第7話
瀬川のマンションで「JOさん」とあったメールアドレスを記憶し自分のスマホからコンタクトを取ってみた。
当初は当然相手方も警戒していたが瀬川と連絡が取れないこととそれに加えて瀬川に対してかなりの不満を覚えているらしくある程度の情報を得ることが出来た。
JOさんと呼ばれる人は瀬川の脚本家の一人らしいこと、数日前にいきなり「もう脚本を送ってこなくていい」と言われたことなどなど。
いくらかやり取りしている間に相手も興奮してきたのか直接会う約束を取り付けてきた。
JOさんは都内でこそないが山手線の駅から一本で行ける位置に住んでいるらしくそっちから会いに来てくれとのことだった。
今度はこちらが警戒する番だった。必要な情報のやり取りにわざわざ会う必要はないだろう。
しばらくの間悩んだが結局会うことにした。
多少は体力にも自信があるし滅多なことにはならないだろう。
瀬川の影を追っている間にも試験は待ってくれない。僅かな移動時間の合間にも教科書やレジュメを眺め少しでも単位を落とす可能性を減らす。
始発駅から乗る都合、座席を悠々確保でき勉強するには電車内とはいえ快適だった。
一駅、一駅と過ぎるにつれて車内の人が減り、車窓に移る風景も緑が多くなっていく。
地方から都内に越してきた時は最初関東は全て大都会だと思っていた。だが例え都内と言えども少し外れてしまうと田舎と大して変わらない風景があちらこちらに見ることが出来る。その時は安心した半面なんだか寂しいとも感じた。思い返しても何故そう思ったのかはわからない。幼い頃からひっそり東京に対する憧れでも抱いていたのだろうか。
目的の駅は埼玉でも大きいほうの駅から二つ過ぎた場所にある。
東口には飲食店や小さいながらもアーケードがあるが目的の西口には駅の規模の大して大きすぎる無人のバスターミナルとコンビニが一件だけぽつんとあるだけだった。
駅から出てまっすぐ歩くとすぐに車一台がようやく通れる程度の小さい道になってしまう。くたびれたコインランドリーに庭付きの立派な日本家屋、窓の鉄柵が真っ赤に錆びたボロアポートに入口にナンバーキーが必要なマンションとどうもチグハグな印象を受ける街だった。
小さな道を歩いていると突き当りに小規模な神社が現れた。小さいながらも境内には立派な樹木が多くありセミが喧しく自己主張している。
「その神社の脇の道路を挟んで東側にあるアパート」とのことだったが該当するアパートは確認できるだけでも三棟ある。
しらみつぶしに当たるのも面倒なのでJOさんに連絡を入れると「神社の裏手にコンビニがあるのでそこに来てくれ」と返ってきた。
「なんだ男だったのか」
コンビニに着くと開口一番挨拶も抜きにこう言われた。
「だってほらミチルってどっちとも取れる名前じゃん。いや男だったら帰れっていうわけでも女だったら変なことするってことでもないんだ。決してそういうわけじゃないんだ」
必死に言い訳するJOさんは見た目からは年齢はわかりにくいが30代半ばくらいか、シャツから伸びる腕は病的なまでに細くいかにも不健康そうだった。
JOさんの住むアパートは三棟のうち最も大きく最もボロい一棟だった。
「いいんだよ、男の一人暮らし安いのが一番だ。駅も結構近いしね、最も俺は電車利用しないけどな」
ワンルームの部屋は向かいのアパートがベランダの真ん前にあるせいで昼でも電灯が付いている。玄関の
「JOさん、俺が女性じゃなくてよかったですね」
「これでも掃除したんだけどな」
そもそも絶対来なかったけどね。
「なんだ、じゃあミチル君もあいつとの付き合いは浅いんだね」
JOさんは椅子に俺は床のゴミをどかして段ボールを敷いて腰を下ろしている。
{JOさんはいつから瀬川と仕事をしてたんですか?」
「JOさんって、現実で言われると違和感あるな、ハンドルネームなわけだし。
城島さんは紙タバコを取り出しライターを弄っていたが火が付かなかったらしい、気恥ずかしそうに加熱式タバコを取り出し口に咥えた。「捨てといてくれ」と火の付かないライターを俺に放り投げた。床全てがゴミ箱みたいなものだがどこに捨てていいのかわからないのでズボンのポケットにしまうことにした。
「それで城島さんは瀬川とは?」
「一年と二か月くらいかな」
だから「ミチル君も」か。
「もとはあいつが所属する事務所経由で募集があったんだ。そこに応募したら正規で採用されなかったけど歩合制であいつに雇われたんだ」
「それで急に『もういらない』と言われたんですか」
「そうなんだよ」
この話題になると語気が荒くなる。
「結構いい収入になるからさ。動画一本分の脚本で12,000円、全部が全部採用されるわけでは無いけど月に15~20本採用されるからね。仕事も去年辞めちまったよ」
