第25話
「彼はご自身の生まれを隠すために殺人を犯してしまったのです」
狭く薄暗いが清潔な応接室。目の前には老年の女性。
女性の口から語られた瀬川、そして的場の秘密。
俺は、ようやく答えにたどり着いた。
どうやって俺のことを調べたのか。いや調べることは幾らでもできる。
大学は無理にしてもここ最近の俺の行動を考えると誰かが他人に話していても不思議じゃない。
訪ねてきたのが警察じゃないことを喜ぶべきか、もはや誰が来てもおかしくない状況を憂うべきか。
「突然の来訪申し訳ざいません。わたくしはこういう者です」
刺し出せれた名刺には『ツバメ社
「代表がぜひお話ししたいと申しております。しかし我々を警戒されるのも最もです、決して無理強いは致しません」
岩城という男は真夏にも関わらずピシッとスーツを着こなし、少し長い髪をワックスでオールバックに纏めている。
その姿に遠い記憶の的場を彷彿とさせた。
突然の出来事に動揺し言葉が出ないでいると、岩城さんは無表情から少し困ったような憐れむような表情へと変わっていく。
「まずは代表に変わりまして謝罪をしなければなりませんでした」
「あ、謝るって。そんなこと、えっと……」
「的場の勝手な行動であなたの友人の人生を破滅させてしまった。どう謝っても許されることではありません。しかしどうかお許しください」
そう言い終わると90度の角度で頭を下げる。放っておくと土下座までしかねない勢いだ。
「頭を上げてください、どんな理由があっても殺人は……」
ああそうか、やっぱり瀬川が殺したんだ。
「的場さんはあなた方の同僚なのですか?」
「同僚というよりは同志というほうが近いですね。少し古い言葉ですがそれが一番しっくりきます」
結局岩城さんの誘いを受け、車で近くにあるという事務所に行くことにした。
「数年前、数十年前であれば職業として我々の事務所で生きていけましたが、今は無理です。的場のように定職を他に持つ者がほとんどです」
事務所での仕事というが名刺からは推察できない。
「それも代表から説明されると思います」
「その代表という方は」
「身構えるようなことはないですよ、自分で言うのも何ですが私のほうがずっと恐怖感を人に与えると思います」
これから会わせる自分の上司を悪く言うことわけがない以上どこまで信用していいかわからない。
岩城さんの言を信じるならばやはり的場殺しは瀬川だったことになる。この人たちがどういう人かはわからないが警察よりも早く真相にたどり着いたことになる。
「的場さんが同志だから警察よりも早く瀬川のことわかったんですか?」
「正直にお話ししますと予想だけだけなら二人が合う前から出来ていました。もちろん考えうる最悪のパターンとして」
「どういうことですか? わかっていたって」
「理由はやはり代表の口からお願いします。ただ的場君は正義漢でして、一度決めたら止めても聞きません。珍しく代表も強く引き留めたのですがダメでした」
結局理由がわからない限りは話が見えてこない。
10分ほど車に揺られ着いたのは立派な日本家屋。隣には数台止められる駐車場がある。
「着きました、ご案内します」
小さな庭には草木が生い茂っているが手入れが行き届いていないのか雑草が目立つ。
玄関で靴を脱ぎ、最初の引き戸を潜ると和室に一人の女性は行儀よく座っている。
「こんにちわ、来てくださって嬉しいわ。本当は私のほうから出向くのが礼儀ですが歳のせいか足が悪いの。ごめんなさいね」
60前後だろうか、柔和の笑顔を浮かべて自分を歓迎している。
「良太、お客様にお茶を持ってきて」
「そんな、大丈夫です」
「遠慮しないで、お客様用にいいのがあるのに出す機会なんて無いんですもの」
遠慮ではなく警戒から断ったがこれ以上拒絶する勇気はなかった。
「どこからお話ししましょうかね」
女性は伏し目で両手で持つ湯呑を見つめている。
「瀬川はどうして的場さんを」
「殺したのですか?」という後が続かなかった。
「そうね、でも最後まで話を聞いてくださいね」
そういうと目を瞑り少しの間黙ってしまった。ようやく決心がついたのか目を開き真っすぐ自分を見る。
「彼はご自身の生まれを隠すために殺人を犯してしまったのです」
「生まれ、ですか?」
パッと思いつくのは高貴な血筋や著名人の隠し種だが殺すほどだろうか。
「他人からすれば『その程度』でも当の本人からすればとても大事なこと」
女性は湯呑を置き窓の外を見る。
「彼の、瀬川君の三代、いいえ四代ね。御先祖様はね、かつてえたと呼ばれた人たちよ」
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