ラレースの望み

 小部屋に入った俺とラレースは、向かい合って立っている。

 ……こりゃちょっと喋りづらいな。イスでも出すか。


「ちょっと失礼。」<ポンッポンッ>


 俺は爺の部屋から拝借パクってきたイスを、部屋の中央に置いた。

 肘掛けの付いた、ちょっとアンティークでハイソなイスだ。

 爺、死んでるくせに家具のセンスは良いな。


『本当にやりたい放題だな』

「まぁ、ダンジョンの方もやりたい放題してくれてますし」


『そうだ。そのダンジョンのことだ。君はダンジョンを何と考える?』

「何でも出てくる便利な穴。ただし、料金は自分の命。」

『私もそれと大体似たような認識だ』


 そう言ってラレースはヘルメットを脱ぎ、小脇に抱える。


 やめて!!


 鉄板ごしなら偉そうに喋れるけど、女の子と対面で喋るとか無理!

 緊張して、会話に使うための使用メモリがどんどん減るの!!!


「私は生まれたその日から、地表のかつての姿を夢見ていた」

「絵葉書、映像、データ。そんなものから見た世界にな」


「ラレースさんは戦後世代ですか」


「ああ。私の実際の記憶は、焼けたビルと黒い泥に沈んだ町並みだけだ」


「まあ、俺はギリギリですけどね」

「それはうらやましいな。」

「どうですかね? 物心つくかどうか――大した記憶もないですよ」


「それでも持っているだけマシさ」

「私は誰かの記憶や記録でしか、過去の世界しか知らない。でも……そこへ入ってみたかった」


「それはなぜ?」


「今の世界に疑問があるからだ。幽鬼のような人々が、競いあって地下へ向かう。とてもまともじゃない。でも……みんなやめようとしない」


「同感です」


 たしかにマトモじゃない。

 みんな口には出さないが、それはわかっている。


 だけど、やめるわけにも行かない。

 目の前のものを食わないと、死んでしまうからだ。


「私は地上を歩くのが好きでね」

「命は大事にしたほうが良いですよ」

「私が疑問に思ってるのは、その命の価値だ」

「命の価値、ですか?」


 彼女は肘掛けにより掛かると、顔の影を深めた。

 表情が読めない。


「灰に埋もれた街を歩くたびに思うことがある。ここは何なんだろう? 本当に皆、ここに住んでたんだろうか。どうやって暮らしていたんだろうか」


「――テレビ、冷蔵庫、洗濯機。インターネットですら、今では神気が全ての代わりをしている。これらを取り戻すためには、ダンジョンに入ることを、命を燃やすこともためらわない。それくらい幸せだったのか?」


「私の親の顔は、もう何も思い出せない。優しい笑顔。笑い声。温かい手。たとえその面影を一瞬でも見たいと願った」


「そんなの、今の世界でも探せますよ」

「――そうだと思うか?」

「はい」


「……この世界は神気を得ることを目的に、全てが回っている」

「そうですね」

「神気を得るシステムは、全て神の都合、あるいは教義で定まっているな」

「そうですね」

「君の信仰は神道系、多神教系統のようだが、唯一神系統については詳しいか?」

「いえ……ぜんぜん」


「なるほど……これはより根源的な教義、共通概念の話にもなる」

「宗教の講義ですか? 難しいことを言われても……」

「何、質問自体はシンプルだ。」


「都市に住む貧しき夫婦が、神に捧げられる至高のものが何か、わかるか?」


「えー? 愛……とか?」


 ちょっと恥ずかしくて、頬に熱を感じる。俺は何を言ってるんだ。


「言い得て妙だな。」


 そう言ったラレースは顔を上げ、こちらに向き直る。

 何も浮かんでいない彼女の表情に、俺は言い知れない不安を感じた。


「最古の時代から、果実や穀物はさずかりものだった。それは人もだ。この世に初めて生まれた者とは、最初に選びぬかれた者なのだ。」


「もっとも古き書によると、『はじめに生まれた息子は神の姿を写し、神になる。もっとも神に近い』となる。」


(ふむ、よくわからんが、初めてのものは神様的に特別ってことか)


「――『すなわちすべて初めにたいを開いたものを、人であれ、獣であれ、みな、私の為に聖別しなければならない。それは私のものである』とな。」


「初めにこの世に生まれたものは、全て祭壇に捧げられた」


(……ん?! 今なんか、ささげるって……)


「それってつまり……」

初子ういごだ。夫婦の間に生まれた、最初の子供」

「――ッ!」


「あの灰が覆い隠した世界には、少なくとも彼らの笑顔があったはずだ。人間にとって、最も重要と考えられるもの、それは自分自身だ。」


「自分自身を供物くもつとして捧げる事がなによりも至上。神の世界のルール、その本質はこれだ」


「単刀直入に言おう、ツルハシ男。ダンジョンを消し、世界を元に戻したい。そのために私はお前の力を使いたい」

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