第35話

「ぜひあなたにはDESIに加入して頂きたい」

いきなりこんな内容のメールがパソコンに届いていた。最初何のことだかさっぱりわからなかった。メールを読み進めるに至ってYouTuberのマネージメント会社だということは分かった。

では実際には具体的に何をやっているのか、それはメールに記載されていない。

普段なら無視しているところだがDESIというワードを検索しみることにした。調べて分かったことだが誰もが知るような大手YouTuberも数多く参加している事務所だった。ホームページには応募フォーラムもあり所属タレント数はかなりのものだった。


だが結局会社が俺に何をしてくれるのかがわからない。見る限りでは参加するだけで単純な利益は減りそうだ。

「具体的なマネージメント内容に関して伺いたいです」

「主に案件の斡旋、撮影スタッフやマネージャーの用意を想定しております。またチャンネル登録者数に応じて仲介手数料をいただいているのですがあなた様のチャンネルですとそちらも全て無料となっております」

つまり俺を参加させても会社に直接慧座的な利益は生じない。

だんだんわかってきた。ホームページ載っている大物も俺ときっと同じ。「こんなに有名なYouTuberのマネージメントもしています」というアピールをして参加者を増やしスポンサーや案件先に対して有利に取引したいのだろう。


会社からの返信にすぐには返事をせずに俺は考えた。

直接給料が支払われるわけでもなく今後の活動を保障してくれるわけでもない。企業からくる案件も既に今のままでも十分捌ききれないほどのは来ている。

一見メリットはなさそうに思える。ただ名前を体よく利用されるだけ。

ではなぜ悩むのか? 今日までのYouTuberとしての道のりを思う。まだまだ自分より何倍も何十倍も人気のあるタレントが所属している事務所から声がかかるのはそれが認められたような気がしたのだ。


参加する旨を伝えると思いのほか面倒な手続きはなかった。

「取り急ぎ必要なことはあるか?」「今活動で困っていることはあるか」どちらにもないと返答すると今までそう変わらない活動生活が続くことになった。

拍子抜け、でもなかった。確実に動画作成のモチベーションは上がった。しかし動画編集や撮影、さらにネタ集めと今のペースだと1本の動画を出すのに1週間はかかってしまう。長期休暇に間に合うように数本まとめて動画を作った日には数日徹夜して粗の目立つ動画が出来る始末。

体力がモチベーションについてこない。身体を壊しては元も子もない。

思い切って事務所に連絡してみると脚本家や動画作成スタッフを雇うという提案をされた。


ネタを考えるのは出来れば続けたかったので編集スタッフを事務所斡旋で雇ってみた。しかし編集スタッフと聞くと立派だがいざ蓋を開けてみると経歴はおろか顔も名前も分からないアルバイトに二束三文の編集ソフトで作られた動画が送られてきた。

確かに動画としては成立している。

ただ自分が面白いと思った反応やトークが俺以外の誰かによってカットされているのが気に入らない。それを注文するのもなんだか気が引ける。

費用対効果はいいのかもしれなかったが結局編集スタッフを雇うことは諦めた。


次は当然脚本家を雇うことを考えた。こちらはさすがに素人というわけにはいかない。事務所の反応でもそれを感じることが出来た。俺以外の大手も脚本家の手はよく借りているらしく、事務所自体で脚本家は定期的に募集をかけている。

ただ動画スタンスの違いもあり事務所所属の脚本家に仕事をしてもらうことは勧められなかった。確かに雑学を面白おかしくトークする内容だと他人と傾向が被るのはよろしくない。


それで募集をかけたが採用には至らなかった脚本家を数人紹介された。経歴もまちまち。大手テレビ会社にいた人もいればそもそも脚本を書いた経験がない人もいる。ただ雇うと言っても完全歩合制なので全員に連絡を入れた。

そのうちの半分は報酬に不満があり――金額というより脚本が採用されるか否かの不安定さを厭い――見送られたが、残りは野心家か道楽の類で脚本を送ってくれることになった。


制作活動から少し楽しみが消えたが雇った脚本家も俺の動画をしっかり研究してくれてほとんど撮影は台本を読むだけで済むようになった。もちろん細部での変更はあるが誰も異論を唱えたりしなかった。

