ?!!!


 ダークゾーンを創り出してるランプを、一刻も早く取らねば!!

 いっけぇぇぇぇぇ!!


<カシャンッ!!>


 生物は命の危険がある時、常軌を逸した集中力を発揮するという。

 おそらく、この時の俺に起きた事も、ソレだったのだろう。


 俺が振り下ろしたツルハシは、見事ランプに命中。

 そして、難破船の中にあったダークゾーンを完全に取り払った。


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