可能性

「ダンジョンを消す……それに世界を元に戻す?」

「そうだ。君がダンジョンを消し、それを私が守る。ということだ」


 なんとも大それたことを言うもんだ。

 まったく想像もしていなかった提案に、俺の脳に急ブレーキが掛かる。


 脳みそ君がガクンと前につんのめって、次に出した言葉は「無理言うな」だ。


「無理ですよ、ダンジョンを消すなんて……壁を壊すのとはワケが違います」


「そんなの無理だ。ということかな」

「そりゃまぁ、えぇ……」


「でも貴方は壁を壊そうとした。『ダンジョンの壁を破壊する』誰もが無理だと思い込んでいたことをやろうとした」


「あれは……最初から、無理じゃない挑戦だったんです」


 ラレースは子供に「しっ」とするように唇に指を当てると、肘掛けに体を預け、首を傾げた。


「それは……私が詳しく聞いていいのか?」

「あっ」


 うーん……。

 俺が壁を壊せるようになったのは「壁にツルハシを延々と振った」ただそれだけなんだけど……説明っていっていいのか、コレ?


「説明しづらいのか?」

「いえ、説明が簡単すぎて困ってるんです」

「うん? 複雑ではなく、簡単すぎて?」


「ツルハシを壁に振り下ろし続けるだけで、あれは出来るようになります」


 本当のことを俺は言っただけだ。

 だが、ラレースは頭を抱えこんでしまった。


 ウソじゃないもん! 掘っただけだもん!!


「……疑うわけじゃない。ひとつひとつ、原理を説明してくれないか?」

「あっはい」


「まずですけど『採掘』スキルのサブカテゴリに、資源ごとの熟練があります」


「それで、資源の熟練が最大になると、採掘が自動的に成功します」


「私の『棍術』のサブカテゴリ、『ハンマー』のようなものだな。それで?」


「ええと、次にダンジョンの壁はレンガ、つまり粘土ですよね」


「ああ、そうなるな。核兵器でも傷ひとつ付かないアレを、レンガと呼ぶべきかははなはだ疑問だが」


「そこで俺は、『粘土』の資源の熟練度を最大にすれば、もしかしたら、レンガの壁、すなわちダンジョンの壁を取得……破壊できるのでは? そう考えたんです」


「なるほど……ん? だが、粘土の鉱床なんて聞いたことがないぞ? どうやって――まさか、それでひたすら振り下ろしたのか?!」


「はい。採掘に失敗しても、最低、本当に最低の経験値が入ります」

「それを延々と続ければ……」


「それで、どれくらいの時間がかかったんだ?」


「一日8時間から12時間やって、4ヶ月ですね」


「……私が言うのも何だが、お前の根性は一体どうなってるんだ? 判っていてもなかなかできるものじゃないぞ?」


「普通は『もし違っていたらどうしよう』なんてことが頭によぎるものだ。

……いや、これは私が言えたことじゃないな。」


「色々イジられましたよ。心無い言葉も受けました」


「だろうな。決して認められる事はなかっただろう」


「でも、絶対できると信じて振ったから、折れることはありませんでした」


「強いな。お前も、そのツルハシも」


「下から三番目ですけどね。きっとツルハシの方が俺よりえらいですよ」


 そこから少し、彼女との間に静かな時間が流れた。


 お互い口を閉じ、何かを考える。それだけの時間。


 何も言っていない。

 でも、さっきよりは空気の硬さが和らいだ気がする。

 

「無理かどうかでいえば、たしかに無理かもしれない……それをやる前から決めるのは、勿体もったいないと思わないか」


「大抵の人は時間が勿体ない。そう言うと思います」


「だが、挑戦することで色々とわかることもあるし、良くなることもある」

「例えば?」


「――悪どいカギ屋が職を失ったように」

「言えてますね」


「フフフ、ざまあみろだ、おっと口が過ぎた」


「もうカギ売れないねぇ……」


「まだまだ下の階にも転送門はあるが、それでも初心者は大助かりだ」


「この調子で全部の階の転送門を開放していけば、ずっと安全になりますね」

「あぁ」


「それで、正直なところですが、ラレースさんの提案に完全な同意はできません。ダンジョンを消す方法は不明だし、ダンジョンは俺たちの生きる糧なので」


「そうか、なら良いことを聞いたし、私もツルハシを買うか。」


「待ってください! えっと、俺からも提案です。いいですか?」


「……わかった、聞かせてくれ」


 彼女の表示枠にGomazonのオススメのツルハシが出ている。

 この人、本当に買おうとしてるよ。


「ダンジョンを消す方法はわからない。それに、ダンジョンが消えたらどう生活したら良いのかわからない人だっている。 路頭に迷う人だって出ちゃいます」


「でも、開拓を続けて少しづつ安全にしていけば、このクソみたいなダンジョンで命を落とす人を減らせます」


「そうして生活が楽になれば、生贄を捧げる人も減る。違いますか?」


「……なるほど。妥協案というわけか」


「そうなるんですかね?」


「――よし、ひとまずそれで行こう」

「えっと、合意ってことは……」


「そうだ。しばらくパーティとして、行動を共にすることになるな」

「アッハイ。よろしくです」


 俺とラレースは握手を交わした。

 俺よりもずっと彼女の手は大きいのに、どこか繊細せんさいさを感じた。


「こちらこそ。君の表示枠に私の連絡先を送っておこう」

「どうも」


 俺の表示枠の友人欄フレンドリストにラレースの名前が載った。

 彼女の他にあるのは……。

 何かの取引とかで、一時的な連絡に使ったものばかり。


 つまり、パーティメンバーとして友人欄に人を載せるは初めてだ。

 ベテランのボッチとしての自分を自覚してしまう。


 つらいぜ。

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