副業としては十分な収入だとは思うが定職を捨ててまでの額だろうか、と思ったが大学生の俺にはまだわからない世界なのかもしれない。
「ああ、だんだん腹が立ってきた。ちょっと失礼するよ」
テーブルの上にあったガラスのグラスを手前に引き寄せ、先ほどコンビニで買ったであろうエナジードリンクを半分ほど注ぐ。
洗っていないであろうグラスは曇っていて反対側が見えない。
エナドリを注ぎ終えるとウイスキーをグラスに注ぎ指で掻きまわした。
「通はこれだよ、君も飲むかい?」
「いえ、ここまでバイクで来たんで」
絶対に遠慮したい一心でバレバレな嘘を口にしてしまった。
「ふーん、よかったコップ一個しかないから」
そう言い終わると一気にコップの中身をあおった。
城嶋はエアコンのスイッチを入れるとリモコンをベッドに投げ捨てた。
「俺はな長野の生まれでね。大学に進学するタイミングでこっちに越してきたんだ」
カフェインかアルコールか城島さんは顔を赤くして興奮気味に瀬川とは関係ない話をし始めた。
「兄は幼い頃に事故で死んじまって思い出どころか顔も思い出せない。下には弟が三人、妹が二人もいるんだ」
「七人兄弟ですね」というべきか六人兄弟というべきか悩んでしまい言葉が出なかった。
「でもよ? 妹一人以外は継母の子でな、継母がこれがまた嫌なやつでな? 俺と小夜子、あぁその妹が小夜子って言うんだけど、俺と小夜子を露骨に差別するんだ。実母がどうして死んだか気になるかい? 親父は病死って言ってるけどたぶん自殺だったよ」
情報量が多すぎる。いきなり城島の不幸な半生を聞かされて面食らってしまった。
ウイスキーのエナドリ割の二杯目を作りながら城島は続ける。
「よく継母は俺たちにおやつとして饅頭を出してくれたんだ。実家が老舗の和菓子屋とかで貰ってきたんだ。でも俺と妹のはいつも小さくて一口で終わり。それで妹が文句を言うんだよ『あっちゃんたちのより小さいよ』って。俺はもうその頃は10歳になってたからわかるんだけど妹はまだ6歳だったからなぁ、継母は怒って次の日はおやつ抜きだ」
完成したドリンクは先ほどよりもアルコールが濃い割合で出来上がった。
「育ち盛りでこの兄弟だ。おやつ一つでも食べ損ねるとそれこそ死活問題だ。だから台所の棚から饅頭を掠めようとしたときにな?」
「瀬川は城島さん以外に脚本家を雇ってたりしてましたかね?」
あまりにも話題が逸れてしまっていたので無理やり軌道修正を試みる。
「知らねえよ。それ妹が可哀そうだからよ、俺の饅頭を分けてあげるんだよ。子供の一口で終わる饅頭を二つに割って二人で食べるんだ。泣けるよな、今思い出しても」
無駄なようだった。城島は自分語りに熱中になり涙目にまでなっている。
一時間程度話を聞いていたがさすがに付き合いきれなくなってきた。酔っているせいなのかどうも話の帳尻が合わないところがチラホラみられる。
黙って聞いていると兄弟の人数まで変動し始めたのだ。
「城島さん、今日はありがとうございました」
床に座っていたため少し足がしびれる。
「そうか。帰るのか」
意外にも城島さんは名残惜しそうにしている。
「他の脚本家ってさっき聞いたよな?」
城島は手にしていたグラスを遠くにやり再度加熱式タバコを取り出す。
「知ってるんですか?」
「たぶん、たぶんだけどな? 小島っておっさんも提供してたかもしれない。連絡先は後で送っといてやるよ、一応小島にも確認してからな」
「ありがとうございます」
「何度も念を押すようだがたぶんだからな? 無駄足になるかもしれない、俺たち横のつながりってあんまりないんだ。でも小島はもともとテレビ業界の人間でな、早期退職してアマチュア相手にコピーライターをやってて顔が広い。だから瀬川ももしかしたらってこと」
帰り道も駅まで一本道で迷うことはなかった。それでも見ず知らずの土地、行きと帰りで風景が全く異なって見える。
西日がマンションもアパートもコインランドリーも全てを赤く染めている。
駅前まで戻るとロータリーには二台のタクシーが止まっており、近くで運転手の二人が雑談している。
「ダメだね、市内のほうはもう安達んとこの会社に客取られちゃって」
「俺らも変え時かね、バカな後輩が置き引きなんてするから悪評広まっちゃってわざと俺らのタクシー避けるもんな」
「俺が客でも別のところにするわな」
「違いねえ」
饅頭、客、置き引き。
ボーっと考えながら歩いていると駅の建物内に交番が入ってることに気が付いた。
「駅から出るときは死角で見えないのか。それともバーダーマインホフ現象、とはちょっと違うか」
一度気になるとその考えが脳の大部分を支配してしまう。
駅に入り改札を抜けるところで城島からメールアドレスだけ書かれているメールが届いた。
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