第29話

あれから3日経った。無為に過ごした毎日だった。

何もやる気が起きない。起きてはボーっとして腹が減れば飯を食い、眠くなれば短い睡眠を一日に何度も取る。

寝ても寝ても何もやる気が起きなくて結局また寝てしまう。

起きて時計を見るとそれが午前なのか午後なのかわからない。


試しに仲のいい先輩に連絡をしてみたが返事はない。いっそのこと今からでも実家に帰ろうか、そうすれば間違いなく気分転換にはなる。去年はカッコつけて敢えて帰らなかったが今年くらいは帰ってもいい。

そう思い新幹線のチケットを調べているとラインから通知が届いた。

最近はメールでのやり取りが多かったので珍しく思えたが感覚がマヒしているだけだ。


改めてラインの通知を確認すると姫子さんからだった。

慌てて確認したところかなりの長文だった。


正直に話すとトラ君が失踪し、直前に会っていた男が死んでいることを聞いて私はすぐに「あぁ、トラ君が殺したんだ」と思った。理由は今でもわからない。もちろん今までのトラ君からはそんなことをしそうな性質は何も感じてないし、トラ君が人を殺す場面は想像できない。でも私はそう確信してしまった。それが残念で悲しくて仕方い。


それからはあなたも知るように私は必死でトラ君の行方を追った。彼の学校も家も。

よくよく思い返してみると私は彼のことをほとんど知らなかった。当初彼の学校すらも思い出せなかった。そんな私が彼の交友関係なんて当然知るはずもなかった。

それでも私は探し続けた。


以前私はあなたに「なぜ彼を探すのか?」聞いたことがあるよね? 実はあの時私も答えを持ち合わせていなかったの。にも拘らずあんな言い方したこと恥ずかしいしきっと軽蔑したと思う。

あの時の会話の中で私は初めて彼を探す理由がわかった。

あなたにとってトラ君が友人なように、私にとっては大切な恋人だから。


あなたを利用したなんて打算的な気持ちはちっともなかった。でもあなたより先に見つけたい。そういうつまらない意地はあった。だから結果としてあなたの気持ちを裏切るようなことになってしまった。

どうせなら最後まで嫌われようとも思ったけどこれだけは謝りたいの。

ごめんなさい。


あなたと通話しながら彼の配信のアーカイブを見ているときに私は気が付いたの。きっとあなたも気が付いたわよね? あのアリバイ工作に。

私はそのことを兄に話した。兄もトラ君のために――それが例え会社の利益の為であろうと――動いていたから。

しかし兄と話しているときの顔を見てダメだと思った。兄が諦めた理由はわからないし知りたくもなかった。


せめて私だけでも最後まで彼に味方であろうと思った。

そのために私は彼の共犯者になることを選んだ。

小島や城島、その他彼と仕事をしていた人間。その中にきっと彼の秘密を知るやつがいると、そう思い込んだ。

最初は思い込みだったが結果は正解だった。小島はあなたの件で用心深くなり連絡すら付かなかったが城島には簡単に会えた。

あの男の口から出た言葉が事実かどうかわからない。しかしそういう風に考えている人間が少なくとも目の前にいる。それは問題だった。

彼の秘密は例えあなたでも話させない。勿体ぶったような言い方をするけど別に知らなくてもいいと思う。知らなくてもきっとあなたはトラ君の友人で変わらないと思うから。


そして彼を殺した後、を使ってトラ君と久しぶりの再会をしたの。卑怯だとは思ったけど彼の取った行動はとてもうれしかった。彼も私を大切に思ってくれていると思ったから。

でもそれ間違い。間違いだから今私はこうして病院のベッドの上にいる。

毒を盛ったのはトラ君。

「恐らく」なんて言ってるのは別に庇ってるわけじゃないの。庇うなら「自分で飲んだ」て言うもの。

盛られた毒の種類、なんとかチンって名前の毒は摂取してから症状が出るまで10~20分程度。でも私は彼がくれた飲み物を飲んでから2時間から3時間は眠っていたの。

でも今のところ誰も信じていない。それはそうよね、あんな精神状態の私の証言なんて私なら信じないもの。


私は彼を恨んでいない。ちゃんと謝りたい。

これ以上あなたに迷惑をかけるのは心苦しいし恥知らずだと思うけどお願いします。

トラ君を止めてください。お願いします。


最期には狭山市の住所番地と思われるものが記載されている。

いったい俺に何を止めて欲しいのかわからない。しかし数日ぶりに目的を持った行動をとることはできそうだった。

半分は瀬川のために、4割くらいは姫子さんのために。

「残りは俺のためにな」


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