因縁への決着



━━━ググッ……パッ。


拳を握り、開く。


胸を刺される前と比べて、今のところ何か特別に力が強くなったとかそんな感じはない。少し体が軽い気がするぐらいだ。


(結局天力の根元ルフトのこんげんとは一体なんだったのだろうか?)

「うーん。今のところなんも変わった気が…」


目の前に相対する敵がいることも気にせず、自分の身に起こった変化を確認する。


放置され、苛立ったメアが叫ぶ。

「ち、調子に乗らないでよ!

風よ、虚空を裂き、開け!虚空震ボイドトレンブル!!」

何かの魔法を放ってきた。


緑煌眼りっこうがん

俺は当たり前のように緑煌眼りっこうがんを使い対処に移る。

さっきはこれで痛い目にあったが、何故だろう今度は大丈夫な気がした。


魔法が発動するまでの工程が見える。

(おおっ緑煌眼りっこうがんなんかパワーアップしてないか?これは…風系統の魔法か?)

空気が震え一点に収束し、空間に穴を開けながら迫ってくる。ように見える。

(当たれば体にも穴が開く)

俺の眼にはその原理が感覚的にわかった。


??

少し混乱する。メアの魔法の話ではない、緑煌眼りっこうがんの能力の変化についてだ。


”頭ではなく、まるで目そのもので理解する”ような感覚。

視覚情報が脳へと、体の筋肉へとダイレクトに届く。そんな奇妙な感覚だった。


(なんじゃこりゃ…思考回路が2つ?いや、なんか違うな、脳よりも先に思考している?)


放たれた魔法はもう俺の目の前だ。

避け━━。


シュン。

━━気が付くとメアの顔の前、鼻先から10cm離れた場所に立っていた。

「ひあっ!?」

「うぉっ!?」


魔法の向こう側にいた筈の俺が突然目の前に現れ、メアは飛び上がり驚きながらも、咄嗟に後ろに飛び俺と距離を取った。が、着地に失敗してコケている。

コケながらも這うように後退っている姿は少し滑稽だ。


メアの表情はと言えば、得体の知れないモノでも見たような顔で真っ青になっていた。


(すまん、まさか身体能力も上がってるとは思わんかった。ちょっと制御が効かん)


「な、なんで!?私の”魔眼殺し”は発動しているはずなのに!なんで普通に動けてるのよ!?」


立ち上がり、さっき持っていた平たい黒い棒から赤い光の刃を出現させ斬りかかってくる。

さながらビーム的なソードだ。


(魔眼殺し…確かにメアがブレて見えることがあるけど、さっきと比べて明らかに俺に通用していない。ちょっとだけブレて見えるだけだ。んー、それと、あれって俺が師匠に渡された黒い棒と似てないか?ってかどこ行ったあの棒)


周囲を見渡すと胸を貫かれた場所に落ちているのを発見した。


「余所見してんじゃないわよ!!」

怒声を上げ迫るメア。動きが先ほどよりも圧倒的に遅い気がする。

スキルの効果でも切れたのだろうか?


斬撃をヒラリと躱し、棒の落ちている所へ向かおうとして、俺は既にそこに到着していた。

メアを見るとまだ剣を振り切れていない。


「速すぎだろ…流石に扱いづらい」


緑煌眼りっこうがんはあくまでも『眼』だ、別に俺の意思に反した動きをしているわけじゃない、ただし考えようとしていた行動が先に実行される。

それに加えて俊敏性と反応速度が以前の比じゃない、いつ動いたのかの認識も遅延する。

そして当然扱いづらい。


自分でどう動いたのかは覚えているし、確かにそう動こうと考えはしたが、事象が先に終わってしまっている。そして動かした本人はそれを遅れて知る。

纏めると知能のある反射神経とそれを実行できる反射速度。

自分で出した結論の意味がわからない。あり得ない。

凄いを通りすぎて怖い。


「これが俺の天力ルフトの根元ってことなのか?」

(あの白髪の子供が渡したモノはそれなのだから、原因もそれとしか考えられない。

だとして、緑煌眼りっこうがんが変質したのは何でだ?天力ルフトの根元が緑煌眼りっこうがんに作用したのか?それともそれぞれ別々に作用しているのか?)

