第4話

 学校に着いてからの私達は普段通りだった。

 お互い、話すこともなく、私はいつものグループで過ごし、彼女は周りに集まるみんなと会話をしている。

 こうして見ると、病気なんて嘘なように思えてしまう。


 私達が学校で初めて会話したのは、お昼休みになってからだった。

 「ね、京香。一緒にお昼食べない?」

 いつものメンバーと食べようと思ってた私は、この誘いにあまり乗り気では無かった。そもそも、今まで全く接点の無かった彼女と、いきなり一緒にお昼を食べるなんて、周りにどう思われるか、容易に想像がつく。

「悪いけど、私はいつもの人達と食べるから……。唯もそうしな?」

「“お願い”何だけどな〜?」

 うっ……。

 そう言われてしまうと、断りづらくなる。

「はー……。分かったよ。その代わり、あまり人目のつかない場所で食べよう。流石の唯でも分かるでしょ?」

 そう言うと、彼女はキョトンとした顔をしていた。

 なるほど、分かっていないようだ。

 これだから天然慈愛系美少女は……。

 

 色々なところを探した結果、屋上で食べる事になった。

 風も強いし、あまり広くもないので、実は結構不人気な場所なのだ。

 屋上の縁に並んで座って、私達はお昼ご飯を食べ始めた。

 唯の弁当は、唐揚げや卵焼き、後は冷凍のナポリタンとかが入ってる、いたって普通の弁当だった。

「弁当は普通なんだね? 食事制限とか無いの?」

「一応あるよ。あんまり塩分が高かったり、食べすぎたりはあんまり良く無いの。でも、普通に食事する分には、そんなに制限はないんだ」

 彼女から病気の話を聞くときは、いつも彼女は少し寂しげな表情をする。

 でも、彼女の為にも、もっと彼女の事が知りたいのだ。

 とは言え、私は彼女のこの表情はあまり好きでは無いので、適度に、少しずつ聞いていくつもりだ。

「ふーん……」

「でも、そんな事聞いてどうしたの? もしかして……、私にお弁当作ってくれるつもりだったとか?」

 と、にまっと悪戯っ子ぽい顔で私に尋ねてくる。

「な……! そんなつもりじゃないよ! 唯の事もっとちゃんと知りたかっただけ!!」

 結果的に恥ずかしい事を言ってしまった事に気がつき、顔が熱くなる。

「じゃあ。“お願い”なら……。作ってきてくれる?」

「ッ……! そのうち! いつかね!」

 あははは、と笑う彼女を横目に、色々と考えてしまう。

 休み時間の時、彼女が基本的に席から離れないこと、体育の時、あまり競技に参加していないこと。

 その彼女の普段の行動の一つ一つに、彼女の病が本当なんだと言うことを、裏付けていった。

「唯の事、もっとちゃんと知りたいな」

 私は、彼女の事をまだまだ知らなすぎる。

 そりゃそうだ、まともに話したのは昨日が初めてなのだから。

「私の事……?」 

「うん、唯の叶えたい事を手伝う以上、もっとちゃんと唯の事知っておきたいんだ」

私は真面目に、そう彼女に告げた。

「んー……。じゃあ、今日一緒に帰ろう。これは、私の叶えたい事の一つでもあるし、ちょうど良いね」

 彼女はまるでなんでもない様に、無表情でそう言う。

「いや、話したく無い事は、無理して話さなくて良いから……。私は、唯には笑ってて欲しいって、そう思うから……」

 そう言うと彼女は、少し驚いた様な顔をして、それからゆっくり微笑んだ。

「ううん……。京香には、私の事ちゃんと知ってて欲しいもん。」

 そんな彼女の言葉に、少しの照れ臭さと、喜びを感じながら、お昼休みを過ごした。


 下校までの時間はあっという間だった。

 というより、色々考えてしまったせいか、時間が経つのが早く感じた。

 私は、ホームルームが終わると、すぐに帰る支度をして裏門へ向かった。

 私のとこまで来られると目立つし、周りの目が気になるので、学校の裏門を集合場所にした。

