第2話

 彼女が泣いてる。見えないけど。わかる。


 人に言えない仕事をしている。任務、と呼ばれるそれは、街を守るものだった。自分は、この任務に生き、この任務に殉じる。それが自分。唯一の指標。


 人の感情の大きさを、捉えることができた。数字を感覚で理解できるとか、見ただけで空間の奥行きを把握できるとか、そういうのと仕組み的に似ている。人の感情、その喜怒哀楽は分からないけど、大きさが分かる。人の頭の上に感情という風船があるとして、その膨らみが見える、みたいな。そんな感じ。


 彼女の風船は、膨らまないし、しぼまない。常に一定。変わらない。映画を見ても泣かないし、転んでも、いたい、とは言わない。


 それでも。彼女の感情の風船が、はちきれんばかりに大きくなる瞬間があった。

 夜。部屋から、街の景色を見ているとき。彼女の感情の風船は、爆発寸前になる。彼女は、この街の景色が好きで。この街が好きらしい。

 うらやましいなと思う。自分が、消えても。彼女の風船は膨らまない。それが分かっているから、一緒にいたというのもある。任務柄、突然消えることも普通にある。明日この街に自分がいない。そんなことが簡単に起こりうるのも、任務。自分の生きる道。自分のしぬ道。

 だから、自分が消えても。彼女は、何も感じない。でも、彼女は街を見ると感情が、ぎりぎりまで張りつめる。

 そんな街を。彼女の好きな街を、自分が守っている。それでよしとする。折り合いはつけていかないといけない。街。任務。彼女。全ては手に入らない。


 任務で街を歩きながら、彼女のことばかり考える。今日も、街はきれいだった。彼女は、街じゃなくて自分のことを考えて泣いているかもしれない。


 任務が終わったら。なぐさめに行こうかな。たぶん自分が生きていることは、ないだろうけど。それでも、ちょっとだけ。期待してしまう。街の景色。夜。わるくなかった。

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