第33話
親父の告白から一か月。親父は死んだ。
残業で遅くなった帰りに居眠り運転の車に轢かれ俺と母親がが病院に着く前に息を引き取っていた。
俺が親父の話を突っぱねないで最後まで聞いてよかったと思えるのはこの出来事ゆえだ。例え一生知らないままの人生があったとしてもだ。
親父を轢いた男が最初に俺と母親の前に現れたとき、誇張抜きで殺してやろうと思った。実際にそんな大層なこと出来ないだろうがそれくらいの心境だった。その男は号泣しながら母と俺に向かって土下座した。これは後になって知ったことだがその男の勤める会社がえらいブラック企業で月に百時間以上の残業を強いられていたらしい。
仕方ないなんて言う気にはなれないが今なら同情はしてしまう。
男は救護義務も全て果たし慰謝料も今も毎月支払い続け刑罰もしっかり果たした。変な言い方だが加害者としての責務を全うしたと言える。
決して言い訳せずに自分の罪を認めて責務を果たす。彼は俺より立派な人間だな。
親父の告白と死。この二つの出来事で俺の反抗期は終焉を迎えた。
俺と母親は彼の支払う慰謝料と父方の親戚の援助もあり経済的には何一つ不自由はしなかった。高校も大学も部活の遠征も何も困らなかった。
中学で部活を引退した後俺はそこそこ勉強を頑張り電車で1時間ほどの高校へ通うことになった。
あれは高校2年生の夏休み。俺は夏期講習の帰りで友人たちと一緒に電車に乗っていた。午後2時くらいに電車を利用するのは学生くらいで他の乗客はほとんどいなかった。
学校の最寄り駅から3つ目の駅に着いたとき外国人の集団が電車に乗ってきた。若そうな見た目に衣服からして旅行客ではなく、この地域に住んでいることは推測ができた。
文化の違いだろうかその若者たちはあまり風呂に入らないのかきつい体臭が離れていても漂ってくる。
それだけなら大して気にも留めなかっただろう、しかし彼らは乗客が少ないことをいいことに外国語で騒ぎだした。言語がわからない分声量そのものが気になってしまう。それは俺の友人たちも同じだった。
「うるせえな、あいつら」
「普段この時間電車なんて乗らないからあんなのがいるなんて知らなかったわ」
「これ以上ひどくなるようなら隣行こうぜ、くせえしよ」
俺は黙って友人たちの言うことに首肯した。その若者たちが次に爆笑した時俺たちは顔を見合わせ隣の車両へと移動した。
「マジでうぜえわ、なんなんだよあの外国人どもよ」
「うるせえしくせえし迷惑だから国に帰れよ」
「本当にそれ、日本から出て行けよ」
恥ずかしい話、俺は彼らに同意だった。そして俺はあることに気が付いたんだ。
「差別するななんて、綺麗事だよな。実害被ってるやつはそんなこと絶対口に出来ないね。遠く離れた場所から偉そうに説教垂れて悦に浸ってるだけ」
こみ上げる吐き気を耐える間、たった一駅待つのにあれほどの苦労したのは初めてだった。
「おいトラ大丈夫か? 顔色悪いけど」
「あいつら臭かったもんな、本当に吐きそうなくらい」
駅に着くと友人をよそに電車から駆け下りホームにあったトレイに駆け込んだ。
個室に入ると屈みこむと同時に胃の中の物を吐き出した。昼食をすべて吐き出すと後は胃液が出てくる。胃酸に焼かれ体の中心が燃えるように痛む。
ようやく吐き気が落ち着き呼吸をすると焼けた食道に酸素が滲みる。ゆっくりと個室の扉を開け洗面台の鏡を見ようとするが前がうまく見えない。
袖で顔を拭うと初めて俺は泣いていることに気が付いた。
俺は気が付いたんだ。俺の友人、いや俺自身があの外国人に向けた敵意は過去に俺の曽じいちゃんが受けたもの。そして今後俺が受けるかもしれないもの。
俺は未来永劫誰にも俺の秘密を言わないことを固く決意した。
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