第5話

 あっという間に、彼女との約束の日曜日になってしまった。

 結局何をするかも聞かされず、待ち合わせ場所の金時計まで来てしまった。

 ここは私が住む街のちょっとした待ち合わせスポットで、いつも待ち合わせに利用する人で埋まっている。

 正直めちゃくちゃ混むので、ここで待ち合わせは嫌だったのだが、彼女がどうしてもと言うので、仕方がなくここで待ち合わせる事になった。

「……にしても遅いな」

 約束の時間から、もう十分も過ぎている。

 ここに来る途中何かあったのかと、心配になってきたところで、彼女がこちらに早足で来るのが見えた。

「ごめん遅れた! 待った?」

「十分待ったよ」

 まぁ、何事もなく待ち合わせられたなら良いか、と思っていると。

「はー。そこは、私も今来たところって言ってくれなきゃ」

 またもや頓珍漢な事を言う彼女に、呆然とする。

「なにそれ? デートでもあるまいし」

「デートだもん! 良いからやり直し!」

「えー……。今日がデートなんて初耳……」

 やはり彼女は滅茶苦茶だ。

 なにも聞かされず待ち合わせ場所で待っていたら、遅刻してきた上にダメ出しをしてきて、その上訳の分からない事を言い出す。

「はい! 言って!」

「はー……。待ってないよ。私も今来たところ。……これで良い?」

「ん! 合格!」

 遅れて来た上に、おかしな事まで言わされた。

 ともかく、彼女が満足してくれたところで、これからの予定を聞き出さなければいけない。

「それで? 今日の予定は?」

「まーまー、そう焦らないでよ。とりあえず行こう!」

 そう言って私の手をひき、彼女は歩き始めた。

 何度か彼女と登下校するうちに、手を繋ぐのも当たり前になってしまった。

 恥ずかしくない訳では無いが、もう慣れたものだ。

 手を引かれるうちに、着いたのは映画館だった。

「ほら、あの監督の最新作がやってるから見たくって!」

 なんだか本当にデートみたいだな、と思いながらも私達二人はチケットを買い、映画までの時間を近くのカフェで潰すことにした。

「唯。あの監督の映画好きなの?」

 あの監督の作品は、どれも少し悲しい恋愛ものばかりだ。

「うん! 大好きでさ、新しいのやるから楽しみにしてたんだよね〜」

 そう言いながら、注文していたパンケーキを食べる。

「京香にも好きになってもらいたくってさ! あー、楽しみだな」

 心なしかいつもより言葉が弾んでいる気がする。

 彼女が本当にその監督の作品が好きなんだと言いう気持ちが、凄く伝わってくる。

 唯と同じものを好きになるのも、悪く無いかもしれない、なんて思いながらも、私は素っ気ない返答をするのだった。

 そしてあっという間に上演時間となった。

 私と唯は映画館のポップコーンと飲み物を買って、席に着いた。

 前から5番目くらいの真ん中。

 人気がある映画らしく、周りは結構埋まっていた。

 見た感じだと、カップルが多い様に見える。

 映画が始まるまでずっと楽しそうに話していた彼女だったが、映画が始まった途端、すんと静かになり、彼女の周りの空気が変わった。

 よほど好きんだな、と思いながら、私も映画を観る姿勢を作った。

 映画の中の女の子は、彼氏と死別してしまうと言う、少しダークな悲しい物語だった。

 女の子は、死んでから幽霊となって現世へ留まり、今までしたかったけど出来なかった色んな事をする、と言う少し変わった映画だった。

 私はつい、彼女と重ねて見てしまった。

 幽霊になってでも、したい事がある。

 でも、現実じゃ幽霊になるなんて事は不可能だ、だからこそ、私が必要なのか。

 映画は二時間くらいして終わった。

「はー……。今回も良かった。ちょっと泣いちゃったよ」

「うん……。確かに面白かった。この監督の他の映画も見たくなったよ」

「でしょ?! 二、三年に一回新しいのが出るから次も一緒に見にこようね!」

 次……か。

 彼女が後何年生きられるのか、その次まで彼女が元気で居てくれるのか。

 そんな事をぐるぐる考えてしまう。

「そうだ! 今度うちにおいでよ! 私あの監督の映画のDVD全部持ってるからうちで見よう!」 

 そう明るく話してくれる彼女を見て、深く考えるのを辞めた。

 今は彼女が笑顔で居てくれればそれで良い、それが今一番私がしたい事だと気がついた。

「じゃあこれからどうしよっか?」

「へ? 今日はこれで終わりじゃないの?」

 今日の目的が映画だと思っていた私は、これで解散だと思っていた。

「今日はデートなんだから、映画見て終わりな訳ないじゃん!」

 そもそもデートだと言い出したのは彼女で、私はそんなつもりは全く無く……。

「そうだ! 次は京香の行きたい所に行こう!」

「私の行きたいところ……? んー……。そんな場所あるかな」

 そう言われても、特に行きたい場所など無い。

 普段から無趣味な私は、休日も基本家でゴロゴロしてるか、寝てるかしかしてない。

 そんな私の行きたい場所なんて……。

「あ、行きたい場所あった」

 



 特に好きなものなど無い私にも、唯一好きなものがあった。

「正直唯みたいなキラキラした子とここに来るのは、あんまり乗り気じゃなかったんだけど……」

 私が彼女を連れて行ったのは、本屋だった。

 それも、アニメショップとくっ付いている、所謂そういう人向けの本屋だ。

 私の唯一の趣味といえば、アニメや漫画を読む事だった。

 普段から家からあまり出ないから、そういうのにハマってしまったのだ。

「わーすごい。あ! これ京香が学校でよく読んでるやつだよね?」

 ……よく見てらっしゃる。

 ただ私が来たくて来ただけでは無いのだ。

 唯が好きだと言う監督の映画はアニメ映画なので、今なら丁度と思い……

「あ、やっぱりあった。ほら唯、これ」

 それは今日見た映画の小説だった。

「確かこの監督の映画って、いつも小説でも出てた気がしてさ。良かったらどう?」

「うわー! 小説でも出てたなんて全然知らなかった! ファン失格だなぁ……」

 なんて落ち込んだ様に言う彼女の目が、確かにキラキラしていたのを、私は見逃さなかった。

「上の階も見てみる? もしかしたら映画館に売ってなかったグッズとかもあるかも」

「いくいくー!」

 そうして彼女と散々そこで買い物をして、店を出た後も、買ったものの見せ合いなどをしてるうちに、もう外も暗くなって来てしまった。

「っと、もうこんな時間だよ。そろそろ帰らないと」

 そう唯に言うと、まるでこの時間が終わるのが惜しいと言わんばかりの、悲しい顔をした。

「……ねぇ唯。来週の日曜空いてる?」

 そんな彼女を見兼ねて、私らしくもなく自分から誘ってみた。

「え……。どうして?」

「次は私の買い物に付き合って欲しいな、なんて」

 そう言うとさっきまでの悲しそうな顔が嘘かと思うくらい、笑顔になった。

「うん……! 空いてるよ! 嬉しい、楽しみにしてる!」

 うん、やっぱり唯には笑顔が似合うな。

 そんな少しキザな事を考えながら、いつもの様に彼女と手を繋いで、その日は帰った。

 それから私達は毎週日曜日になると、どちらかが必ず遊びに誘う様になっていた。

 そうして少し期間があいて、久しぶりに彼女が私にお願い事をして来たのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼女のしたい100の事 ハルトマンのねこ @Harutoman_0509

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