第3話

 手を繋ぎながら歩き始めた私達だったが、まだ不安といえば不安だ。

 何せ今まで彼女は毎日車で送り迎えしてもらっていて、歩いての登校は今日がほぼ初めてだからだ。

 “ほぼ”と言うのは、一度一人で登校出来ないものかと、試してみた事があるらしい。

 特に問題は無かったのだが、やはり親から反対され、親による送迎という形になったらしい。

「美波さん。本当大丈夫?」

「へーきだって! お父さんもお母さんも心配しすぎなんだって!」

 そういう彼女は、いかにも年頃の女の子、という感じだ。

「そんなことよりさ! 私の事は唯って呼んでよ! 私も京香って呼ぶからさ!」

 流石は陽キャ、簡単に言ってくれる。

 誰かを名前呼びするなんて、小学生の頃以来した事がない。

 名前呼びって、なんだか照れ臭い気がするのだ。

「……そのうちじゃだめ?」

「これも私の叶えたい事なんだけどな〜」

 と、いたずらっ子のような目で私を見てくる。

 全く……なんて奴だ。

「はぁ……分かったよ。“唯”」

 そう呼ぶと、彼女は目をキラキラと輝かせながら抱き着いてきた。

「やったー! よろしくね! 京香!」

「ちょっと、あんまはしゃがないでよ! 心臓に良くないんじゃないの?!」

「このくらい大丈夫だよー!」

 私の心配をよそに、彼女ははしゃぎ続けた。

「ていうか唯、よく親の許可が降りたね」

 一度は反対された事だ、簡単に許可を貰えたとは思えない。

 それに一緒に行くのも親しい友達というわけでも無い。

 だって私は昨日、初めて会話したような、ただの協力者だ。

 自分で言うのはなんだけど、正直信用して娘を預けられる様な関係では無い。

「友達と一緒に登校したいって伝えたら、おっけーしてくれたんだよ!」

「友達……か。私たちの関係は友達で合ってるのかな……?」

 さっきも言ったが、私たちの関係はただの協力者だ。

 なんだか唯の両親を騙してるみたいで、心が痛む。

 なんて考えていると、いつの間にか、瞳を潤ませた彼女が、捨てられた子犬の様な顔をしてこっちを見ている。

「私たち友達じゃ無いの……?」

 美少女の潤んだ瞳がこんなにも心臓に悪いなんて……。

 不覚にも少しキュンとしてしまった。

 もう少し見ていたい気もしたが、彼女をこのまま放っておく訳にもいかない。

「はいはい。友達だよ。友達」

 そう言うと彼女は満点の笑みを浮かべた。

 なんていうか、表情がころころ変わって面白い。

 彼女がみんなから愛される理由が分かった気がする。

 そんな顔を見ていると、雑にあしらってしまった事に、少し罪悪感を覚えた。

「本当に私で良かったの?」

「え? 何が?」

「私が唯の願い事を叶える“協力者”で」

 私は彼女の秘密を知って、いや知ってしまったから、協力しようと思っただけで、彼女にはもっと相応しい人がいると思うのだ。

「だって唯はさ、友達も多いし、私なんかよりも、もっと良い人がいる気がして」

「んー? なんか面倒臭い彼女みたいだね?」

「な……!」

 人が真剣に悩んでいるのにとんでも無いことをいう。

「確かによく話す人はいっぱい居るけど。友達かって言われたら、分かんないんだよね。病気の事誰にもバレたく無いから、あんまり一緒に遊びに行ったりとかも出来なくってね」

 そういう彼女は、寂しげで、消えてしまいそうなくらい、儚い顔をしている。

 そういう姿を見ると、確かに彼女は病気なのだと、改めて思ってしまうのだ。

「そっか……」

それに続く言葉が出てこない。

「だからさ! 私の秘密を知ってしまった京香には、今まで出来なかった事。色々叶えて貰うつもりなんだ!」

 さっきまでの憂いに満ちた彼女とは真反対の、明るい様子でそう言ってくる彼女に、正直驚いてしまっている。

 きっとこうやって今までも、我慢して隠してきたんだな、と少し彼女の事が分かった気がした。

「はー……。良いよ。いくらでも付き合う」

「うん! よろしくね!」

 たった一日の出来事なのに、私は彼女に協力したいと、強く思うようになった。

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