今宵、少女になる。

佐藤凛

今宵、少女になる。

ずっと飽き飽きしてた。

でも、諦めて投げ出す勇気がなくて、しどろもどろしていた。

花はいつか枯れる。それは知っている。だから枯れるまで歌っていることにした。


私の心は真っ白だから、色水をたらしてみたいの。

キャンパスに綺麗な放物線を描かなくてもいいの、ただ垂らすだけでいいの。

色水はじわっと広がって、私の白を埋めていく。

全てが色水で満たしたとき、私は幸せになる。


張り詰めた心は水風船のようで、少し鋭利なものでつつくと割れてしまう。

物理法則からすればあたりまえだけど、それが心になると案外大変なのよ。

水風船は一度割れたらもう使えない。

水風船みたいな心。一度割れたら戻らない。


それは、人間の宿命だと思うのよ。

後戻りできないのが人間。それが故意でなくともね。

だから、しょうがないんだと思って生きていくしかないんだよね。

そうやって生きて、生きて。


でもね、生きるのが辛くなったらどうするの?って思うの。

つまり、この世からいなくなりたいと思ったときってこと。

生きるって不思議なこと。なんの目的もないまま世界に放り出されて、生きがいを自力で見つけなきゃいけない。

やっとの思いで見つけても、いきなりゴールが来ちゃうこともある。

これって理不尽だと思うの。


だから、いいでしょう?そちらが勝手にスタートテープを切ったんだから。

私が私の意志でゴールテープを決めてもいいはずよ。

だから私決めたの。私、空を飛ぶんだって。



上空70メートル。風が肌を滑るわ。

あぁなんて美しい窓ガラスに映る光の束。一つ一つの輝きが見えるわ。

あの、窓ガラスの中では一体、だれが、何をしているんでしょうね。私は分からないし、分かろうともしないわ。

だってそちらが分かろうとしなかったんだから。


閻魔様は私に何を言うのかしら。自分でゴールを決めた私は果たして地獄いきかしら?

どちらでもいいわ。だってここがすでに地獄のようなものなんだもの。

これ以上の地獄があるのかしら。


少しの力でコンクリートの地面を蹴り飛ばす。

自分の体が傾いている。

徐々に徐々に傾く傾く。

耳にあたる風の量が多くなっているのを感じる。

もう、何も聞こえない。

完全に滑り落ちる。

空を飛べるならきっとこんな感覚だと思う。

走馬灯ってよく言うけれど、私にはまったくない。だって思い出すことも何もないんだもの。思い出したくないんだもの。

だから真っ白。すべてが真っ白なのよ。

感じられる幸せ。

これが私の幸せなのよね。

誰も私の幸せを邪魔できない。


鈍い音と共に真っ黒な地面に水滴が垂れる。

そして、じんわりと黒が真っ黒になっていく。真っ黒に。鉄の匂いと共に真っ黒に。

夜11時50分。

私は今宵、少女になる。

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今宵、少女になる。 佐藤凛 @satou_rin

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