考えれば考えるほどに混乱が増す。唯一答えを知っていそうな奴は、力を投げたっきり寝てしまった。


疑問が多過ぎて、戦闘の中にも拘らず考えすぎで頭がおかしくなりそうだ。などと思っていると、どうやら先におかしくなった奴がいたらしい。


「あーーーーー!!!ホントになんなの!?……おかしい、おかしすぎるわよ!??。一体何をしたの!?まずなんで生きてるの?死ねよ!死んどけよゴミが!!!それともなに?ホントは強いのに弱いふりして楽しんでたの?キモいのよっ!!」


先ほど空振りし、呆気に取られていたメアがご乱心していた。


「いや、俺もよくわからん。どう思う?」

むしろこっちから聞いてみる。


「…は? は、ははは…あははははははっ!」

突然笑い出すあたおか。


(うわ、遂に狂ったか?あ、違うな、さらに狂ったか?)


「いいわっ!私、ここまでコケにされたことはないわよ?あなたのそのよくわからない能力、私が丁寧に皮を剥いで、綺麗に内臓を取り出し、頭蓋を割って、脳細胞の一つに至るまで全て研究してあげるわっ!だから、死ねっ!!!」


(今までとそんなに変わってないやん)


メアは腰のポーチから小さい小瓶を一つ取り出し、一気に飲み干した、そしてパタリと倒れた。




□■□■□■□■□■□■□■□■□■





「な、なになになに?怖いんですけど?」


わかってはいる。これはアレだ、よく悪役が使う最終的な禁断的なそういうやつに違いない。

そう思い身構えていたのだが…



暫く待っても動かない。

恐る恐る近づき確認する。


まずは目視で確認する。目を見開き、泡を噴いて呼吸運動も止まって見える。どう見ても死んでいる。

「はぁ…?マジか?ウソだろ?」

首と手首でそれぞれ脈を診ても、心拍を確認できなかった。


「…………………どう…なってるんだ?」

愕然とし、次に呆然とメアの死体を見下ろす。

緑煌眼りっこうがんを解除して眉間を揉む。

「毒だったのか?何がしたいんだ…メア」


しかし緑煌眼りっこうがんを解除したのは早計だったと言わざるを得ない。


『ボッ!』


「ぐっ!?」


突如脇腹へ痛みがはしる。

見ると背中から腹に掛けて小さい穴が空いていた。


(不味い!)

そう思い緑煌眼りっこうがんを再度発現させるも、僅かに遅かった。

右肩、右太もも、左耳と弾丸のようなモノで貫かれる。


「あっぐ!クソっ!」


その場から瞬時に距離をとり、攻撃が飛んできたであろう方向を確認する。



そこにあるのは一つの火の玉だった。



「なんだ…アレは?魔法か?」


赤く、静かに揺らめく火の玉。


新手の攻撃かと周囲を確認する。

火の玉に意識を向けつつ、視線を一瞬だけ横へとずらした。その瞬間。


『ボッ!ボッ!ボボッ!』

火の玉が明滅し光線のような何かを射出してきた。


敵ってことか!?」


地を蹴り一つ二つと攻撃を躱す。負傷して少し動きが鈍ったが、まだ身体は動く。

ギリギリで躱すと、通りすぎる飛翔体からの熱が伝わってくる、かなり高温だ。

さっき俺の体を貫いた攻撃も恐らくこれだろう、傷は貫通しているが血が出てこない。肉が焼け、既に止血状態になっている。

しかしこの貫通力だ、急所へ当たれば普通に死ぬ。


全て躱し切る前に俺も攻撃に転じようと火の玉へ距離を詰めた。

師匠に渡された黒い棒を握り、握り……。


「…あの光の刃どうやったら出るんだこれ!?」


使い方はわかっても、出し方がわからなかった。



火の玉の周りを素早く移動しながら観察する。

依然攻撃は止まない、そして依然俺の武器は発動しない。


(当たりはしないが手が出せん…)


