第13話
俺を助手席に乗せた車はひたすら甲州街道を走っている。外はまだ明るいとはいえ午後6時、往来する車の数は多い。
先程から車内のオーディオからは聞いたことのある物が1割くらいで陽気な洋楽が流れている。
隣の運転席には姫子さんが顔を半分覆いそうな大きなサングラスをかけて座っている。
「車持ってたんですね」
「普通じゃない? あなた持ってないの?」
「たぶんお上りの大学生のほとんどは車持ってないですよ」
「ふーん大学に行くお金はあるのにね」
「親の金ですよ」と言おうとしたが彼女の家庭環境を思い出して飲み込んだ。
昼間、直射日光で頭を茹でていたところ姫子さんから「トラ君のマンションに行こう」と連絡が来た。
あの時の固まり始めた考えからすれば断るべきだったのかもしれない。しかし今はこうして彼女の車に揺られ瀬川のマンションを目指している。
二度ほど目的を聞いたが二度とも答えは返ってこなかった。
「あなたは何でトラ君を探してるの?」
しばらくの間車内を静寂が支配していたが急に姫子さんが沈黙を破った。
「兄さんに聞かれて困ってたよね? なんで?」
またこの質問。風間さんも姫子さんも俺自身もこの質問を俺にして、そして答えられない。
「また黙りこくって考えるの? 大学まで入ると逆にバカになるの?」
彼女大学行きたかったのかな? と場違いなことが頭に浮かんだ。
「『友達だから』って言えば済むのに、考え込む意味が分かんない」
「友達と言ってもさ、知り合って1年少しだよ」
「あんた友達の定義とかで悩むタイプ? 考えて悩むのは傍から見るとイラっとするんだよね」
「乱暴だな」
「トラ君、どこ行ったと思う?」
今日はやたらと質問責めだ。
「実家かな、それか友人知人の世話になってるか」
「恋人には何も言わずに?」
「心配かけたくないとか、でもいくらなんでも逆効果だね」
今この状況を鑑みるに心配してないとはとても言い切れない。
「実家ならそれはどこなのか、兄さんは教えてくれない。友達のところならそれはどこか。そして殺人をしていないなら何故どこかへ行ってしまったのか。それを知りたいの」
「俺も、俺もきっと同じ理由なんだと思う」
「どんだけ遅いのよ。あと『きっと』とかいらない」
主要道路から外れ細い道をいくつか抜けると二度目となる瀬川のマンションが見えてきた。駅から歩いてくるのと車で来るのとで同じマンションでも違う場所のように思えるのは不思議な発見だった。
「有名YouTuberならもっといい所に住んでそうな気もするけどこんなもんなの?」
「今はそんなに動画投稿では大きい収入は期待できないみたい、もちろん上澄み連中は違うだろうけど。それに用心深いというかビビりというか生活水準を全然上げようとしない人だから。理解できるけどちょっと退屈な一面よね」
「まぁ、聞く話では生活水準下げるのは難しいとか急に失業すると翌年の税金で困るとか聞くからね。俺には遠い世界の話だけど」
マンションから少し離れたところに駐車場はあった。土地の使い方が下手というかマンションの規模に際して広すぎる規模の駐車場だった。
「あっつ」
冷房をガンガンかけていた車内から出て1,2分歩いただけで二人とも汗まみれになる。姫子さんは慣れた様子でエレベーターを呼び二人で乗り込む。
あの時と違って二人はすれ違っていない。ただ二人の目的はあの時と同じ。
瀬川の部屋の前に着くと姫子さんはカバンから猿を取り出し鍵を開ける。
「……あれ?」
「何よ、どうかした?」
「姫子さんあの日以来ここに来た?」
「いいえ、来てないけど。どうして?」
「鍵、かかってたんだ。誰も来てないなら最後にここを出たの俺なのに。瀬川かな?」
「彼鍵かけないの。不用心だって何度言っても面倒臭がって」
誰かがここを出入りした。いやもしかすれば。
「俺が先に入る、姫子さんはちょっと待ってて」
姫子さんは特に慌てた様子もなく道を譲った。
そっとドアを開けて中を覗き込む。玄関から見える限りでは特別変わった様子はない。
逃げやすいように靴を履いたまま上がろうかと少し悩んだが友人の家には違いない、靴を脱いでリビング、寝室、トイレ、仕事部屋、浴室と見ていくが人の気配はない。
念のためリビングのカーテンを開けてべランドも確認したが外も異常はない。
