ダークゾーン
「イカダはここにつないでおきましょう」
僕はロープに輪っかを作って、イカダを桟橋に係留する。
そしてシーソーの残骸の木板を間にわたして、みんなで難破船に乗り付けた。
<ギィ……ギィ……><ギギィ、ギシッ……>
難破船の中は狭くて臭くてジメッとしている。
この世に存在するビミョーなイヤさを集めてブチこんだ感じだ。
「大丈夫かな? めちゃくちゃ
『穴に気をつけてください。一度落ちると、上の層に上がるのに苦労します』
『マジ気をつけてねツルハシ。落ちるとニオイが取れるのに数日かかるよー』
「ひぇっ」
たしかに難破船の船室には、結構な数の穴が開いていた。
海面を漂っていた残骸を集めて、木材には余裕がある。
ここはちょっと「建築」を試してみるか。
俺は穴の上に木の床の設計図を置いてみる。
板の幽霊がカチッと穴の上にはまるようにして……よし。
「ラレースさん、ハンマーをお願いします」
『はい!』
<ドンッ!>
穴の上にある板を軽くブーツの先でつついてみるが、動きそうにない。
「うん、くっついてますね」
見える穴はどんどん
事故でまっさかさまに落ちでもしたら、たまらないからな。
ラレースたち戦闘職なら、これくらいは平気かもしれない。
けど、俺は話が別だ。落ちた先で敵と遭遇したら、普通に死ねるからな。
『こんな言い方はなんですが……他の階層に比べたら、あまり開拓できませんね』
『だねー。元がダメすぎ』
「足場はもうどうしようもないですからね。ダークゾーンを絶滅させるだけでも、かなり楽になるとおもうので、それでヨシとしましょうか」
難破船のゾンビや魚人をしばき倒しながら、俺たちは先を急ぐ。
フライング・ダッチマンに比べりゃ気楽なもんだ。
――おっ。
「あれがダークゾーンか」
眼前には絶対の暗黒空間が広がっていた。
床をみると酒か何かをこぼしたシミがあるのだが、丸く広がったシミは黒色の影でばっつり断ち切られている。その境から先は真っ黒で、何も見えない。
「まずはダークゾーンが床みたいなブロックなのか調べますか」
「そうだね、まずはやってみな」
<ガチン!><ガチン!>
俺はツルハシをダークゾーンの外から暗黒の床に振るうが、手に入るのは木の板だけだ。どうやら床はただの床らしい。
「床はただの木の板みたいですね」
「ふーむ……ラレース、地図!!」
『は、はい師匠!!』
ラレースの表示枠からダークゾーン周辺のマップを見たミコトはうなる。
何かに気づいたようだ。
「見な。どのダークゾーンも正方形をつなげたような感じになってないかい?」
『……たしかにそうですね。』
「さて、
お、師匠がなんかお師匠らしいことを始めたぞ!?
ちょっとワクワクしてしまう。
『えーっと……無駄が多いです。通る通路以外にも、ダークゾーンがありますね』
『普通の罠って並べると、斜めはギザギザみたいになってるよね?』
ラレースたちの言うとおりだ。
地図のダークゾーンは、無駄が多くて、つなぎが雑だ。大きな黒い四角を、ドンドンっとスタンプか何かで押していったみたいになっている。
これは……そうか!
「見たところダークゾーンは範囲が7×7メートルの正方形になっているようですね。ひょっとしたら、この中心位置にダークゾーンの発生源があるのでは?」
「なんだ、ツルハシが答えを言っちまったね。その可能性が高いよ」
『おぉ~っ! さすがツルハシ!』
『フフ、ツルハシさんはすごいんですよ』
俺は普段、
我ながらちょっと情けない。クッ!
「あんたが近くの床を掘ってもダークゾーンとは関係のない普通の床だった。ってことは、中に入って発生源を探らないといけないってことだね」
「みたいですね」
「ってことで、ほいよツルハシ」
「ん、ありがとうございます」
師匠から2メートルくらいの棒を放り投げられたので、パシッと受け取った。
「これで各自、穴がないか探れってことですね」
「そ、他にも不審なものがあったら報告するんだよ」
この「長い棒」はダンジョンで罠や落とし穴を探知する際に用いるものだ。
壁に開いてる穴に手を突っ込むより、棒を入れるほうが賢明だからね。
「……あとは、電車ごっこは好きかい?」
「小学校を思い出しますね」
俺の腹を締め付けた憎きロープで大きな輪っかを作り、全員が入る。
ダークゾーンの中はお互いの位置を見失いやすい。
仲間とはぐれないようにする方法としてはこれが最も安く、効果的な方法だ。
後は地図を暗記するだけだ。
……ぶっちゃけると、俺はこれが一番苦手。
◆◆◆
「地図は頭に入ったかい?」
「えぇ、バッチリです」
ダークゾーン内部の地図は覚えた。
これで準備は万端だな。
「それではツルハシ鉄道出発しんこー、前へ参りまーす!」
電車は先頭からラレース、師匠、俺、バーバラだ。
なんていうか、頑丈な順に並んだ感じになった。
『ちょっと気恥ずかしいですね』
『ごーごー!』
「ほら、足を合わせな、1,2! 1,2!」
メンバーが暗黒空間に足を踏み入れて、歩き始めた時だった。
俺はうっかり酒のビンか何かを踏んづけて、前へ倒れこんでしまう。
<ズダダダ!!>
『「わー!!」』「何してんだい!」
「す、すみません!」
(むにゅ)
「……むにゅ?」
漆黒の空間を探る俺の手に、何か柔らかいものが触れた。
コレは――俺の前にいるのは確か……まさか、師匠?!
この大きさ、うむ、間違いない。
俺はつい反射的に、手に触れたその柔らかいものを揉んでしまった。
すると何か湿ったものが、柔肌に触れた俺の指を舐めるように……。
なんて大胆な! 師匠……不味いですよ!
「しくじったね、いったんやり直すよ!」
(ん?)
・
・
・
「……なんであんた、タコなんて持ってんだい?」
「ハハハ……」
……仕切り直し!!
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