親友で酒癖の悪い可愛い幼馴染が俺のことを好き過ぎる件

久野真一

親友で酒癖の悪い可愛い幼馴染が俺のことを好き過ぎる件

「うーん……悠馬ゆうま……」


 人気も減った電車の補助席で頭を俺の肩にこすりつけてくる花梨かりん

 同じ小学校で、中高と別で、大学で再び同じになった、可愛い幼馴染。


「本当、可愛いよな」


 俺たちは二人で飲んだ帰りの電車の中で、花梨は絶賛酔いつぶれ中。

 美人な彼女がこうして隙を見せているときは本当に可愛らしい。


「……って、痛!小突くなって」


 左隣を見やれば、チョップでぐさぐさと脇腹を突いてくる。

 深酔いすると俺にだけこんなことをしてくるのだ。

 花梨なりの甘えだとわかってはいるのだけど、何故に小突いてくるのか。


「本当、仕方がない親友様なことで」


 親友。軽々しく言える言葉じゃないけど、彼女になら自信をもって言える。

 以前、酔いつぶれた彼女に「私にとって悠馬はたった一人の親友なんだ」

 そう言われたことがある。


 視線を感じると同じくらいの女性の乗車客がくすっと笑っていた。

 

(少し恥ずかしいけど、まあいいか)


 彼女が俺にだけ身体を預けてくれるのは嬉しいことだから。


「悠馬……ハメ技は反則なんだから」


 寝言だろう。にしても、彼女と格ゲーをやったのなんて遥かな昔。

 本当に長い付き合いになった。そう思う。


(出会ったのが小一だから、ざっと十五年の付き合いか)


 ずっと一緒なんて関係じゃないけど。

 それでも彼女との付き合いは今まで続いていて。

 本当に不思議なもんだ。


◆◆◆◆


 彼女と初めて会ったときのことは、はっきり覚えていない。

 公務員の息子として宿舎に住んでいた俺。

 ホテル経営者の娘として生まれて、近くのマンションに住んでいた彼女。

 たまたま近所にいた俺と彼女はよくお互いの家で遊んだものだった。


「ゆうま。いっつもハメ技ばっかりずるい!」

「くやしかったら、かりんもやってみろよー」

「ぜったい、仕返しするんだから!」


 低学年の時は格ゲーにはまってそんなやりとりもしたっけ。

 高学年になってからはお互い社会への興味が出てきたっけ。


「日本はなんか間違ってるよな。残業なんて生産性を下げるだけだ」

「悠馬の言う通り!残業なんて一つもいいことないよ!」


 今思えば、子どもの背伸びって奴だ。

 俺たちはどこか同い歳の子どもより「大人っぽい」

 そんなことを自慢に思っていた。


 仲の良い俺たちだったけど、彼女は普通の公立中学校へ。

 俺は隣の県にある中高一貫の進学校へ。

 普通ならきっとそのまま疎遠になっていたんだろう。


 でも、花梨と離れるのは嫌だった。

 だから、時々は引っ越し先から故郷に遊びに行ったし。

 花梨も時々は俺の住む街まで遊びに来てくれた。


 数か月に一回の細々とした交流はずっと続いた。

 そうして偶然、花梨が俺と同じ大学に入学してきて。

 小学校の頃以上に仲良くなったのだった。


◇◇◇◇


(ほんっと偶然ってのはあるもんだよな)


 お互いに志望校を教えあったわけでもないのに。

 偶然に大学のキャンパスで再会したのだった。


 「花梨!?お前、同じ大学だったのか……」


  入学式の日。桜が舞い散る中で出会った彼女はとても綺麗で。


 「悠馬!ほんとにすごい偶然だね!」


  再会したその日にハイタッチをしたのを覚えている。

  とても嬉しそうに微笑んでいたことも。

  再会した俺たちはその日以来、急激に距離を縮めて行った。


「花梨の酒癖が悪いのだけは予想外だったけどな」


 言っていると、また脇腹を小突いてくる。

 ほんとに何がしたいんだか。


 そうこうしている間に終点への到着を告げるアナウンス。

 

