第6話
確認した瀬川の家の住所にたどり着くのにそこまでの時間はかからなかった。
「そりゃあそうだよな、毎日学校に来るんだからそう遠くに住むわけないか」
目の前にあるマンションを見上げる。建物は10階程度だろうか、閑散としていて近くにコンビニやスーパーはない。エントランス付近は綺麗に掃除されているが側溝付近には大量の雑草が生えている。近くで見るとフェンスがあり隣の敷地から浸食されているらしい。
一人暮らしの大学生が住むには立派過ぎるが知名度の十分あるYouTuberが住んでいると考えるとやや寂しい気もする。
事務室で覗き見た住所は一瞬だったのでマンションを見上げてみると少しずつ自信が失われていく。貧相過ぎず、贅沢過ぎず。
マンションのエントランスからロビーに入ると正面に一基のエレベーター、その横には警備員の常駐エリアがあるが今は誰もいない。建物自体にも簡単に入れるあたりそこまでセキュリティーを売りにしてるというわけでもないらしい。
エレベーターを呼ぼうとしたが上矢印を押す前から上部に表示された数字がⅦからⅠへと下がっている。
どうせ住人の顔なんて区別できないだろう、隣人すら把握してない時代なんだ。下手に隠れるより堂々とエレベーターを待ち構える。
ただいざ堂々としろと思ってもどうしてもどこか挙動不審になってしまう。
チンという甲高い音がエレベーターの到着を告げる。
扉が開き中からは若い女性が一人で降りてきた。ジーパンにパーカー、背丈は低くおそらく自分とそう大して変わらない年齢だろうか。
降りてきた女性はずっとスマホを見ていたためだろう、扉の脇で待っている自分に気が付かずにぶつかりそうになった。
「失礼、すいません」
自分が悪いとは少しも思わないがさらに横にずれて降りてきた女性に道を譲る。
「あ」とこっちに気が付いた様子ではあったがとくに謝りもせずにスタスタと出口へと歩いて行った。
女性の背中を見送るとエレベーターに乗り7を押す。エレベーター内には先ほどの女性の物だろう、ふんわりと香水の匂いが頼っている。
「綺麗な人だったな、どこかで見た気もするけど」
思い出そうとするもどうやら友人知人の間柄ではなさそうだ。芸能人や有名人かなと思ったがもっと都心のいいところに住んでるイメージもあるし、そもそも大学に入ってテレビを付けなくなったので覚えている有名人はずっと少ない。
チンという音が今度は目的の階への到着を告げる。
「そういえばさっきの人7階から降りてきたのかな」少なくとも7階よりは上層の階から降りてきていた。
7階の角部屋、707号室が瀬川の住む部屋となる。一応事前にラインで連絡を入れておいたが既読すら付かない。
チャイムを何度も押してみたりドアを軽くノックしてみたりしたが反応はやはりなかった。
諦めて立ち去ろうとした時、廊下の床に何か落ちているのが目に入った。
手に取って確認してみるとデフォルメされた猿のラバーストラップだ。裏面が床の色と同化していたためすぐには気が付かなかった。紐の部分が一か所切れてしまっている、それで落ちてしまったのだろう。
「もしかして」ドアノブに手を掛けると何の抵抗もなく扉は開かれた。
玄関に入るとリビングから漏れる明かりで足元に困ることはなかった。靴を脱ぎ部屋に上がると急に「もし瀬川が殺人の犯人ならこの部屋に自分の痕跡を残すのはマズいのでは?」と不安に駆られた。
数秒悩んだ結果、下手に触らなければ大丈夫だろうと考えて部屋に上がる。すでにドアノブには触れてしまっているが。
リビング当たる部屋には大して物はない、テーブルも椅子もテレビも見当たらない。今流行りのミニマリストかと思えるが空の段ボールが乱雑に放置されているためおそらく違うであろう。
他に二つの部屋があり一つは寝室である。最悪の場合も想定して寝室を覗いてみるが人影はない。
もう一つの部屋はおそらく仕事部屋であろう。入って驚いたが入口の壁には緑の柄のない布が一面にかかっている。デスクにゲーミングチェア、それに採光用の大きなライトが部屋の隅に置いてある。
デスクにはモニターが三つもあり、そのうちの一つの上にアームでカメラ、一つに同じようにマイクが固定されている。
カメラに収まる範囲は綺麗に片づけてあるが映らないであろうモニターの手前や椅子の足元は結構散らかっている。
パソコンに触ろうとデスクに近づくが電源が付いていないとわかっていてもこちらを向いているカメラを警戒してしまう。
自分のやっていることは犯罪だと嫌でも認識させられる。精々2メートル程度の距離を詰めるのに一分もかかった気がした。犯罪の最大の抑止力は監視だとはどこかで読んだ気がするがその通りだなと思えた。
パソコンの電源を見ると緑のランプが点滅している。「スリープ状態だ」キーボードを適当に触ると三つのモニターが光を発した。
向かって左側のモニター、これにカメラが付いている。このモニターにはツイッターが開かれており自身の動画の反響を確認していたのだろう。
正面のモニターは動画編集だろうか、自分には全く分からない画像が並んでいる。
右側のマイクが付いているモニターは趣味用なのだろうかサブスクで映画を見た履歴が残っている。途中で終わっているが最後に見た映画は「砂の器」という半世紀も昔の映画だ。
タスクバーを確認するとメールのアプリが起動したままになっている。
「さすがに悪いかな」とも思ったがマウスを操作してアプリを開いてみると、いつから放置されているのか100件以上の未読メールが溜まっていた。パッと見た送り人からほとんどは仕事関係者だとわかる。
直近のメールのほとんどが同一の人物から送られてきている。「JOさん」という人物から連続で5件。
「何かありましたか? 大丈夫ですか?」
「至急連絡してくれ、事情を知りたい」
「早く返信してくれ」
「いきなりこんなことしてあまりにも不義理だと思わないのか? 連絡してくれ」
「おい、少し成功したからってこれはあんまりじゃないのか?」
上が最新のもので下へ行くほど古くなるため、最初感情的だったが連絡がないことに不安を覚えたようだ。
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