『黒龍の墓場』攻防戦 咲羽メア
咲羽メアは愉悦に浸っていた。
何故ならそれは憎き相手を殺したからに他ならない。
「ふっふ~ふ~ふ~ふん♪」
普段はしない鼻歌を歌い、足取り軽く心臓を貫いた相手へと近寄る。
元々ここに来た理由は、仮面の翼人アトラ・ティーレルの捕獲を目的に訪れたが、今のところ捕獲するまでには至っていない。
バンジャルから『
その、はずだったのだが、『メアの最も殺したいゴミ虫ランキング』堂々の1位である異世界の翼人を見つけてしまった。
必ず殺すと誓った相手。アトラを捕獲することと同じくらい、いや…さもすればメアにとって何よりも優先すべき相手だ。今度は絶対に逃すつもりはない。
初手から殺すつもりで攻撃したが、あの
だからどの程度強くなったのかと少し遊んでやったのだが…この男はまさかの天眼を保持していた。
アトラに拘らなくても、こいつ相手なら楽に天眼を手に入れることができる。
正に鴨ネギ。
もはや運命の女神がメアに微笑んでいる気さえした。
そして、遂に殺した。
「ふ…ふふふ、やっと、やっと殺せたわ!」
達成感で満たされる。
天眼よりも何よりも、このゴミ虫を殺せたことがメアに大きな充足感を与えた。
これまでの事を振り返るとなかなか大変な日々だった。
捕まえたユーナの情報を元に黒龍の墓場へ調査員を派遣するのに4ヶ月かかった。
ここまで遅れた理由は2つある。
一つ目は仮面の翼人の仲間、”ユーナ”が相当頑固だったことだ。彼女が頑なに口を割らなかった為、仮面の翼人が何者なのか判明するまで時間を要した。
ユーナが仮面の翼人の仲間であることはスウェイの魔眼で確認済みだ、しかし正体についてはあの異世界から来た軟弱な男とは違い、目を抉っても一切口を割らなかった。
ここまでくれば、もしかしたら元々知らなかった可能性もある。
しかし仮面の翼人が向かった場所だけはすぐに判明した。
ユーナが所持していた通信端末に『私は仮面の翼人だ、
何故ユーナが通信履歴を消さなかったのかも理解に苦しむ。
教会国の翼人はバカしかいないのかもしれない。
また王国内の監視カメラ網からユーナと接触した人物を洗い直し、アルケレトス教会国に潜伏していた工作員の情報と照らし合わせた結果、遂にその正体が判明した。それは…
研究所襲撃以降、何故か姿を現さなくなった外交官アトラ・ティーレル。
もう疑いようがない。仮面の翼人は
彼女の実力は白聖騎士の称号を持つほどの大物だ。最強クラスの属性
現在戦っているバンジャルは魔眼殺しのような特殊スキルは持っていない。傍目から見ればアトラが勝つのは目に見えている。が、メアは特に心配していない。
(あの男はあれで中々頭がキレる。情報は渡してあるから何か作を立てて上手くやるに違いないわ)
軽薄で絡みもウザく、女癖も悪い。メア自身もやたらと絡まれ、いつも殴り飛ばしてきた。全くもって暗部には向いていない性格だ。しかしその言動とは裏腹に慎重で頭の回転が速く、能力もある男でもある。
メアもその実力には信頼を置いていた。
”ハグレ”とは言え暗部の部隊長は並の奴には務まらないのだ。
(先生に相談して連れてきたのは正解だったわね)
因みに捜索が遅れた二つ目の理由は、融合実験に使う機材の受注予算が足りなかった所為だ。
この問題は来年度予算を前借りすることでどうにか乗り切れるが、その為には今年度の活動収支報告をある程度纏める必要があった。
結果、人手を取られ、捜索に出すはずだった二人も書類仕事に充てる他なかった。
4ヶ月掛けてなんとか報告書を纏め、機材作成の予算は下りた。が、機材の作成完了までに約10ヶ月掛かると言われ歯噛みしたのは記憶に新しい。
そして漸くスウェイとグリナスタをアトラ捜索に送り出すことができた。のだが。
『黒龍の墓場』捜索開始から3日目。
1日一度の定時連絡が来ない。こちらからの呼びかけにも応答がない。
これは緊急事態だがメアも現場に出れるチャンスだ。
至急暗部へと駆け込み、前もって準備させていたメンバー二人を連れ、小型戦闘船で『黒龍の墓場』へと向かった。
