おお勇者よ(以下略)

「あ……忘れるところだった」


 ブロックだけでなく、家具を取れることにも気づいた俺はすっかり舞い上がっていた。そのため、「彼」のことが完全に頭から抜け落ちていた。


「あんたの宗派はわからないけど、そこは勘弁してくれよ」


 俺はこの部屋のすみっこに最初から居た彼に近づいた。

 うへぇ。むごい有様だな。


 俺に死体をしげしげと見つめる趣味はない。

 ボロ布を使って彼をそっと包みなおした。


 信仰によってはこういった死体を新鮮な肉だ―!

 って神様に捧げちゃうアホもいるが、うちの神様はベジタリアンなんでね。


大国主おおくにぬし、彼を葬りたいんだが」

『うむ。では祀るとしよう』


 俺は神職でもなんでもないので、大国主にすべて任せる。

 えーと、こういうとき、手を合わせても大丈夫なんだっけ?


 まあいいや。こういうの、大事なのは気持ちっていうしな。



 俺は手を合わせて目を伏せ、大国主がモニョモニョと祝詞のりとだか呪文だかを唱えているのを言葉ではなく、音として聞いていた。


 しばらくすると呪文は止み『おわったぞい』と、大国主の優しげな声が聞こえる。声に答えてゆるく閉じていた目を開くと、普段暗くてぼんやりとしているダンジョンの中が、チカチカとまるで昼間みたいに輝いて見えた。


 足元を見ると、目の前にあった遺体は、血の匂いだけ残して消えている。


 間違いがなければ、彼はきっとどこかに帰ったはずだ。

 今度あったら発泡酒くらいおごってもらいたいね。

 名前もしらんけど。


 もしダンジョンで死んだとしても、一欠片でも死体が残って、こうして葬儀をしてもらえれば、神の奇跡とやらで復活できる。


 復活場所は教会だったり神社だったりモスクだったり――

 ま、神の御前ってやつだ。そこに帰ってこれる。


 ゲームなんかで、主人公が死ぬと、再びどっかから現れるやつあるだろ?

 いわゆるそれだ。

 リスポーン地点とか、ホームポイントって言われるやつだな。


 これの例外は、「壁の中にいる」タイプの死亡だな。

 アレは死体が残らないので、マジでどうしようもない。

 だからテレポーターはダンジョン探索者の恐怖の的で、忌み嫌われているのだ。


 まあ、俺も感傷的な理由だけで彼の葬儀をしたわけじゃない。

 早速、表示枠を開いて、神気の残高をチェックする。


 おぉ~ッ!


「3万! けっこう神気もらえた。高レベルの人だったんだな」


 葬儀を執り行って神の御前に送ると「助けてくれてありがとう」の意味で神気をもらえる。意外とこれがバカにならないのだ。


 3万も神気があれば、Gomazonで朝昼晩の三食、カレーライスが食えるぞ!

 やったぜ!


 死体を弔って得られる神気なんて、モンスターをバシバシ倒せる連中にとっては、正直ハナクソみたいなもんだ。

 だが、俺のような非戦闘職にとっては違う、これは貴重な神気の収入源なのだ。


『そうじゃな。彼のレベルは30を超えておったぞ』

「わぉ。ベテランじゃん」

『主は50じゃろ? 弱いがの』

「石と壁相手なら負けないぜ。そこらの雑魚にも負けるけど」

『自慢することじゃないのう』

「ぐふ」


 さて、ここでやることはやったし、早速仮拠点を作ろう。

 配信前の準備、食事、睡眠を取る場所を用意するのだ。


「仮拠点、実際どこにしようかなぁ……」


 俺は表示枠でダンジョンの地図を表示する。


 ……


 ……どうしよう。


 あまり拠点を構えるという視点で見たことがないので、ちょっと困るな。

 何も思い浮かばない。


「大国主、どういう場所が防衛、退避に向いてると思う?」

『ふむ、そうじゃのう……』

『古来から城は水があり、出入り口が複数ある場所が良いとされていたぞ』

「城を作るわけじゃないけど、ごもっともって感じ?」

『助けになったかの?』

「ああ、その条件に合う場所はいくつかあるけど……ここにしよう」


 俺は地図をスワイプして移動させ、ある一点にピンを立てた。


「うん、ここだ……『爺部屋ジジイべや』!! 仮拠点はここの前にしよう!」

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