第34話
人生における一大決意をしたのはいいが自分の秘密が脅かされるような場面には早々出くわさない。喜ばしい事には違いないが少し拍子抜けしてしまう。こんな気の抜けた考えをしているからいざというときにあんな失態を犯してしまったのだろう。
俺は高校でも勉強を頑張ったつもりだったが第一志望行には入ることが出来なかった。母親は「留年してもう一年頑張る?」と聞いてくれたが子供心ながらこれ以上親戚に無理を強いることは躊躇われた。
もしかしたら学費も母親が支払おうとしていたのかもしれない。
大学に入ってからも勉強を頑張ろうとしたがすぐに挫折した。受験勉強で燃え尽きたのかそれ以来数か月の間、学問を遠ざけた俺の脳は勉強を受け付けてくれなかった。じゃあせめてサークルで大学生活を満喫しようと思ったがこれもうまくいかなかった。
最初から高校まで続けていた野球のサークルに入るつもりはなかった。惰性で続けていたが特別好きなスポーツというわけでもない。
試しにフットサルやバスケなどのサークルを覗いてみたが滅多に競技をせず普段は空いている講義室でおしゃべりをするだけで大して楽しそうには思えなかった。
そこで何人か同じ学部の友人は出来たが継続してサークルに参加しようとは考えなかった。「いっその事部活にしようか」とも思ったが4月だというのに1年生は先輩たちと既に交友関係が出来ている。まさか4月の時点で遅いとは思わなかった。
俺は結局サークルや部活は諦めてアルバイトを始めてみた。
最初にしたバイトは徒歩5分の所にあるコンビニだった。募集の時点では平日のみ週1からOKとあったがいざ入ってみると土日にも出勤を求められ週に4、5日は出勤を求められた。それだけなら我慢できたが深夜シフトを求められたとき俺はバイトをバックレた。そのせいでしばらくは最寄りのコンビニを使うことが出来なかった。
次に始めたは大学最寄りのチェーンレストラン。待遇面では全く問題はなかった。しかしパワハラ気質の先輩の小言に耐えられず勤務中にこっそり帰った。
ミスをするたびに周囲の人間を集めて誰がこれをやったのかわかっているくせに聞いてくる。
アルバイトを通して学んだことは社会の負の側面ばかりだった。
勉強もサークルもバイトもダメとなるとせめて趣味に生きよう。時間は大量にある。趣味と言えばマンガやゲームだったがいざ圧倒的な余暇に放り込まれると半端にやめてしまう。思うに高校までは勉強や部活の合間に時間を見出して没頭していたがゆえに楽しめたのだと思う。朝から晩まで趣味の時間だとメリハリがなく集中できなかった。
そんな時、俺は新しい趣味を見つけた。つい先ほどメリハリがないと楽しめないと述べたばかりに新しい趣味? と思うかもしれないが新しいというだけでそれは刺激的で時間を忘れさせる。それにYouTubeは完全に時間泥棒だった。
最初は好きだったゲームの攻略プレイやRTA(ライルタイムアタック、現実の時間で最速でゲームのクリアを目指す)。次に旅行動画。そしてランキングに載るような有名なYouTuberと次々に新しい発見をした。
そこで出会ったのは機械音声を用いた専門知識を解説していく動画だった。様々なジャンルがあり、歴史、数学、アニメ、海外文化と数に限りはなかった。
驚くべきはその再生数だった。YouTubeのアルゴリズムで再生数が高いものが表示されやすいというのもあるかもしれないがどれも数十万再生されていた。
何かを極めればこんな生き方、稼ぎ方もできるんだ。些細な出来事かもしれないが俺は新しい時代なんだと思ったんだ。
「俺にもできないだろうか」YouTubeの動画を見ている人なら一度はそう考えないだろうか? 少し前の小学生の将来の夢にYouTuberがランキング入りするのも納得だ。 YouTubeのすごい所はさらに続いた。
じゃあ動画はどうやって作る? その答えすら動画が存在するのだ。
