第16話
「この前は大変失礼いたしました。話に聞きますところ被害届は出さず穏便に済ませていただけると聞いて深く敬服しております。
しかし以前の失礼をこのままにしておいては私のほうで納得がいきません。
ですのでこちらで以前こちらへお越しになった際の車代とあなた様で必要とされていると推測されます情報を揃えさせていただきました。
ただあなた様といたしてももう私に会うには忍びないと察せられます。
そこで共通の知人である、城島譲二に上記の品を託しております。城島はしばらくの間在宅のこと、あなた様の予定に合わせてご訪問お願いします。
重ねて以前の失礼お詫び申し上げます」
このようなメールが小島から届いていた。文面をそのまま受け取ってよいのであれば、「ホッとした」というのが本音だ。
逃げるために仕方ないとはいえ暴力をふるっている。警察に行くことはないにしても何らかの報復手段はとってくると考えていたところにこのメールだ。
「でもわざわざ車代貰いに城島さんのところに行くのも面倒だな、情報とやらもメールでくれればいいのに」
「それでわざわざここまでまた来たのかい、ご苦労なこったね」
酒臭い息を吐きながら城島さんは悪態をつく。
以前来た時と同じかそれ以上に部屋は散乱している、座る場所どころか足の踏み場すら怪しい。許されるのであれば靴を履いたまま部屋に上がりたい。
「小島さんが言ってた車代と情報ってのは?」
「いきなり金の話かい、せっかちだね」
そう言うなりテーブルの端に置いてあった茶封筒をこちらにヒョイと投げよこすがエアコンの風にあおられて真っすぐ自分のもとにたどり着かなかった。
封筒を拾い上げて中を覗いてみると一万円札で10枚入っている。
「城島さん! 電車賃こんなに掛からないですよ。多すぎます」
城島さんは腹を抱えて笑っている。
「お前世間知らずなんだな、車代が本当に交通費だと思ってたのか?」
「だって……え?」
「悪い悪い、まだまだ華の
再び封筒に目を落としまじまじと万札を見つめる。
「納得したか? まぁそう考えると安すぎる気もするだろうが」
あの日のことをこれで忘れろということか、本気で小島さんは
「さあ、受け取ったらさっさと帰れ帰れ。これでも忙しいんだよ」
平日の昼前から泥酔して忙しいは無理があるだろう。酒の匂いとタバコの匂いとが混じって一人で居酒屋のような空気を作り出している。もっともこの部屋からは料理のいい匂いがしそうにないが。
「まだもう一つの贈り物を受け取っていませんよ、何の情報かわかりませんが」
瀬川に無関係な情報とも考えにくいが、まさか就職先の口利きというわけでもないだろう。まだ二年で少し早いし。
「そうだったな、ちょっと待てや」
今度はスリープ状態だったパソコンに向かい何やらマウスを操作しだした。酔っているせいで操作が覚束ないのかミスが多いのであろう、数分待っていたがなかなかに返答がない。
こちらも手無沙汰になり城島の部屋を観察する。
見れば見るほど具合が悪くなりそうな部屋だ。採光が悪くこの時間でも部屋は薄暗くカーテンの隙間から差し込む光が部屋のチリを強調する。長いことこの部屋に住んでいるとそれだけで病気になってしまいそうだった。
城島が向かっているデスクも所々黒く焦げている。タバコの火の跡なのは想像に難くない。城島の右手側にある灰皿もこんもりと灰が積もって周囲にもこぼれている。「これでよく火事にならないな」アパートなのだから少し、もう少しくらい気を付けたほうがいいと思うが。
相変わらずの汚いコップがデスクの反対側に置かれている。当然あれからも洗っていないだろう。しかしコップの近くに置かれているウイスキーのボトルは部屋に似つかわしくないほど立派だ。
「城島さん、お酒本当好きなんですね。それ高いやつでしょ?」
「まあな。……関係ないだろ。待ってろってすぐだから」
そういうか否かのタイミングでスマホの通知音が自分のポケットから鳴ってるのが聞こえた。
「送っておいたぞ。ほら帰った帰った」
これで用は済んだと言わんばかりに酒臭い息でまくしたててくる。
スマホには手を付けずそのままの姿勢で城島の目を見つめる。
「まだ何か用あるのか?」
「この封筒、封してありましたよね? 城島さんが切ったんですか?」
城島は分かりやすくびくりと身体を震わせた。
「それに封筒の折れ目。これお札十枚分とは一致しないですね」
「知らねえよ、最初からそうだったんだ。信じないなら小島のおっさんに聞いてみればいいだろ」
「もう聞きましたよ、待ち時間が長ったもんで」
右手でスマホをひらひらを振って城島を煽る。
「……悪い。仲介手数料のつもりだったが少し取り過ぎたのは認める。悪かった」
「いいですよ、ここ来るまで車代のことすら知らなかったわけで棚ボタなお小遣いなだけです。その代わり一つだけ質問に答えてほしいです」
答えの如何によってはネタ晴らししてやってもいい。
「小島の悪癖のこと知ってた?」
「悪癖って結局お前何されたんだ? その金だって正直何の詫びかわかってないんだ」
「本当に?」
「ま、正直知っててもお前を小島のおっさんに売ったと思うけどな」
腹立つがおそらく嘘ではないだろう、本当に知らなかったらしい。
「正直ですね。僕も見習わないといけないですね」
「何をだよ?」
「さっきのことです」
「だから何のことだ?」
「全部ハッタリです、封筒の封も見てわからないし折れ目なんて出来てないです」
「舐めやがってガキが」
口調とは反対に楽しそうに今日二度目の大笑いをした後にさっさと帰るように指示した。
おそらくもう会うことも無いだろう。
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