1日掛け黒龍の墓場に到着し、スウェイに持たせていた通信端末の位置情報を辿る。
結果から言って、スウェイは死んでいた。
死後約2日、左の鎖骨には深い刺傷、頭部が潰されていた。
グリナスタの消息は不明。
一晩戦闘船で周囲をくまなく捜索した。
そして、見つけた。
船のセンサーには翼人二人と魔人が一人、合計三人の反応が映し出されている。
山の斜面にアジトのようなものがあり、その中から反応が出ていた。
翼人の一人はアトラと予測できた、ルフト値の反応が大きい。もう1人の翼人は一般的な翼人よりも少し強い程度だろう。
最後に魔人を確認する。この波形には覚えがあった。グリナスタだ。
しかしメアはその事をスルーし、連れて来た二人へと指示を出す。
「一度遠隔で砲撃するわ、アトラ・ティーレルは死なないと思うから、生き残りがいたらアトラ以外は殺していいわ。それじゃ配置について」
各々船から離れ配置へと向かう。
だがその前に一匹の翼竜が船へと突っ込んでいった。
「ここは面倒ね…」
配置に付いたメアはポツリと呟く。
『ドォォォーーーン!』
奇襲前に存在を知らせてしまうのは愚策だが、船を落とされれば何の意味もない。威力を落とした魔力粒子砲で向かってきた翼竜を迎撃する。
翼竜は船に触れることなく、塵となり空へ消えた。
砲台の照準が再度変わる。
目標は山の斜面にある建造物。
先ほどの翼竜迎撃で余剰魔力は減ったが許容範囲だ。
再び光が収束していく。
そして、放たれた。
『ドッッゴォォォン!!!』
□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
血を吐き、動かなくなった男の顔に手を伸ばす。
メアが天眼を見たのはアトラが初めてだった。とは言っても仮面越しだ、ちゃんと見えたわけではない。
高鳴る鼓動を押さえつつその目蓋に触れる━━━━。
『ガシッ』
伸ばした右手は何者かに捕まれ、新境地への扉を拒んだ。
「え、な」
なに?と言い終わる前に、腹部目掛け蹴りが放たれた。
右手はまだ捕まれたままだ、咄嗟に左手を割り込ませ急所をガードする。
『ドッ!ゴッ!』
「がっはぁぁ!!?」
ガードしても防ぎきれない強烈な一撃。
肺の中の空気どころか、口から内蔵が飛び出そうな衝撃に意識が吹き飛びそうになる。
下から蹴り突き上げられ、体が上空へ行こうとするが捕まれた右手はそのままだ。
右肩を起点に、あらぬ方向へ体が回り『メキッ!ボキッ!』と変な音が聞こえた。
「ひぎゃぁぁぁぁぁあーーー!!!」
おおよそ乙女が出してはいけないような声で絶叫を上げる。
(不味い!このままでは不味い!)
咄嗟に左手を腰のベルトに伸ばし、30cm程の黒く平たい棒を手に取った。
それは魔力を込めると光の刃が作られる魔導兵器、名前はそのまま『光刃剣』と呼ぶ。
その切っ先を攻撃してきた相手へと向け伸ばした。が、感づかれたのか掴んでいた右手を離され、メアの身体は敵から離れていった。
「クソがっ!」
悪態を吐きつつ、空中で体勢を立て直し着地する。
直ぐに常備しているハイポーションを飲み、先ほど殺した筈の男を睨んだ。そして叫ぶ。
「あ、あり得ない!死んだはずよ!?胸を、し、心臓を貫いたのよ!?」
何故生きていられるの!?とメアは発狂とも呼べる乱れっぷりで叫んだ。
右肩がシュウシュウーと音を立てながら回復していく。
相手━━━━イーカロスはこちらの回復に慌てる訳でもなく、ゆっくりと立ち上がり、答えた。
「単にお前の詰めが甘かっただけだ。俺はまだ死んでない」
「は?」
そんな筈はない。仕留めた感触は確かだった。詰めが甘いなんて有りようはずがなかった。なのに、何故
翼人は自分で自分の身体を復元することはできない。例えポーションを使っても致命傷を瞬時に治せるようなものでもない。
それに…それにさっきと今では、感じる圧力が天と地ほど違う。
(こいつは…一体、何なの…?何者なの?)
メアはこの日、久しく忘れていた恐怖を感じた。
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