第11話
「小島さんはそういうことを何度もして前の職場をクビになってたんだよ。災難だったね」
あの後俺は自分が小島にしたことを思い返し「もし警察に通報されたら」と心配していたが結果的には要らぬ心配であった。
そして今目の前にいるのが
そして隣は姫子さん。彼女はいつもより不機嫌そうな様子でクリームソーダのアイスを潰しかき混ぜている。我々3人は今都内のファミレスにいる
小島から風間さんの名前を聞いた後俺は瀬川のマンションに行く前に姫子さんに風間さんのことを聞いてみた。わざわざマンションに行くのが手間なこともあるが姫子さんと連絡を取りたいという下心もゼロとは言えない。
結果としてはこれが答えへの最短の道だったと言える。
何故ならこの二人は兄妹だったからだ。
会ってみて苗字が違うことと二人の年齢が一回り以上は離れていること、それに人当りもかなり異なるので兄妹とは今でも信じがたい。
「似てないとはよく言われますよ、でも両親は同じなんですよ。離婚してそれぞれ名字が違うのです」
「すいません」
「いえ、いいのですよ。どうせ気になるでしょう? 気にならないというのは嘘です。面と向かって聞きにくいでしょうしこちらから答えたまでですよ。少なくとも私は気にしてませんし」
風間さんは姫子さんを通し連絡を取ると「忙しいが2日後なら」ということで今日時間を取ってくれた。
どうやら本部のほうでもバタバタしているらしい。理由はやはり瀬川らしい。
「DESIも大小数百人のYouTuberを抱えていますが、瀬川君はその中でも稼ぎ頭ですからね」
DESIはYouTuberという職業の知名度がまだまだ低い時代にできた企業で日本では最古参のYouTuber事務所ということになる。
しかし最近では方向性や企業案件の仲介手数料の関係で大手と言われる人達の独立が続き、今では瀬川レベル(十分すぎるように思えるが)でトップということらしい。
「瀬川君とは私共も連絡が取れません、ご実家のほうへも聞いてみましたがダメでした」
そういえば瀬川の地元はどこなのだろうか。
「……ご友人とは言え個人情報を漏らすわけにはいけません」
「隠すほどのことでもないでしょ」
ずっと黙っていた姫子さんが介入した。
「そういうわけにもいかないよ、わかってくれるだろう? 今が大事な時期なんだ」
子供に言って聞かせるような温和な態度で妹に接している。
「じゃあ私が教えるけどいい?」
「それは構わない。君が恋人のことを話してるだけだからね、ただは私は是とも非とも言わない」
「瀬川ってどこ出身なんですか?」
自分が会話に入ったのが気に入らないのか姫子さんにジロッとにらまれただけに終わってしまった。
こうして考えるとやはり瀬川との付き合いの短さを思い知らされる。もっとも1年も付き合っていれば出身地の話題くらい出てもおかしくなかったのだが。「もしかして覚えてないだけかも」なんだか急に自分の行っていることを俯瞰して混乱してきた。
効きすぎているエアコンの風が襟元を冷やす。
冷えた空気で固まった首をぐるっと回して周囲を見渡してみると三人組の主婦、汗だくのスーツの中年、高校生ぐらいの四人組それくらいで店舗規模に対して客は少ない。
「周囲から自分たちはどう見えてるだろうか?」
普段は周囲の視線を気にすることはそう多くない。そもそも特別目立つ容貌をしていなければ吃驚な行動をとることもそう多くないと自覚している。
「狭山よ」
「え?」
「聞いてなかったの? あなたが質問したくせに」
「さやま?」
情けないことに不意を突かれたこともあって字が浮かばない。
「埼玉県狭山市。知らないの? お茶が有名じゃない」
「何か聞いたことはあるけど行ったことはないな」
「私も無いわ。それに彼もあまり話したがらない、狭山のどこかも教えてくれなかったし『行きたい』って言っても何もないからで終わりよ」
「西武ドームがあったり何もないってことはないけどね」
瀬川の地元に関しては不介入の姿勢を取っていた風間さんも不思議そうにしている。
「あの、的場さんってご存じですか?」
「的場? 下の名前は?」
「寛治。的場寛治です」
「知らないね、誰だい? 瀬川君の関係者かい?」
自分が見たこと、推測したことを風間さんに話す。
「ありえないと思うよ。彼がそんなことできるとはとても思えないね」
風間さんは即断する。
「それに聞くところによれば犯行が行われたのは9日の夜だろ? 彼が最後にチャンネルを更新している時間だよ」
そうなのだ。その一点で彼が犯人であるという推測が崩れる。
「それを調べるの警察だよ。それに君は瀬川君を犯人にしたいのかい?」
「いえ、そういうわけでは……」
無いと言い切れるのだろうか。
「マンションに来てまであんたトラ君の犯人の証拠探しに来てたの? 出身地聞いて今度は実家まで行って探偵ごっこするつもりなんでしょ。違うって言うならなんでこんなことしてるのよ」
瀬川の敵と判断されたのか姫子さんは激昂して俺に食って掛かる。
「やめなさい、人前で大声を出して。すまないミチル君。僕も意地悪な言い方をしたね、友達を心配して最悪の場合を想定したに過ぎない、そうだろ?」
「大学生で夏休みともなると時間も余るだろうけど、アルバイトでもしたほうがいいよ。残念だけど君にできるとこは少ない。瀬川君から連絡が来れば間違いなく君にも伝えるからさ」
二人と別れてファミレスを後にすると近くの駅まで歩く。
7月も残すところ2日、長い夏休みがすでに始まっている。「進級してからまだバイトもしてないしこれを機に探そうか、それとも帰省でもしようか」これからのことを漠然と考えながら道なりに進むと入るべき駅口を間違えてしまったようだ。
それなりの頻度で利用する駅だが構内の複雑さは地方出身者にはなかなか慣れるものではない。
数十分迷った末に目的の改札までようやくたどり着けた。
電光掲示板を見上げると目的の電車は1分後発。間に合わないと判断して次の電車に乗ることにする。
手持無沙汰に掲示されている路線図を眺めている。
今だとスマホで検索したほうが時間も乗り換えもすぐにわかるがアナログな人間だとこれを見て判断するのだろうか。
目線はJRからローカル線、さらに別のローカル線。東京から埼玉へ、そし狭山市駅を見つける。
「狭山か」
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