第20話
気分が沈んでいるときのほうが勉強や読書に集中できることがある。いつもいつもというわけにはいかないがどう考えてもそんな気分じゃないはずなのに不思議と時間を忘れて没入することがある。
今がそれだ。
瀬川のアリバイを示していたアーカイブが消えてからベッドに横になり昨日買った本をひたすら読んでもう6時間。とっくに日は沈み昼の残暑もおさまりつつある。
狭山事件、今から60年前にあった誘拐殺人事件。
一度情報を整理してみよう。
1963年5月1日埼玉県狭山市で一人の女子高生が行方不明になり脅迫状が届けられる。翌日脅迫状に指定された場所に被害者の姉が身代金を持ち犯人が来るのを待った。3日の午前0時に犯人が現れ被害者姉と10分程度問答をしたのち逃走。警察は40人の警戒態勢を取っていたが犯人には逃げられてしまった。
警察は3日に捜査本部を設置し大々的に捜査を開始し翌4日に被害者の遺体を発見。警察にとって向かい風となっていたのはこの事件以前に村上吉展ちゃん誘拐殺人事件で犯人に身代金を奪われ犯人を取り逃す失態を犯しており新聞社や世間から厳しい非難を浴びていた。
この事件は、白昼の下校中の事件にも関わらず目撃者がいない。被害者が高校1年生であり抵抗した跡が見られなかったこと。以上から顔見知り説が濃厚だった。
また脅迫状は稚拙な文章であり当て字が多くみられたが意図的であり計画的な知能犯ではないかという説もあった。
警察は5月23日に石川洋一さんを自宅で逮捕した。容疑は本件ではなく窃盗及び暴行、つまり別件逮捕だった。
警察は連日連日本件を追求したが、石川さんは窃盗に関しては認めたが本件に関しては無実を主張し続けた。
結局拘留期間を過ぎた保釈決定が出されたが警察は本件で令状を取り保釈直後に再逮捕した。
石川さんは普通教育を修了しておらず警察の権威に弱かった。また保釈そのものを理解しておらず弁護士の説明も半分以上理解できていなかったことが事態を悪い方向へと進めてしまった。
裁判では石川さんは警察との約束を信じて犯行を認める自白をした。弁護人は不自然な自白や証拠の発見過程を指摘したが浦和地裁は半年で死刑の判決をだした。
東京留置所に移された石川さんはそこで初めて警察に騙されたことに気が付き東京高裁で無実を主張した。虚偽の自白をした理由、自白と被害者の死因の齟齬、脅迫状の筆跡鑑定などを提出したが無期懲役が判決された。
この後何度も何度も弁護団は再審請求・異議申し立てを出したが事実確認すら行われず棄却された。
ここまでが概要、そして疑念点は大きく分けて3つ。
1つは証言だ。殺害方法、現場、事後対応の自白には矛盾があった。殺害方法は扼殺と絞殺の違い、現場では自白した場所だと目撃者がいるはずだった。
2つ目は脅迫状の筆跡。
脅迫状の筆跡こそ真犯人の残した唯一の証拠だ。裁判でも有罪の決め手になっている。30字程度の漢字が使われているが当て字こそあれど誤字は1つもなく句読点も正しく打たれている。前述したとおり石川さんは十分な教育を受けておらず日常生活でも文字を書くことがなかった。そのため警察は逮捕前に石川さんに上申書を書かせそれをもとに筆跡鑑定を行った。
しかし警察にとって不利になる筆跡を鑑定から除外したり書き癖を検討していなかったりと杜撰な鑑定結果となっている。
最後は証拠だ。
脅迫状には被害者の兄、警察官の指紋はあったが石川さんの指紋は検出されなかった。脅迫状を書いた状況の証言からすると指紋が残らないことは不自然だ。
そして被害者の万年筆。
犯人は被害者の持ち物から万年筆を持ち去っていた(実際はは被害者を運んでいる最中に落としたのであろう)。その万年筆が石川さんの証言の後自宅の鴨居の上から発見された。
既に警察による捜査が終わっているにもかかわらず鴨居の上から見つかったのだ。しかも警察は石川さんの兄に素手で鴨居の上から万年筆を取るよう命じている。挙句の果てには被害者の万年筆と発見されたそれでは僅かに色が違ったのだ。
これを未完成とはいえ瀬川はレポートにしようとした。今年であれば60年という節目と言えないことも無い。だが去年の時点ではほとんどの学生は知らないであろう古い事件だ。
どうして瀬川は狭山事件に引かれたんだろうか。
「あぁ、あいつの出身地か」
読み終えた本を静かにベッドの脇に置く。
私がこんなに卑怯なことをするなんて考えもしなかった。
「全部トラ君のせいだから」
後あのミチルとかいう男。
私自身幼い頃から他人より嫉妬深い性格だというのは理解していた。どうにか直そうといろいろ努力してきたが全部身にならなかった。
「彼氏が他の女性と仲良くする」これに嫉妬すること自体には世の中の人は納得してくれると思う。しかし同性の友人にまで嫉妬してしまうのだ。
人によって真実の愛なんて違うと思う。「そもそもそんなものない」なんて諦観したやつもきっといるだろう。
昔何の映画か、それともドラマで見た愛の形。
それは秘密の共有。そう罪の共有なのだ。
「だからこれ以上あいつには関わらせない」
私とトラ君との間に土足で踏み入らせはしない。
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