「姫子さん、お待たせ。問題ないから入っていいよ」
「この前は鍵、あなたは掛けなかったのよね?」
少し怯えたように姫子さんが俺に聞く。
「そりゃあ鍵持ってないからね、俺」
姫子さんは三和土でもなかなか靴を脱ごうとしない。彼女には悪いが今まで強気で勝気なところしか見れなかったのでこのような一面が見れるのは新鮮だ。
「今日辞めておこうか? もっと明るい時間に来てもいいんじゃないかな、俺はもう何時でも暇だからさ」
「大丈夫、だって誰もいなかったんでしょ」
「そういう反応すると思ったから言った」もちろん口にはしない。
以前と違い今日は隣に姫子さんがいるため、仕事部屋以外には長居することを拒まれてしまった。
「瀬川ってメールでやり取りすることが多かったの?」
「仕事関係だけだと思う」
ではパソコンに残ってるメールから潜伏先を推測することは難しそうだ。
「じゃあ実家の情報か」
マンションの郵便受けに残っていたのは新築マンションの分譲のチラシ、高校生向けの夏期講習のチラシ、仏教系の新興宗教の案内と実家の住所が載ってるような郵便物は見当たらなかった。
作業部屋に入りデスクの前に立つと靴下に違和感を覚えた。一歩下がり靴下とカーペットを確認すると湿っている。
「あっ」
「何よ、どうしたの?」
瀬川のデスクの向かって右側の下にパソコン本体が収納されている。その周囲のカーペットが濡れているのだ。飲み物をこぼしたとしてもパソコンにだけこぼすとも思えない。それにコップ一杯分という量ははるかに超えている。
先日来た時はパソコンはスリープ状態だった。今キーボードをいくら叩こうが本体の電源を押そうが3枚のモニターは暗いままだった。
「姫子さんが持ってる合鍵って複製?」
「は? ……たぶん違う、かな」
見せてもらったところで素人の自分に複製と純正の見分けは付かない。よく複製から複製は作れないと聞くがどうだろうか。
一瞬彼女を疑ったが冷静に考えて彼女が侵入者であればわざわざ俺を今日ここに連れてくるような真似はしないはず。
それならば一番考えうる侵入者は瀬川本人? あいつの家にあいつが入って侵入者呼ばわりはいかほどか。
「パソコン壊れてる。壊されてる」
もしかしたら無事な箇所もあり業者に頼めば復旧できるかもしれないがさすがに実行できない。
「じゃあパソコン以外から探せばいいじゃない、何かあるでしょう」
自分の部屋を思い出してみるが実家の情報が少しでもあるだろうか、写真や卒業アルバムなんかも実家に置いてきている。
「姫子さんは独り暮らしなの? お兄さんと一緒?」
「なんでよ」
「あ、ごめん。男の一人暮らしだと出身地を匂わすものとかたぶん置いてないよ」
質問の仕方がまずかった。これでは警戒されても仕方がない。
作業部屋の本棚を二人で確認していく。
毒薬辞典、犯罪トリック集、沖縄観光マップ、初心者が始める磯釣り、まったく統一感のない本が一列に並んでいる。「動画のネタかな」とも思ったがそれにしてもまとまりがない。
「瀬川ずっとこのパソコン使ってたのかな? 仕事以外でも」
「仕事以外でもパソコンって使うことある?」
「大学のレポートで使ったり、人によってはゲームしたりとか」
「全部そこのパソコンでできるでしょ、違うの? 私全然パソコンとか詳しくないの。あ、タブレットなら持ってるよ」
「おっしゃる通りなんだけどね、わざわざ用途で分けることはないけど。でもレポート程度なら性能はそんなにいらないから持ち運びやすいノートパソコンとかのほうが便利かもね」
「ノートパソコン?」
「どれだけパソコンに疎ければノートパソコン知らないんだよ、さすがに呆れるよ」
「違うわよ、いくら私でもノートパソコンくらい知ってるわ。そうじゃなくてね」
「確かいつだっけかな、思い出せないけど私トラ君にお古のノートパソコン貰ったのよね。でもさっきも言ったけど私パソコンわかんないしスマホあれば十分だし」
「まだ持ってる?」
「持ってるけど一回も動かしてないから大丈夫かな? 欲しいの?」
「貸してもらえるのら是非ともお願いしようかな」
「じゃあ帰りに寄ってこうか、報酬代わりに何かわかったら必ず教えて」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます