アトラのココロ



アトラの家はティーレル家の分家にあたる。


聖騎士の父は剣技に優れ、剣だけで騎士団の隊長にまで上り詰めた程の腕前だった。そんな父の剣に追いつこうと、アトラは幼い頃から厳しい鍛練に励んだ。


しかし、父は属性の天力ルフトに恵まれなかった。本家や他の分家からは無能者とバカにされ続け、本家の集まりに顔を出すといつも惨めな気持ちになったのを覚えている。


更にはアトラの天力ルフト値の低さが仇となり、アトラが8歳になるまでにティーレル家として申し分ない成長をしなければ、一族の席から外し、援助を断つと本家から言い渡された。


アトラ6歳の時であった。




父と母は気にしなくてもいいと言ってくれたが、8歳で全ての力を発現し、更に属性が先祖と同じ”グラビティ”だと分かるとあからさまに喜んで本家へ報告に向かったのを覚えている。


きっと不安だったのだろう、結局のところ援助がほしかったのだと幼いながらに気付いていた。



極めつけは12歳で緑煌眼りっこうがんを発現した際のこと。


この時は本家から当主の息子と婚姻を結ぶように強く言われた。連日のように催促が届き、最初は渋っていた両親も、いつしかアトラに婚姻を勧めるようになっていた。




うんざりだった。血筋とか家柄とか全て捨てたかった。そんなもの無くても生きていくことはできる。


でも。両親のことは捨てれなかった。


ずっと覚えている、二人から貰った愛を、優しい記憶を。


家族の温もりと優しさを、簡単に手放せるほどアトラは非情にはなれなかった。




結局、アトラは20歳で婚姻することを承諾した。

もう暫く白聖騎士として国に貢献したいと言い訳をし、結婚までの猶予を二年もらった。


━━━━残り一年と4ヶ月。




□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□




浮き、沈む。


暗く、昏い。


地平も天空も、上も下も何もない。


このまま全ての感覚が闇に溶けて、何もかもが同化して最後は黒く消えていく。




そんな闇の中でアトラは目を覚ます。


「どこだ、ここは…」


何も見えない、聞こえない。


感覚もよく分からない。自分の存在すらも疑わしい。

━━━ああ、そうか。


「さっきまで何をしていただろうか?」

思い出せない。


「誰かと一緒に居ただろうか?」

私に寄り添う者はいない。


「家族は幸せに暮らせているだろうか?」

私の所為できっと不幸になる。


「私は生きているのだろうか?」

さっき気付いた筈だ。ここにいることがその答えだろう。



「私は…何も成せていない。それは、問わなくてもわかる」



自問自答に意味はない。死ぬ前に自分の半生をを振り返っただけにすぎない。


暗闇の中で膝を抱え丸くなる。



「お父さんとお母さん…私がいないときっと困るよね」

婚姻相手がいなければ実家は本家から見捨てられるだろう。



胸が苦しい、締め付けられる。

死ぬときですらそんなことに悩まされるのかと悲しくなった。


膝に顔を埋める。



「誰か…私のこと心配してくれる人、いたかな?」


声が震える。

この答えを聞いて理解すれば、何の未練も無くなり、あちら側への扉が開く。

そう思った。


お前を心配する者はこの世界にいない。


━━━答えを出しているのは自分自身だ。でもアトラにとってはそれが事実だった。


きっと死ねば悲しむ人はいる。だけど、心配してくれる人なんて私にはいない。


アトラ・ティーレルは強いのだから。


あぁ、これでもう私は━━━。



『心配するだろ』



不意にどこかで聞いたような声が、すぐ近くで聞こえた気がした。

さっきも言われた気がした言葉。



何もなかった暗闇に小さな光が灯る。

それはアトラの胸の辺りで暖かく小さく輝いていた。

弱く、すぐ消えてしまいそうな光だ。


それに気付き思い出す。


「そうか…そうだったね」


それを両手で優しく包む。




「ありがとう。私は大丈夫だよキューロ」



アトラは座るのをやめ、上も下もわからない暗闇に立つ。


そして今は片眼しかないそれを使う。


緑煌眼りっこうがん



全てを覆っていた闇が晴れ、今まで隠されていたモノが姿を現す。


そこに映し出された光景は、

裸の自分と褐色の女、そして必死の形相で傷を治そうとする弟子の姿があった。


「……そんなに必死になるな、バカ」


その光景に見とれる。


たった2ヶ月程しか一緒にいなかったし、出会った当初は憎くて仕方なかった。

体の中には得体の知れない何かも棲んでいる。

そして絶対に殺すと決めている。


でも今は…


「あーあ、私の裸見られちゃった。既婚者のクセにどう責任とるのよもう…」


今だけは素直に彼を見ることができた。


誰も見ていない。もう死ぬかもしれない。

そう思うと、偽りのない素直な言葉しか出てこなかった。

これで救われてしまったらなんて恥ずかしい話だろうと、そんなことを考え首を振り火照りを冷ます。


そして、吐露する。

「私を救ったら……死ぬかもしれないんだよ?私に殺されるかも…しれないんだよ…?それでも…いいの?」


それはアトラの足掻きだった。

自分のことは放っておけと、死なせてくれと。そんなことより自分の心配をしろと。


そんな最後の足掻きの言葉。


答えなんて返ってくるはずもなく━━


『師匠必ず治す、俺を殺すまで絶対死ぬなよ…』


確かにそう聞こえた。




「…バカ」




━━━━足元にポタリ、ポタリと雫が落ちた。


また闇がアトラを包み込む。

だがさっきとは違う。

優しい。

星が輝くようなそんな闇だった。



□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



アトラが目を覚ますと、そこはログハウスのような木に囲まれた部屋だった。


先程まで何か恥ずかしい夢をみていたような気がするが思い出せない。

暫く思い出そうと頑張ったが、夢とは総じてそのようなものだと、途中で思い出すのを止めた。


自身の体をペタペタ触り状態を確認する。

傷はどこにも無い、特に痛い所も無さそうだ。

ただちょっと熱っぽい。それぐらいだろう。

額に手を伸ばすと濡れタオルが乗せられていた。


それだけで誰かが看病してくれていたのだとわかる。


周囲を確認する。

蝋燭だろうか、部屋には小さい灯りが一つ灯っている。

そして自分が寝ているベッドに寄りかかりながら寝ているバカがそこにいた。


「…………」


顔が熱い、また熱が上がったようだ。


とりあえずバカの頭を一度ポンっと叩いて、布団にモソモソと潜り込む。


「ありがとう…」


誰にも聞こえない程の小さな声で呟いた。


アトラはまた深い眠りにつくのだった。




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