ダッチマンの後始末

 真っ二つに割れた船に向かって、俺はイカダを寄せていった。

 ダッチマン号が完全に消える前に、師匠を回収しないといけないからだ。


「急いでミコトさんを回収しましょう」

『でもさー、師匠なら水面を走ってでもこっち来そうなんだよね』

『……否定できないのが怖いですね』


 ダッチマンの残骸にたどり着くと、ミコトは傾いた船の残骸の上に立っていた。


「ミコトさん、イカダの上にどうぞ!」

「ありがとね! ……よっと!」


 師匠は残骸の断面の上を疾走すると、その勢いのままこちらへ跳躍ジャンプする。

 そして猫みたいに音もなく、すっとイカダの上に降り立った。


 しかしまぁ、船はすさまじい有様だ。一体何をしたらこうなるんだろう。

 ダッチマンの船体がキレイに真っ二つになっている。


 断面から船の中身が丸見えじゃないか。

 ……ん?


「気づいたかい。ゆずるからちゃっちゃとほうむってやんな」

「……水死体を回収してたんですね、こいつら」


 イカダの上から見える船室には、ボロをまとった骨がいくつもある。

 見た感じ海賊の服じゃない。きっと探索者だ。 


 そういや、ダッチマンのキャプテンは「お前が腐って浮いたら乗組員にしてやる」なんて言ってたっけ。


 そういえば、甲板の上にいたゴーストの姿……。

 思い返してみれば、海賊の他、探索者の格好をした幽霊もいた気がする。


 この第4層で海の底に沈んだら、死んだっきりそのままかと思っていたが……。

 ダッチマン号が乗組員にするために水死体を回収すれば、ワンチャンあるのか。


「これって葬って大丈夫なんです? さっきまでゴーストだったんじゃ?」


「問題ないよ。キャプテンを倒して船を沈めれば、ゴーストになった連中は乗組員から開放されるんだ。大丈夫だから、さっさと家に返してやんな」


「わかりました。ラレースさんにバーバラさん、手分けして葬りましょう」

『はい!』



「ふぅ、こんなもんですかね」

『完全に沈んだねー。まるで葬り終わるのを待ってたみたいじゃん?』


「師匠、ちょっと気になったんですけど、フライング・ダッチマンは、探索者をモンスターに出来るってことなんですか?」


「モンスターになるっていうよりは、隷属れいぞくかねぇ?」

「隷属? 言いなりにするっていうことですか」


「あのキャプテンに直接聞いたわけじゃないけど、聞くかい?」

「お願いします」


 俺はイカダを漕ぎ、周囲の残骸をかき集めながらミコトの話に耳を傾けた。


「そうだね……人間の中身、霊体って言えばわかるかね? それにダッチマンっていう存在自体が首輪をつけて、手下として使っている感じだね」


「その契約には死体を拾い上げる事、そしてダッチマンが自分の腹の中に収めて、持ち物とするのが必要みたいだね」


「詳しいっすね、まさか師匠も一度……?」


「いや、アタシはなったことはないね」


 まぁそうか。

 手下になってたら、誰もダッチマンを倒せんわ。


「ダッチマンの乗組員になるってどんな感じなのか、一度ダッチマンの乗組員になった奴に、酒場で聞いたことがあるんだ」


「うへ、すごい体験してるなぁ……」


「まぁ、お互い結構な酒が入ってたから、話の細かい部分は色々と飛んでるだろうけど、そんな悪くなかったそうだよ」


「ダッチマンのキャプテンが言うことには逆らえなくなる、だけど、キャプテンが船長としての責任を放棄すると、そうでもなくなるみたいだね」


「責任を放棄する?」

「船から一人で逃げ出そうとする、とかね」

「あぁ……なるほど。」


「アゴで使われるけど、腹は減らない。眠くもならないし疲れ知らず。妙な安心感があって、悪いことばっかりじゃなかった。そんなことをいってたっけ。」


「でもやたらに風と海が冷たくって、無性に喉が渇いたそうだ」


「へぇ~……」


「でね、死んだ探索者がフライング・ダッチマンのキャプテンとする契約ってのが『キャプテンが死に、船が難破するまで仕える』って内容なのさ」


「あ、だから師匠は……」


 ミコトはキャプテンを倒して、それで終わりにしても良かったはずだ。

 それなのに、船まで破壊したのは……。


 俺の頭の中で、いつかラレースさんが言った言葉がよみがえる。


(性根は面倒見の良い、優しい人ですよ)


 なるほど。ミコトさんはただの酔っ払いじゃないらしい。強いだけの人なら、ラレースさんやバーバラさんが信頼を寄せたりしないか。


「死んだまま放って置かれるってのはつらいもんだからね。数日、数ヶ月ならまだ良いけどね。数年、数十年ともなると……別の世界に感じるもんさ」


「昔話の浦島太郎みたいな……」

「あのキャプテンも、死んだやつは放っておかないっていう一点だけは認めてやっても良いね。まるっきりの悪党ってわけじゃない」


「殺されかけましたけどね」

「お互い様さ」


『ツルハシさん。あれを見てください』


 イカダの船べりに立っていたラレースが声を上げた。

 彼女はハンマーで何かを指し示している。


「ん、あれって……難破船?」


 ラレースが突き出したハンマーの先には、難破船があった。


 難破船はこちらに腹を見せるみたいに傾いて、本来は波の下にあるであろう船体が海面から突き出ている。


 突き出た船体は岩か何かにぶつかったのか、人の手では到底できそうにない壊れ方をしていて、ハンモックや大砲といった、船の中身を見せていた。


 そして、ポッカリと開いたその腹には、足場となる桟橋をぶっ刺されている。

 船の奥は暗くてよく見えない。


「暗くて何も見えませんね。」


 

「はい、そのはずです。ダークゾーンはあの中にありますから」

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