『黒龍の墓場』攻防戦 キューロ後編







押され、引かれ。


どこか懐かしい、そんな感覚。



揺り、揺られる。



「━━う、眩しいな…」


うっすらと目を開け、その眩しさに俺は顔をしかめた。


目を細め周囲を確認する。


「どこだ、ここ?」



━━━そこに広がるのは光の海だった。


眩し過ぎて空と海の境界線もわからない。

遠くの方には太陽みたいに明るい半球体らしきものがある。


どうやら俺はその光の海に浮いているらしい。身体を起こし立ち上がると膝下ぐらいの深さだった。



「…何がどうなって?」


よく分からない光景に暫らく動けず眺めていたが、直前の出来事を思い出し漸く我に返った。



「俺の胸、貫かれたよな…」


視線を自分の胸元に向け、片方しかない腕で触り確認する。


手で触ると胸の中心、刃が貫いたであろう切り口を確認できた。

痛くはない、がその痕跡は先程までの出来事が夢でなかったことを物語っている。


「……絶対、死んでるやんコレ」


目の前に広がる光景と自身の体に残る致命傷の痕。

ならばここはもはや死後の世界。



「なんと言うか…呆気ない」


素直に感じた感想はその一言に尽きた。


急激に体の力が抜け、項垂れる。

「はぁ終わったんだな」

ぼそりと呟き、異世界に来てこれまでの出来事を回想する。


(俺があそこで過ごしてきた時間は一体なんだったのだろうか?見聞きして想像していたファンタジー溢れる異世界生活では全くなかった。

所詮俺みたいな凡人には難しい世界だったのか。いや、俺が臆病だった所為か?何も楽しいことなどなかった気がする)


「何か、大切なモノを失くしただけだったような…」

そんな気がした。


「よく、わかってるね。哀れで愚かな君」


背後から唐突に話しかけられ、肩が跳ねる。

恐る恐る振り向くと、そこにはどこかで見たことのある緑色の瞳をした白髪の男の子?か女の子、判別の付かない中性的な顔立ちの子供が立っていた。

背中には例の如く翼が生えている。


少し驚いたが、ここが死後の世界なのだとしたらこの子は天使なのだろう。

見た目は翼人だが天使と翼人の区別なんて俺にはわからん。

そう思い訪ねてみる。

「えーっと君は?もしかしてお迎え、かな?」


白髪の子供は首を傾げ

「迎え?はぁ…何を言ってるんだい」

と答えを返してきた。


なんか呆れられた。


「愛する者どころか約束すらも忘れてしまったのか…参ったなぁ…」


白髪の子供は顔を手で覆いながら何かブツブツと言っている。


迎えでないのならこの子は一体何者だ?

そんな事を考えていると。


「まぁいいや、今は時間がないし。えーっと今の名前はキューロでいいんだよね。んじゃあキューロ、傷の復元するからちょっと触るね」

「ふぁ?傷?復元?」

いやいやいや、心臓さっくりだよ?普通死んでるから、え、死んでないのこれ?

ってか死んでないならそれじゃあここはどこよ?


俺が、は?なにいってんの?みたいな顔をしていると白髪の子供は

「あれ?見えてないの?緑煌眼りっこうがん使ってごらん」

と言ってきた。


??

死後も能力が使えるのだろうか?とりあえず使ってみる。

緑煌眼りっこうがん…」


緑煌眼りっこうがんを使うと、光の海の輝きが徐々に薄くなっていく。

「お、おぉ?」


まだ少し眩しさが残る視界に、光に隠れていた景色が現れてきた。

そこは先程までメアと戦っていた異世界の光景。


更に奇妙なことに俺の足元には転がっていた。


次々と出てくる不思議な現象に驚きつつ、白髪の子供を見る。


(こいつは…一体なんだ?天使じゃないなら翼人なのか?この現象はこいつの仕業なのか?)

