『黒龍の墓場』攻防戦 キューロ前編




キューロが激しい爆音の鳴った方を見ると、船の砲台が落下していくのが見えた。


「え、ええぇ…?」


(なんか勝手に爆発したでおい…)


しかし船はまだ落ちてないようだ。


先ほど、砲台爆発前。

あの砲身はこちらに向いていた。

で、あればまたこちらを狙ってくる可能性がある。


「師匠か、グリナスタが攻撃したのか?なんにせよ助かった。俺にアレの相手は無理だ、なんもできん」

格好の付かない台詞だが事実だった。

空の敵に対してこちらは何の対抗手段もない、飛ぶどころか攻撃する手段もないのだ。

戦闘は避け、距離を取りつつ仲間二人との合流を目指す。


「と、言うかこいつら一体何者だ?初撃からして間違いなく殺しに来てるよな…」


岩から岩へ隠れながら1人呟く。


「そもそもこの場所のこと何で知ってるんだ?誰を狙ってここまで来た?……って、あ」


そこまで考えて一つ気づいた。

「グリナスタとスウェイ…なんでこの場所知ってたんだ?」


さっきの話し合いでグリナスタに聞くべき事だったが、情報が多過ですっかり忘れていた。


二人と再開した時の事を思い出す。

「あの時…スウェイはなんて言っていた?確か、こんなところで会えるなんてビックリだったか…」

いや、それもあるがもっと具体的なヒントを言った筈だ。そう、

「仮面の翼人さんと楽しく特訓…」

確かにそう言った筈だ。


思い出してなんかイライラしてきた。楽しいどころか地獄でしかない。

いや、今それはどうでもいい。


「もし…捕まったユーナさんが仮面の翼人の居場所を知っていて、尋問で証言していたなら…」


(師匠は知っているのだろうか?まぁ俺が寝ている二日間でグリナスタから事情は聞いている筈だけど…でもユーナさんの話はさっき知った感じだったしなぁ、あの人ズボラだし実は何も聞いてない可能性も…)


そこまで考えた時だった。



『ボッ!!!』


こちらに飛んで来る赤いモノが目に入った。

捻れながら一直線に向かって来るそれには見覚えがある。


「っつ!これはっ!」


咄嗟に右手を突き出し唱える。

復元リバース!!」


『ヂヂヂヂィ!!ジュッ…』



「…ふぅ…焦った」


今回は火傷することもなく完全に復元することに成功した。右の掌には魔法から復元された魔力の塊だけが残っている。


「あら、前よりも随分復元速度が上がったのね?ゴミの分際で…」


魔法が放たれたであろう方から聞き覚えのある声がした。

相手を確認するまでもない。この世界へ来て自分に絶望を与え続けてきた相手。


「メア…」


「ゴミに名前を呼ばれてもちっとも嬉しくないのだけども?」

名前を呼ばれたメアは、少し離れた岩の上から不機嫌顔でこちらを見下しながら答えた。


両手には大型のナイフ、こちらに向けている片方の先端からは僅かに煙が出ている。

(魔道具なのか?それともあのナイフが杖の代わり?いやそれよりも今は、メアがここにいる理由だ)

前回と違う装備に警戒しながらも考える。


さっき立てた考えから大体の予想はついていた。仮面の翼人、アトラを追っているのは第五生態研究所と、それに付随している暗部だ。

アトラを狙う理由は不明だが発端であろうメアがこの場にいても何ら不思議ではない。が、


「よりによって…俺の相手はお前かよ…」

相性もあるだろうがメアはアトラを瀕死にまで追い込んだ相手。

渡された武器の使い方もよくわかっていないのに、今の自分ではちょっと敵う気がしなかった。


「私じゃ不満かしら?ゴミ…。いえ、イーカロスって素敵な名前をつけてあげたんだったわ。ありがたく思いなさい。まぁ今から死ぬんだけど」

フフッと口に手を当て笑うメア。


(あれか、国際指名手配の時付けたコードネーム…。この世界でもそういう神話があるのだろうか?まぁ太陽に焼かれて堕ちた覚えないし、そもそも飛べないけどな、と言うか)


