第2話

教室内は本当に先週と同じ講義かと疑ってしまうほどの混雑だ。

先週に試験についてのアナウンスあった途端この学生の数。残念ながら出席が加点で、試験さえ及第点なら単位が取れる講義ならこれも当たり前とも言える。

講義開始のチャイムとともに老教授――こちらはいつみても同じ様子――が現れて教壇前の机の今週分のレジュメを置く。

「一度に来ると混んじゃうからまずはこの列の学生さんから取りに来て、お友達の分も持って行って構わないから」

窓際の学生がぞろぞろと机にを取りに行く。


結局すべての学生に行き渡るのに10分もかかった。

肝心なものを入手した学生もそのまま教室を出ていくという露骨な真似をする者はいないが真面目に講義を受ける者の同じようにいない。

「すいません、今までの講義のレジュメ持ってますか? 今日初めて来るもんで、よかったら貸してもらえませんか? お礼はするんで」

今日は隣に瀬川がいない。まだ教室には姿が見えない。

見知らぬ隣人が言うように初めて見る顔だ。

「すいませんね、僕も今日初めて来るんですよ」

もちろん嘘だ。試験前のこの時期になるとこいつのような可取専攻かとりせんこうがチラホラ現れる。まともに相手しても缶ジュース一本のお礼のためにレジュメを貸さなければならない。

下手すると今日までのレジュメが返ってこないことすらあり得る。自分もそこまで真面目なほうではないが少なくともこの隣人よりは報われるべきな行動はしてきている。

余計なリスクを負うくらいなら嘘つきで結構だ。


隣人は結局何の言葉を返さず逆隣の学生に声をかけている。

な俺は知っているが今話しかけているそいつも君の欲しいものは持ってないぞ。

早速単位を失った隣人を視界の隅から外し教室の中から瀬川の姿を探す。あいつも決して真面目なやつではないが学校にはほぼ毎日来る。


控え目に教室中を見回していると教室後方からドアの開く音が聞こえた。

振り返ると案の定瀬川だ。しかし隣にもう一人いる。

もう夏に入った時期にもかかわらずパリッとしたワイシャツに手にはジャケットを抱えている。スーツに詳しくはないが就活をしてる学生ではなさそうだ。

顔を見るに俺らと同じか少し上くらいだろうか。自由科目なので上級学生が受講していても不思議ではないがこの場にあまり相応しい恰好ではない。

ジャケットを持つ逆の手には大きな紙袋を持っている。自分の席から紙袋の詳細はわからないがやはり学生っぽくはない。纏っている空気が見た目の年齢以上の落ち着きを感じさせるせいだろうか。


二人はわずかな時間立ち止まり教室を見渡す。二人並んで座れる席を探しているのだろう。しかし前述した通り今日の教室はいつもと違う、そう簡単に二人並んで座れる席はない。

俺の位置からは前方の席で荷物を置いて一人で二人分の席を確保していた学生に声をかけ場所を変えてもらうことで二人はようやく席に着いた。

どう見ても部外者だが今日は特別、見慣れない人間がいても教授も他の学生も大して気にかけない。それにしてもモグリで講義を受けるにしてもこの授業を選ぶことはないだろう。


席に着いた二人はコソコソと何かを話している。声は小さくてとても聞こえないが僅かな話声も目立ってしまっている。スーツの男は瀬川のほうを向き必死に何かを訴えているが瀬川はピクリともしない。

無視しているのだろうか? 瀬川の性格からして考えにくい。今更授業をまじめに聞きたいということもあるまい。それに無視する間柄なら一緒に教室に入ってくるのもおかしい。


「ああそういえばね、毎年この講義で半分くらいの学生は単位を落としてるからね。こんだけ試験に関して説明したんだから本番は頼みましたよ」

気が付くと講義も終わる時間に迫っている。

視線を教壇から前の席に戻すと既に瀬川は教室を出ようとしている。しかもまだ講義の時間だというのに後方のドアではなく前方から。

連れの男はどうしたものかとオドオドしているのがここからでもわかる。


終了のチャイムとともにスーツの男は慌てて教室を後にした。

一体あの男は誰で、瀬川とどういう間柄なんだろうか。

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