ただ動画の作り方はわかっても俺にもっと切実な問題がある。「いったい何を動画にするんだ?」俺は専門的に何かを学んだわけでもないし突飛なアイデアも思いつかない。
結局俺は先人の真似事に落ち着いた。俺には専門的な知識はない。だがその分多岐にわたりいろいろなジャンルについて解説する動画を作ろう。
この結論は俺の自信のなさの表れだった。
最初の試みは怖い話だった。ただ自分で思いつくはずもなくネット上で見つけた怖い話とその解釈を俺がただ口に出すというものだった。
撮影もiPhone、百均で買った陳腐な変装グッズ、そしてノートパソコン。10分しない動画を作るのに丸2日かかった。集中し過ぎて大学に行くのも忘れてしまった。
そしていざ動画を公開すると何日経っても再生数は1のまま動かない。朝起きて確認。大学に行く前に確認。講義中、食事中、移動中、寝る前に確認。いつみても1再生だった。何十万再生も稼ぐ動画はほんの一握り。その下層には俺のこの動画のような塵芥が無数に積もっているのだ。
心が折れなかったと言えば嘘になる。それでも次の動画を投稿しようと思った。次はもう少し内容にオリジナリティーを入れようと思い大学で多様なジャンルの本を借りて斜め読みした。
それでもすぐには結果には結びつかない。次はサムネイルに拘った。研究対象は山のようにある。人気の動画から帰納的に特徴を抽出していく。
少し過激な宣伝文句や内容詐欺は数字は上るかもしれないが長続きしないだろう。
分かりやすく情報を並べ、羅列方法も工夫する。
ここまでして動画の再生数は1から脱却した。
しかしコメントや高評価には結びつかない。チャンネル登録者数も変化しない。こうなると動画の内容に着手することになる。この時点で挫折しかけた俺のモチベーションは大いに快復していた。
誤解しないでほしいのは金の為じゃなかった。実際この程度では収益化なんて出来ていない。自分の作品を見て欲しい、評価してい欲しいという承認欲求に俺の頭は支配されていた。
特徴的な挨拶、抑揚の激しい話し方、トーク内容。
「なんでこの動画伸びないんだろ、面白いのに」動画投稿を始めて2か月経って初めてついたコメントは生涯忘れないだろう。1つ目のコメントを契機に次々と肯定的なコメントが付き始めた。
コメントや高評価が増え始めると再生数は指数関数的に増えて行った。俺もあっと言う間に数十万再生、いや数百万再生を稼ぐようになっていた。
そうなると俺の周囲にも変化が現れた。
企業からの商品紹介の案件、他のYouTuberからのコラボ依頼、コンサルタントを名乗る謎の会社など様々な人が俺にコンタクトを取るようになった。関わる相手は打算的に選んだ。驕った言い方になるが自分の動画の品位を下げるような相手はすべて断った。
まとまった収入を得るようになった俺は安普請のボロアパートから立派なマンションに引っ越した。もっと上のランクのマンションも考えたが必要を感じなかったし、審査に通る気がしなかったので今借りているところに落ち着いた。
カメラにマイク、パソコンと撮影に関する道具も一新した。俺がした贅沢はこれくらいだった。
YouTuberに言われる批判は当然俺にも向けられる。多くは羨望嫉妬からくるもので気にもかけないが「いつまで続くかわからない、身の振り方に乏しい」という意見はもっともだと思った。
GoogleがYouTubeに関する収益を絞るだけでも我々は失業しかねない。もちろん俺の動画の人気も保証されていない。俺に限った話ではないが独立したクリエイターには常に付きまとう問題だ。
それでも小説家やデザイナーならその職能を活かして再就職できるかもしれない。だがYouTuberは? 特別な動画編集技術があるわけでもないし、顔を出していない以上客寄せパンダにもならない。
俺は生活水準を上げず経費以外ではほとんど依然と同じ生活を心がけていた。
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