WINーWINの関係
「間違いじゃないんだな……」
目の前の壁を叩くごとに所持品の『ダンジョンの壁』は増えていく。
10個くらい集めたところでヤバイと思って中断したが、体の重さに変化はない。
一体どれだけ持てるんだろうか。
わからない。これも「神気」の力なのか?
「まあ、ムチャクチャなのは今さらか」
なにせこのダンジョン自体がムチャクチャなのだ。
動力不明で動き続ける罠とか、燃え続ける床まであるのだ。
ここに物理法則を求めるのが間違っている気がする。
とはいえ、ダンジョンの壁が貯まっていく一方だと何か気持ち悪い。
これって捨てられないのか?
試しに表示枠の『ダンジョンの壁』を触ってみる。
すると、目の前に薄く光るダンジョンの壁が現れた。
「ん?! んんんんん????」
浮遊する『ダンジョンの壁』は、俺の指先を追いかけるように動く。
ちょっとずらして、すでにある壁にぶつかると、色が赤くなる。
なんか……どっかで見たような。
「まさかとは思うが……えいっ」
気合を入れると<ポンッ>と軽快な音がした。
そして、目の前の空白だった空間には、新しくダンジョンの壁が現れていた。
これはつまり――
「置けちゃったよ……」
自分でしたことに、自分であっけにとられてしまった。
脳の奥が痺れる。流石にこんな事ができるとは思っても見なかった。
「待て、落ち着け、これはつまり……俺が、ダンジョンの形を変えられる。破壊と建築ができるってことだよな?」
実際やったことはそうだし、そうとしか思えない。
「どうしよう……」
ここに来て俺は自分のやったことにビビっていた。
確かに俺はダンジョンの壁をぶち壊せるようになりたかった。
だがそれは、このクソダンジョンに抜け道を作って、楽をするためだった。
壁をぶち抜き、危険地帯を避け、採掘ポイントに行って貴金属を掘る。
それが俺の目的だった。戦闘なんて最初っから考えてない。
このクソたわけダンジョンはとにかく意地が悪い。
首と手足が飛ぶ罠は基本そこいら中にある。
ダークゾーンというライトも役に立たない絶対の暗黒空間、毒沼、テレポーター、レベルドレイン。なんでもありだ。
そして敵の配置もひたすらえげつない。
ゴッツイ両手盾を構えたスケルトンの戦列の後に、大量のスケルトンスナイパーを並べるのは基本中の基本。
毒ガスが充満した部屋に毒無効のゾンビの大集団を置いたり、スキル禁止空間にアイテムで攻撃してくる爆弾ゴブリンを大量配置とか……。
とにかく、ダンジョンという奴には悪意しか無いのだ。
まるで「簡単にクリアされたら悔しいじゃないですか」と言わんばかりに、初見殺しと相手だけが有利になるギミックが満載されている。
もしゲームだったら『圧倒的不評』。クソゲー扱い間違いなしだ。
だから、『命は惜しいがお金は欲しい』俺は、トラップ地帯やモンスターハウスを避けるために、壁をぶち抜くという暴挙にでた。
だが、形まで変えられるとなると話が変わってくる。
『もし、スケルトンスナイパーの背中に続く通路があったら?』
『もし、毒ガス充満部屋の壁を抜いたら?』
『もし、魔法禁止空間の外から攻撃できるように高台を作ったら?』
攻略の難易度は劇的に下がる。
いや……待てよ。俺はそこらの探索者と比べると、戦闘スキルが少ない。
裏道を作る。それ自体は名案だ。だが考えてみろ。
ダンジョン内部を改造したら、下手したら敵の挙動が変わる。
もしモンスターが本来いる場所から移動して、それと出逢ったら?
うん、十分あり得る。そうなったら俺は死ぬ。
待て待て、思い出せ。
このダンジョンに潜っているのは俺だけじゃない。
一攫千金を求めて、探索者がわんさか来ている。
……そうだ、なにも俺が倒す必要はない。
他の探索者にモンスターを倒してもらえば良いんじゃないか。
ダンジョンがより安全になれば、俺の安全も確保できる。
貴重な資源の採掘が安全に出来る。
そう、一般の探索者と俺は競い合う関係じゃない。
ダンジョンの環境を良くすれば、WINーWINの関係になる。
だが……まてよ?
それには、俺がダンジョンを改造してるのを知ってもらわないといけない。
トラップ地帯を迂回できること。
モンスターハウスに攻略が楽になる「安置」があること。
それを探索者に知らせないといけない。
そうだ。それには、一つだけ方法がある。
「配信……してみるか」
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