 みんなは基本、正門から出てくので、裏門は人が少なく、彼女との待ち合わせには丁度良いのだ。

「あ、京香! 待ってたよ! 早速帰ろう!」

 そう言いながら彼女は、手を差し出してきた。

 ……またですか。

 半ば諦めながら、私は彼女の手を握る。

「お、もう手を繋ぐの恥ずかしくなくなった?」

「慣れないと毎日やらされそうだからね。もう諦めたよ。」

 クスクスと笑う彼女の手をひき、私達は帰路に着くのだった。

 やはり、笑った顔の方が、彼女には良く似合う。




 手を繋ぎながら、しばらく歩いた後、彼女のお願いで、寄り道する事になった。

「京香は何買うー? あ、私これにしようかなー」

 私たちが寄ったのは、帰り道にあるコンビニだった。

「ちょっとカップラーメンなんてやめてよ。せめて帰りながら食べれるやつにして」

 というか、カップラーメンなんて身体に悪そうな物、彼女には食べて欲しくない。

「ほら、肉まんで良いじゃん。寄り道といえば肉まん」

「ふーん? そうなの?」

 普段、登下校が送迎の彼女は寄り道をした事が無いらしく、こうして友達とコンビニに行くのは、初めてだとか。

「ちょっと、その変なの買おうとしないでよ」

 初めての寄り道だからか、妙なテンションの彼女は、普通では買わない様な物ばかり買おうとする。

「えー。良いじゃんちょっとくらい」

 子供か、とツッコミたいのを我慢して、彼女を落ち着かせながら、肉まんとあんまんを買って、コンビニから出た。

「私こうやって友達と寄り道して、買い物するの初めて!」

 肉まんを食べながら彼女はニコニコしながら歩く。

「で、約束通り。唯の事ちゃんと教えて」

 私はあんまんを食べながら、彼女に言った。

「うん……。そうだね。まず、何から聞きたい?」

 聞きたいことは山ほどある。

 どれくらい病気が重いのか、何時から心臓が悪いのか、原因は、治せるのか。

「唯の心臓が悪いのって、具体的にはどういう事なの?」

「具体的に? うーん、難しいな……。心不全って言うのかな? 心臓がちゃんと動かなくて、血を上手く全身に送れないんだって。だからあんまり激しい運動は出来ないの」

 心不全、聞いたことある病名だ。

 それも、誰かが病気で亡くなったりした時に、よく聞く名前だ。

 私は無意識に彼女の手を握っていた。

「あれ? 京香の方から繋いでくるなんて、やっぱ京香も手繋ぎたいんじゃん」

 彼女にそう言われて、初めて自分が彼女の手を握っている事に気がついた。

「ちが、離してたらまた繋ぐって言うだろうから! めんどくさいから先に繋いだだけ!」

 苦しい言い訳をする私を見て、彼女がケタケタと笑う。

 恥ずかしい思いをしたが、彼女が笑顔になったので、まぁ良いかと思えた。

「ね、京香、今週の日曜日暇?」

「一応予定はないけど……」

 暇人だと思われたくないので、暇とは言わない。

「じゃあさ、ちょっと付き合ってよ。私の叶えたい事。」

「例えば何?」

「それは日曜日のお楽しみ〜」

 そう言いながら戯けて見せる彼女。

「はー……。まだちょっとしか唯と居ないけど、唯の事だんだん分かってきたよ。」

「それで日曜は?」

 もちろん答えは決まっている。

「良いよ。付き合う」

 そうして私は、彼女を家まで送り届け、私も自分の家に帰るのだった。

 あの人気者の彼女と一緒に帰り、それどころか日曜日も一緒に遊ぶ約束ができた。

 ほんの少し、気分が昂揚しているのが自分でも分かる。

 あの彼女を独り占めしている気がして、何となく気分が良い。

 そうして、自分の普通の日常が崩れていくのが、少し、楽しく思えてきたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る