一度近づき素手で殴ろうとしたが、緑煌眼りっこうがんがその動きをキャンセルした。(殴ると不味い)そんな情報が眼から脳へ伝わってくる。

便利、ホントに便利なのだが、全然慣れない。違和感だらけだ。


兎に角、今こいつを攻撃できる手段がない。

動き回ったせいで疲労も溜まってきている。


(クソっ!なんかないのか)


息を切らせ火の玉を睨む。すると


『イイザマネ、イーカロス』

「!?」


突然の声に驚き、メアの死体を見る。

さっきとなにも変わっていない。相変わらずの死体だ。

まさかと思いながらも視線を火の玉へと戻す。


すると火の玉はゆっくりと揺らめきながらその形を徐々に変えていった。


「…なるほど。遂に人間やめたのか?メア」


メアの形をした何かは笑っているのか、小刻みに震えながらその問いに応じる。


『ウフフ…ゴミのクセニ ナカナカイイ質問ネイーカロス。ソウヨ、ワタシハ人ノ器カラ解放サレタノ。アナタノヨウナ脳ミソノナイ ゴミニハ コノ素晴ラシサハ理解デキナイデショウ?説明シテアゲルワ』



いつぞやの講義を思い出す。

「なんか始まったでおい」


『コノ素晴ラシイ姿ハ アストラル体ト魔法ガ融合シタ、人ノ新シイ姿。俗ニ”精霊”トモ呼バレテイルワ。

新シイト言ッテモソノ起源ハ五千年前ノ天世界大変革ヨリモ古ク、万物神アルケーノ前ノ神、創造神ノ時代カラ存在ガ確認サレテイルワ。

私ハ翼人ノ存在ヲズット疑問視シテキタ、五千年前ニ突如トシテコノ世界に現レタ数百万人モノ翼人達、ソノ謎ヲ調ベル過程デ、魂ノ融合ニツイテワカッタコトガアルノ、ソレハコノ世界ノ大半ノ生キ物ガ複数ノ魂ノ結合ニヨッテ構成サレテイルト言ウコトヨ。

ソコニフォーカスヲ当テ、サラニ魂ノ分離ト融合ノ実験ト研究ヲ繰リ返シタ末、私ハ遂ニ人ノ領域ヲ越エル力ヲ手ニスルコトニ成功シタノヨ!』


「……………」


「アラアラ、分カリヤスク説明シテアゲテモヤッパリ理解デキテイナイヨウネ?マァ、イイワ。所詮ゴミニ コノ価値ハワカラナ━━━━━」

「わかった」


「ハァア?アンタミタイナゴミ虫ガコノ凄サヲ理解デキタノ 下等生物ノ分際デ?」


「ああ、やっとわかったんだよ、この剣の使い方が」


俺は黒い棒を残った右手に握り、

━━━シュン。


一瞬でメアの前へと移動した。


「さっきの話は、悪い、全然聞いてなかった。スウェイによろしくな」


振り上げた黒い棒の先端から白金の光が迸る。躊躇なくそれを振り下ろした。


「ナッ!?ソ━━」


スッ。


抵抗なく振り下ろされた光の白刃は、メアの形をした何かの頭の先から股下まで真っ二つに切り裂いた。


手応えは、わからない。アストラル体と魔法が融合したモノの急所など知らない。しかし…


暫くそのままの形を保っていたは、やがて赤い火の粉が舞うように儚く崩れながら、風に運ばれ空の彼方へと飛んで消えていった。

少しだけ、綺麗だと、そう思った。


「魂が死んだら、一体どこにいくんだろうな…」

その光景を眺めながらポツリ、呟く。



因縁の対決は勝者キューロで決着の幕を下ろしたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る