「ほら。起きろ。終点」

「ふわ?うん……起きる……」


 寝ぼけ眼の花梨はふらふらと危なっかしい足取り。

 こりゃ仕方ないか。


 駅を出た俺は、かがんでおんぶの体勢を取る。


「ほら。おんぶ」

「うん……いつも、ありがとうね」


 少しだけ酔いが覚めたのだろうか。

 ふにゃっとした声が背中から聞こえる。


「ほんっと。お前、もうちょっとセーブしろよ」

「仕方ないもん。お酒美味しいんだからー」

「飲むのはいいけど、深酔いする前にやめとけってことだよ」

「んふふー。でも、そんな時は悠馬がおぶってくれるでしょ?」


 何が嬉しいのやら。俺も頼られて悪い気はしないけど。


 おぶられる花梨とおぶる俺。

 しばらくの間、一言も発さずに、郊外の薄明かりに照らされた道をゆっくり歩く。


「悠馬ともホントに長い付き合いになったよね」

「ま、中高で縁切れてもおかしくなかったよな」


 お互いそれぞれの交友関係だってある。

 そんな中でも付き合いが続いたのは奇跡的とも言える。


「……私はね。悠馬と離れるのが寂しかったんだ」

「え?」


 背中からの声はとても意外なものだった。


「一緒の中学に通えると思ったのに、受験しちゃうし」

「仕方ないだろ。親父が私立に入れたがったんだし」

「わかってる。だから、時々は一緒に遊びたかったんだよ」

「そっか。実は俺もおんなじだよ。離れるのが寂しかった」


 俺も少し酔いが回っているのだろうか。

 素面だったら恥ずかしくて言えないことを語っていた。


「高校の時、二人で一緒に秋葉原に行ったこと覚えてる?」

「あった、あった。お前が東京遊びに来たんだっけか」


 確かラインで、事前に約束したっけ。


「たまに悠馬と会える日は楽しくて。でも、やっぱり寂しかったな」

「それは俺も同じだな。結局、その日に帰っちゃうし」

「……」

「……」


 しばらくの間、無言になる俺たち。

 ただ。


(いい雰囲気なんだけど、腰が……)


 ふつーの大学生の俺にとっては長時間おぶるのはきつい。


「そろそろ疲れた。悪いけど、降りてくれ」

「えー?もう少し悠馬におぶってもらいたかったのに」

「いいから降りろ」

「はーい」


 よっと地面に立った花梨はすっかりいつもの足取り。


「わ。見て見て!月が綺麗!」


 ふと、上を指差す親友。つられて見上げれば、まんまるお月様。


「満月か……ちょっと得した気分だな」

「風流、風流」

「お前、風流、風流、ての好きだよな」

「春夏秋冬を楽しむのが日本人でしょ?」


 月を見上げる彼女は少し神秘的で。

 昔の面影を残したままで、本当に美人になった。


「で、そろそろ別れ道だけど……来るか?」

「うん。少し離れがたいし」


 くすぐったそうな彼女の台詞に照れ臭くなる。


「悠馬、照れてる?」

「そりゃな」

「親友、でしょ?」

「お前はまた恥ずかしげもなく……」

「前に「俺も親友だと思ってる」って言ってくれたのに?」

「素面じゃそうそう言えないんだよ」


 そうこうしている内に二階建てのアパートに到着。


「お邪魔しまーす……ただいま」

「お帰り。てなんてこと言わせるんだよ」

「ちょっと言ってみたかっただけ」

「ま、とにかく入れよ」


 部屋の明かりをつけて、部屋に入って。

 ちゃぶ台を挟んで、向かい合う俺たち。


「はー。悠馬の家はほんと落ち着く―」


 コップに入った麦茶を飲みながらすっかりくつろいだ花梨は言う。


「別にそこまで掃除もしてないけどな」

「それがいいんだよー。あんまり綺麗だとお客様対応に感じちゃうし」

「わかるけどな。花梨、整理整頓苦手な方だし」


 花梨の家には時々遊びに行くが、不潔ではないけど結構乱雑で本やら雑誌やらが床に散らばっていることも多い。だから、適度に雑な我が家くらいの方が落ち着くんだろう。


「ね、私たちも大学三年生だけど、悠馬は好きな人いないの?」


 まっすぐ俺の目を見て、少し真剣な声色の彼女。


「好きな人、ね……」


 区切って、考える時間を少し稼ぐ。

 目の前の親友が好きだという気持ちはいつもあった。

 ただ、それが恋愛かというと少し自信がない。

 