週に1本の動画が5本は出せるようになった。脚本家に報酬を支払ったとしても十分利益が上がった。


この利益をもって奨学金を借りるの止め、学費も自分で払うようになった。

母は驚いていた。「大学を辞めたのか」「怪しい仕事じゃないのか」と少し滑稽な心配をしている。新しい事には疎いと思っていたがYouTuberの名前くらいは聞いたことがあると思っていたが。

「母さんも働かなくていいよ、俺の口座から必要な額引き落として生活しなよ」

親戚の力を借りているとはいえ6年もの間、母は一人で俺を育ててくれた。親戚にもできるだけ迷惑をかけないように今まで労働の経験なんてないのに働きにも出た。

連合いを無くす不幸に加えてこれ以上苦労する必要はない。何かある前に出来るだけの親孝行はしておきたかった。

母親はシフトを減らすことはしたが働くことはやめなかった。母は「いざ働いてみると楽しいし若い同僚とおしゃべりするのも新鮮。あなたが東京に出て誰もいない家にずっといてもつまらないもの」と言われてしまえばこれ以上無理にとは言えなかった。それに働いていれば定期的に健康診断を受けたりして何もしないよりずっと健康的なのは頷ける。


その一方で大学生活のほうは散々だった。大学に行くのは週に2,3回。前期こそ試験前くらいは勉強したが後期にもなると前日に試験日を知る始末。ただ当面の経済的問題が解決しているとなる大して危機感は抱かなかった。

12月となり大学の中では比較的短い冬休みに入った。休み明けの翌月の中旬からは後期試験が始まる。真っ当な学生でも休みの間勉強漬けなんてしないがそれでも多少なりは勉強するだろう。


だが俺はDESIが開催する年末のコンパに参加することにした。参加は任意だが今年初めて開催され大手YouTuberも参加するとのことだった。親交を温めようとまではいかないがいろいろ刺激になる話も聞けるかもしれない。

会場は事務所のある池袋から中野方面に少し進んだところにあるイベントホール。

開始時間から閉会までどのタイミングで入場してもいいとのことだったので少し遅れて会場入りした。

特に案内などは出ていなかったので受付で会場を聞くとどうやら大小20ほどのフロアがあるとのこと。その中でも予約してるのはもっとも広いフロア。


期待を胸に会場に入ると溢れかえるほどの人。

この界隈では誰でも知っているような大手のYouTuberは奥まった場所のテーブルで固まっている。その周りを若い男女が取り巻いている。

会場に入ってから誰も俺に声をかけない。俺は動画上では顔を隠している。誰も気が付かなくても仕方ない。

俺が奥のテーブルに向って歩いていくと会話が聞こえてくる。

名前の聞いたことのないYouTuberが挨拶をしているらしい。それを聞いている大手の反応も様々だった。丁寧にあいさつを返す人もいれば困ったような顔をしている人。見向きもせずに無視を決め込む人。


俺は周囲のまだ人気が出ていないYouTuberに同情と軽蔑、両方の感情が沸いていた。

同情心はより上へ行くために必死に取り繕う姿勢に。軽蔑は俺は君たちの仲間じゃないという優越感から。複雑な感情を嚙み締めているとまたあの時と同じような吐き気が襲ってきた。何とか近くにある飲み物で落ち着くことが出来た。

「あの時よりはひどくない」


そのまま奥のテーブルの2つとなりの席に着き、飲み物だけ飲んでいると。また一人の女性が大手のテーブルに近寄っていく。

姫子葵。彼女はYouTuberじゃない。会社関係者の親族でミーハーで彼らに近寄った女性。彼女は正直にそれを話し彼らから反感を買っていた。もちろん会社の偉い人の妹に対し露骨にそれを口に出すような真似はしなかったが明らかに彼女には加わることが出来ない話題を選び始めた。


それを哀れに思った俺は彼女に声をかけた。

「……聞いたことないわ。本当にそんなに再生数あるの?」

つんけんとした態度、第一印象は最悪だった。

不思議なものだ。それが今では一番愛している女性との出会いだった。



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