第19話

「そうかもう3周も見てたのか」

6時間も消費したことになる。姫子さんもかなり長い時間自分に付き合ってくれた計算になる。

「でもよりによってこのタイミングで寝なくてもな」

そうはいっても既に深夜2時を回っている。俺も普段なら眠くなっているだろう。

しかしこの発見のせいで眠気はどこかへ行ってしまった。

全くコメントを読まない配信者、デスクの上に置かれた先週発売日の週刊誌。


そう考えてみれば実に単純な手法ではある。生放送中に録画していた動画を流す。

世の中の人間のほとんどが受け手の世界では送り手の作業手法に疎いことがほとんどだ。配信が行われていれば同じ時間に相手も配信している、そう考えるのが当たり前なのだ。

瀬川のアリバイは絶対じゃない。


目を覚ますと午後2時。眠気が吹き飛んだと言っても城島のところに行ったり夏の都会を歩き回りそして瀬川の配信とにらめっこしたり疲れていて当然だった。

空腹に耐えきれず昨日の残りのスーパーの半額弁当を口にしたが妙にすっぱくて残りは捨てた。

キッチンの蛇口から直に水を大量に胃に流し込んでからスマホを確認する。

ここ最近多くの連絡が入っていたが今日は1件もない。普段はこんなもんだが今までの喧騒からすると少し寂しく感じる。


エアコンのスイッチを入れて少しかび臭い風で部屋の熱気を払う。椅子に座り耳を澄ますと不定期に通る車のエンジン音とセミの求愛行動だけが全てだった。

昨日買った本もまだ数ページ読んだだけで全く進んでいないし、今も手を取る気にはならない。

昨晩は瀬川のアリバイを崩して興奮していたが結局今の俺にはどうしようもない。

警察に通報する? それは面倒だ。警察も公務員、手続きが面倒に違いない。

姫子さんにもこのことを送ったが音沙汰はない。


いい加減セミの鳴き声がうるさいと思ったら窓が開いたままだった。半開きのカーテンがゆっくりと揺れている。カーテンを開くと攻撃的な直射日光に目をすがめる。

一瞬で汗が滲みだしてきた気がする。どうも落ち着かない。


昨日6時間以上も見ていた瀬川の配信。回数で言うと3回だが話題の順もほぼ覚えてしまった。

もうさすが通しで見るつもりはない。しかしもう一度だけデスクの上のマンガ雑誌だけでも確認しようと瀬川のチャンネルを開く。

「……あれ?」

チャンネルのライブ項目、それを新しい順から一度人気の順に変えてもう一度新しい順に戻す。

「消えてる」


アーカイブを消す方法はパッと思いつくだけで2つある。

1つはYouTubeのガイドラインに反している場合だ。これもすぐ消されるわけでは無いので今日消えていてもそれ自体は不思議ではない。

ただタイミングがタイミングなだけでにこれとは考えにくい。

そもそもあの見栄えしない配信に規約違反なんて見られなかった。

もう1つはチャンネル権限を持つものが自ら消すこと。普通に考えれば瀬川だがチャンネルにログインさえできれば誰でも消せる。


もし俺が瀬川ならアーカイブを消したりしない。完璧ではなくなっただけでアリバイ自体には変わりはない。昨日見つけたその穴すらも「雑誌を読んだ後袋に戻しただけ」と言い張ればいいだけ。

瀬川が冷静に俺と同じように考えるかはわからない。でも違うと思う。


では誰が? 規約違反ではないという前提だとこのタイミングで「アーカイブを消したい」と考えた人物。

姫子さんは俺と同じ手段でを持っていたんだ。よくよく思い貸してみれば彼女はこのスタンスを一度も崩していない。

別に彼女にそんな意思はないのかもしれないが利用されたと思ってしまう。

「裏切られた」とも思ったがきっと彼女は「味方になった覚えはない」とでも言うだろう。

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