「花梨だからそのまま取ってくれると思って言うんだけどさ」

「うん」

「強いて言うなら花梨なんだけど、恋かというと自信がない」


 告白にも近い言葉は自然と口をついて出ていた。


「そっか」

「ああ」

「私もあえていうと悠馬なんだけど……自信はないかも」

「……」

「……」


 少しの間、お互い見つめ合って、ため息をつく。


「でもね。それでも良ければ……付き合ってみない?」

「俺もOKだけど。いいのか?」

「大学生の内に彼氏の一人や二人作っておきたいし」

「お前な。別れる前提かよ」

「冗談だよ。できるだけ長く続けたいかな。できれば、死ぬまで」

「さらっと重い事言うなあ」


 でも、俺たちの関係性を思えば仕方ないことか。

 俺だって途中で別れて親友としての関係性まで潰れるのは勘弁だ。


「でも俺も同じ気持ちだよ。昔からの付き合いだから、色々欠点も知ってるし」


 恋人同士になってから、お互いの欠点がよく見えるようになって別れるカップルは多いと聞く。その点、花梨のことはよく知っているからそうはならないだろうと思える。


「じゃ、付き合おっか。でも、改めてだけど、ホントにいいの?」

「もちろん」

「このまま人生の墓場行きになるかもしれないよ」

「それはこっちも同じ。花梨の方は大丈夫か?」


 ま、答えはわかってるんだけどな。


「もちろん。人生の墓場どころか本当に一緒のお墓に入るくらいの気持ち」

「うーむ……そこまで好かれてるのは嬉しいんだけど」


 今から人生のラストを語るのはいかがなものか。


「逆に悠馬の好きはそんなに軽いの?」


 暗にそんなことはないよね?と目が言っている。

 お互いに執着してる者同士だから言いたいことはよくわかる。


「軽かったら、中高でずっと付き合いは続いてないっつの」

「これで決定!仮だけど婚約ってことで。お祝いに飲もう?」


 こいつは。

 さっきまで酔い潰れてたのにまた懲りずに。


「お前な~。さっき電車で俺に寄りかかってた癖に」

「酔い潰れたらまた介抱してくれるでしょ?」

「するけど……まあいいか。ちょっと酒持ってくる」


 冷蔵庫に常備してる日本酒―主に花梨のためだけど―を持ってくる。

 ちなみに純米大吟醸のやつで結構いいお値段。

 トクトクとお猪口に注いで、チンと軽い音を鳴らす。


「じゃ、私と悠馬の婚約を記念して……カンパーイ!」

「……カンパーイ!」


 一息でお猪口の日本酒を飲み干した彼女は。


「今夜はオールで付き合ってもらうからね?」


 そう不敵な笑みをこぼしたのだった。


「酒癖の悪い嫁さんというのも苦労しそうだなー」

「そこは諦めてね」

「わかってるよ」


 こうして深夜の酒盛りは続く。


「ところでさ。同じ大学だったのって本当に偶然か?」


 少し気になってはいたのだ。

 さすがに何か出来すぎているというか。


「……実は、おばさんに悠馬の志望校聞いてたの」

「納得。お前、うちのオカンと仲良かったもんな」


 劇的な再会劇の裏にはそんなことがあったとは。


「そうまでして俺に会いたかったか?」


 少し気分がよくなってからかってみる。


「当然でしょ。私の志望校よりも偏差値高かったから必死だったんだけど?」

「そこまで想われてるのも……まあ嬉しいけど」


 狙ってやった再会劇ということでドラマ性は薄れるけど。

 結局、偶然の再会ってのはそうそうないってことか。


「逆に聞きたいんだけど。悠馬が私のいるゲームサークルに入ってきたのは?」

「……実は、一緒にいたかったのはある」


 さすがに少し恥ずかしいけど、 今更だ。


「そうまでして私と一緒に居たかった?」


 意趣返しだろうか。ニヤニヤとからかってくる。


「当然だろ。たった一人の親友だからな」

「似た者同士だね」

「酒癖の悪さは似てないな」

「それは余計!」


 で、酒盛りは結局朝まで続き。

 例によって深酔いした花梨が俺を小突いてくるのだが、また別の話。

 全く色っぽい話にならないけど、果てさて、今後どうなるやら。

 

☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆

酒癖の悪い幼馴染との一夜のお話でした。


楽しんでいただけたら、☆レビューや応援コメントなどいただけると嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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