第28話
風間さんははっきりと悪意を表情に浮かべている。
「言葉が過ぎました。しかしどうしても大阪へ向かわないのはそうとしか思えない」
数日前から行方が知れなくなっていた姫子さん。あの時はかなり焦っていたのに居場所が分かった今はここにいる。
「葵は僕以上に瀬川君に詳しい。だから途中までは二人で彼を守っていた。しかし僕が彼を諦めたとき妹は俺を許さなかった」
「妹を探していたのは暴走を防ぎたかったからですか?」
「もちろん情はあるさ、たった一人の家族だ。だけどどれだけ救おうとしても破滅へ向かおうとする人間までは救えない。俺まで巻き込まれてしまう」
外の街灯か向かいの建物の明かりがついたのか人工的な光が窓から差し込む。風間さんはソファから動こうとしない。
「風間さんはどうして瀬川が的場さんを殺したのか知っているんですか?」
薄暗い闇の中目線だけをこちらに向ける。
「あなたはとっくに風間さんがどこの誰なのか知っていたのではないのですか?」
微動だにしない。
「あなたは本当は人殺しそのものより動機を隠したかったんだじゃないんですか?」
思わず語気が強くなってしまう。風間さんが必要以上に俺に接触していた理由は俺がどこまで知っているか探りを入れるためだったのではないか?
「一個人としてなら同情するさ、しかし我々は啓蒙家ではなくビジネスマンだ。それは瀬川君も変わらない」
風間さんは重い腰を上げ扉のほうへと向かう。
「世の中に与える衝撃は殺人より瀬川の出生のほうがあると思ったのですか?」
「殺人なんて満ち溢れているからな、それに仮に俺や会社が受け入れても支持者がそうとは限らない。他人の偏狭、固陋を否定してやるほど我々も偉い立場にはない」
カチリという音。俺はソファから立ち上がり外がよく見える窓の前へと歩く。
「本当は最上階のフロアを借りるつもりだったんだ、タイミング悪く下層階になってしまってね。今でも少しコンプレックスなんだ」
風間さんは俺の横に立っている。
「もしかしたらここも出て行かないといけないかもしれない。それは避けたい」
退勤の時間帯だが外はほとんど人がいない。ぽつりぽつりと歩いている人は数秒で視界から消える。
「君もよく調べたもんだ。でも真実がいつも正しく易しい物とは限らない。僕も社会人としては若輩だがそれは嫌でも学んできた」
「姫子さんに毒を盛ったのは瀬川なんですかね?」
「詳しいことはわからない。そう考えるほうが無難だろうな、まさか食中毒ということも無いだろう」
「それならたぶん姫子さんも知ってたんですね。風間さんが教えたんですか?」
「僕じゃない、どう話していいかわからないしそれは過剰な干渉だろ」
幾分か良心は残っているらしい。だがではどうやって姫子さんは知ったのだろうか?
「城島さんは本当に瀬川が殺したんですかね?」
「まだ言ってるのかい?」
「もう一人被疑者はいます」
「なんだ、君かい?」
「じゃあ三人ですね」
「まだ夏だというのに日が沈むのが早いな、とはいえもう7時なのか」
明かりがついている分外は日暮れ時よりも明るい。部屋は相変わらず暗いままだ。
「そろそろ帰ります」
「コーヒーくらい飲んでいったらどうだ? 今持ってこさせるよ」
今更コーヒー? それに通路からも他の部屋からも人の気配は感じない。
「まぁ座りなよ」
「風間さんは本当は最上階がよかったと言いましたよね? でも2階も悪くないと思いますよ」
窓前から動こうとした風間さんは動きを止めた。
「……どうしてそう思うんだい?」
「よく人が見えます」
風間さんは再び窓へ視線を戻した。先程からほとんど人通りのないビル前。
「大して人なんて通らないさ。より上を目指す、向上心は見栄えにも滲み出るものだよ」
「あなたのそれを向上心と呼びたくない」
「随分な言いようじゃないか、どうしたというんだね」
俺は窓によりかかるようにして風間さんに向かい合う。
「俺を帰すつもりなんてなかったんでしょ、そのために受付の女の子たちも先に帰した」
「もし……もしそうだとしたら不用心な真似をしたと思わないか?」
「ほら、あの木の下見えますか? 僕の連れがいるんです。ここに来てからずっと」
風間さんが慌てたように窓に張り付き外を確認する。その挙動だけで自分の推測そして保険は有効だったと思えた。風間さんに人が殺せるとまでは思えないが追い詰められた人間が何をするか、それは最近痛いほどわかった。少なくとも上場とやらまで見動きを封じられることは十分考えられる。
相手がまだ外に集中している間にひっそりとスマホを触る。
「たまたまあそこで誰か人を待っているだけかもしれない、それが君とは限らない」
「もしもし岩城さん? お待たせしてすいません。もうすぐ済みますので迎えに来てもらってもいいですか?」
風間さんは食い入るように外を眺めそしてゆっくり目を閉じた。
「別に僕は誰かに話したりしませんよ」
それでも真実を知る人間が他にいる。その事実だけで落ち着かないのだろう。
「あなたの会社に興味はありません。早く妹さんを会いに行ったらどうですか」
暗がりの中、俺は事務所をあとにした。
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