疑問に思う。

(それに俺が緑煌眼りっこうがん使えることをなんで知ってんだ?いや待て、こいつの目も…もしかして…)


ここまでの状況を整理する。

結果、俺に考えられる答えは一つしかなかった。



「なぁ…もう1人の俺の人格ってもしかしてお前か?」




□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□




足元で血を吐きながら転がる自分を一瞥し、俺は視線を白髪の子供に戻す。


俺に正体を尋ねられた白髪の子供は、呆れた顔をしながら地面に転がる俺の体に近付き「復元リバース」と唱えた後、漸く返答した。


「そうだとして、今はそれを議論している時間はないよ」

素っ気ない返事だ。

俺だって別に議論したい訳じゃない。


「今起きている現象はなんなのか、お前が誰なのか知りたいだけだ。こっちは別の人格のお陰で、邪神疑惑とか迷惑な思いしてるんだ」


「はぁ……まぁその辺は説明しとかなきゃダメだね。時間がないからそれぐらいしか答えられないけど」

面倒臭そうにそう言いながら、白髪の子供は俺と目を合わせ、語り始めた。


「まずこの現象だけど、これは僕たちの意識と動く速さを光の速度まで引き伸ばした状態だよ。時間が止まった訳じゃないけど、通常の時間の概念からは逸脱した状態なんだ。勿論死後の世界ではないし、已然にして君は瀕死の状態だ。仮にこの現象を解除すれば君は直ぐに死ぬ。そしてもう間もなく僕の力だけではこの状態は維持できなくなる。

因みに僕と君が話せているのは…えーっと、アストラル体?って言えば通じるかな?そんな感じで意識だけ体の外に出ているからだよ。

それとお察しの通り、僕は現在君の中にいる存在さ。たまに体は借りてるけど、別に悪いことをしてる訳じゃないんだから大目に見て欲しいな。

僕が誰なのかは……まぁそのうちわかるよ」


「……………………………………な」

その意味を時間をかけ咀嚼し、理解し、言葉を失った。

そして時間がない理由にも納得した。


(この白髪の子が今起きているこの現象をたった一人で引き起こしている?たった一人の翼人にそんなことができるのか?)


この世界に来てまだ日が浅いとはいえ、アトラやメアは間違いなくトップクラスの強さと言うのは何となくわかる、だがこの力はそれを軽く凌駕している。

光の速さで思考し動ける翼人がいるなど次元が違いすぎる。そう思った。

そして、そんな正体不明の化け物が自分の中に入っていると知り背筋が凍った。


(取り憑かれる可能性は…ないのか?

いや、そうしない理由、出来ない理由、”今は時間がない”それは即ち”今は力が足りない”そういう意味なのかもしれない。そう信じたい)


ほぼ時間の停止に近い現象をたった一人の力で維持しているのだから、それは膨大なエネルギーを使っているに違いない、理屈は通っている筈だ。


(仮に力に余裕があるのなら、俺が異世界に転移した時点で人格を乗っ取られ、師匠が言っていた神話よろしく今ごろ世界崩壊の続きとかやっていたかもしれない)


俺の妄想は膨らみ続ける。


(そんな化け物が弱い俺を手助けするためだけに、俺の中だけに存在し続けるのか?

否、そうは…思えない、確証は…ないが。

そんな都合のいいお助けキャラはこの世界にいない気がする)


パニックだった。考えれば考えるほどに悪い想像が膨らんでいく。いくら自分で考えても確かな答えなどでない。


だから聞いてみた。


「お前、俺を…どうするつもりなんだ?」


不安を悟られないように、質問した。


「それもいずれわかるさ。ま、君次第ではあるけどね。とりあえず今は胸の傷だけは復元してあげるよ、腕は自分でどうにかしてね」


返ってきた答えは安心とは程遠い。

俺の判断次第で意識を乗っ取られる可能性があるのだと。そういうことだ。


「………」


だが、それを聞いて俺が感じたものは恐れや不安とは別のものだった。


「………んだよ。そんなこと言われても俺にわかるわけないだろ」


沸々と怒りが込み上げてくる。


この世界にきて何度も味わった理不尽、自分の力では何もできない不条理。

こいつはずっと俺の中から見てきた筈だ、俺が何もできないことも知っていた筈だ。

そして最初から俺の中にいるのなら、この世界にきた原因は…。


「好き勝手なこと、言いやがって…」

「うん?」


こいつが全ての元凶なんだと思った。

故に怒りが込み上げてくる。


「俺が何したって言うんだ!?お前の思いどおりにはならねぇぞ! 絶対にだっ! 光の神だろうが、邪神だろうが! 誰がなんと言おうとこの体は俺のものだ、絶対に渡さない!!」


これ以上の理不尽に巻き込まれたくはない。怒りに任せ啖呵を切る。


「それから、この世界に俺を連れてきたのもお前だろ!?必ず元の世界への帰り方見つけてこんな世界出ていってやる! 世界の崩壊かなんかしらんが、やりたきゃ一人でやってろっ!人を巻き込んでんじゃねぇ!」


ありたけの感情をぶつけた。


胸ぐらの一つでも掴んでやりたかったが、相手の容姿は子供だ、それはなんとか抑えた。


しかし

「ふーん、そ。やっぱり君は忘れてしまったんだ…本当に哀れな男だね」

白髪の子供には大して響かなかったらしい。

返事はとても冷めたものだった。


「っくそ…余裕こきやがって何なんだよ!」

その反応にイラつき悪態を吐く。


白髪の子供は立ち上がると俺へと向き直る。どうやら俺の本体の傷は復元し終えたようだ。


「でも、君の言いたいことは、わかったよ」

そう言いながら白髪の子供は俺の胸に人差し指を向けた。


一体何がわかったんだろうか?

まだ怒りは収まっていない。もっと文句を言いたかったが、どうやらもう時間がないようだ。周囲の光が少しづつ弱まってきていた。


「…ふん」

何か話があるようだ、怒りで大事な情報を聞き逃すのは流石に愚策だ。仏頂面で聞く姿勢をとる。


「君は望んだ。これから先、心と体が擦りきれるほどの絶望と後悔があろうとも、必ず堪えると誓えるかい?」


一体何の話だろうか。『それ』とか、『再度誓う』とか何を言ってるのかよくわからない。

「俺の体は誰にもやらんし、必ず帰る。俺が誓うのはそれだけだ」


「………そうかい。どうか君への苦痛が少しでも無くなるよう心から祈るよ」

どこか悲しそうな顔をしながら白髪の子供は俺にそう伝えた。


不吉なことを言わないでほしい。


そして続ける。

「僕は暫く眠りにつく、少し力を使いすぎたみたいだ。今回みたいなことがあっても次は助けることが出来ないよ。どうか…死なずに頑張ってほしい」


人差し指から光が溢れ、俺の体を包み込んでいく。

「なっ?」

「大丈夫、君から預かっていた天力ルフト根元こんげんを半分還すよ。変質してしまっているけどちゃんと使える筈だ。残りは━━━」


それだけ言い残し、白髪の子は光の粒子になって消えた。

「おい、残りは何なんだよ…」


気が付くと俺の意識体も光の粒子になって消えつつある。


結局、あの子供が何者だったのかは最後までわからなかった。

暫く眠る…そう言っていた。またきっと会うのだろう。俺に何を望んでいるのだろうか?わからないし、わかりたくもない。

でも助けてくれたんだよな…一応は感謝でもしておこう。


「傷、治してくれてありがとな、もう出てくんな」




んで、天力ルフト根元こんげん?…なんだそれ?



そこで俺の意識は途切れた。




光の中を抜ける。

━━━熱が、感覚が、力が。

意識が、心が、魂が。



全てが、 戻る。



━━━━再起動、開始リブート・オン


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