「聞いたぞ、俺を凶悪犯罪者に仕立て上げたんだってな?相変わらず性格悪すぎだろ。あと、ネーミングセンスがない。ダサイ。頭おかしい。チョコ食いすぎ」

名付けられた者として一言、いや四言言ってやった。


メアはピタリと笑うのを止め、ナイフを再度こちらへと向け一言返す。

「じゃあゴミのまま死ね」


(しまった!まだ全く情報を聞き出せていないのに無作為に挑発してしまった)

いつものノリでつい口走ってしまった。今更撤回してももう遅いだろう、メアは待ってくれそうにない。


両手のナイフに炎を纏わせ上空へ掲げる。

「ファイアレイン」

ナイフの炎が打ち上がり、火の雨が頭上から降り注いだ。


「うあっちっ!ナイフ持ってるのに魔法ばっかかよ!」

この魔法は点ではなく面の攻撃だ、復元リバースと相性が悪い、威力はさっきの魔法に比べれば強くはないが当たれば軽くない火傷はするだろうし、服に燃え移れば丸焼けになる。

あたふたと動き回避に専念する。間違いなく隙だらけだろう。


しかしメアはこちらを見て楽しそうに嗤うだけだった。

「ウフフフ、いい様ね。簡単には殺してあげないから、あなたがやった数々の所業、絶対許さない。沢山沢山苦しんで死んでちょうだい」

憎悪と嘲笑の顔で見下してくる。


(おいおい!俺の方が色々とムカついているんだが!?)

火の雨を避けながら心の中で文句を言う。


実際ムカついていた。

研究所での扱いもそうだが、一番はあの片翼の女の子の事だ。融合実験、そんなふざけたことさせるわけにはいかない。


軽率な発言で怒らせてしまったが、余裕故かメアはまだ遊んでる様だ、情報を集めるためにも感情を抑え質問をする。

「あちっ!くそっ!なぁメア!なんでここがわかったんだよ!?」


火が弱まり次の攻撃が来る前に聞いてみた。


「別にあんたみたいなゴミを探してた訳じゃないわよ?まぁここにいたのには驚きはしたけど」


答えてくれるか疑問だったが、前回同様こちらを完全に舐めきっているのか普通に返事が返ってきた。


ここにはリバースで変化できる物もないし、逃げ場もない。メア自身も強者である自覚があるのだろう。


(メアの余裕は当然と言えば当然か…でも)

学習能力がないな。

そこまで考え自重した。相手をバカにしたところで勝てる策があるわけでもない。前回はまぐれでたまたま逃げれたが、力の差があるのは事実だ、弱いなりに考えて戦う必要がある。


気持ちを切り替えて質問を続ける。

「俺を追って来たんじゃないなら誰を追って来たんだ?」


「私ゴミとお喋りするほど落ちぶれてないの、臭いからその口を先に焼いてあげるわ」


(くそっ!そううまくいかんわな!なら…)

「…俺が当ててやろうか?仮面の翼人、だろ?」

こちらから情報を提示し、様子を窺う。


メアは思案顔だ。俺の意図を探っているのだろう。

「ふーんあなたも関係者ってわけ?もしかして最初から潜入調査とかの目的で第五生態研究所うちに来たのかしら?」


なんか知らんがめちゃくちゃ勘違いしてくれた。


「でも残念。あのユーナって子、仮面の翼人の正体については口を割らなかったけど、最近調べ直した監視網のカメラに同行していた人物の記録が残ってたわ、血花けっかの姫、アトラ・ティーレルでしょ?」

「ぶっ」

思わず吹いた。

(なぬ!?師匠ツメ甘過ぎだろ!ってか何その二つ名!?こんな時に笑わせないで欲しい…)


俺が笑いを堪えてるのを見たメアは更に勘違いをする。


「なに?違うって言うの?…教会国にいるスパイにまで確認を取ったっていうのに…違っていた?」


メアが何かを言っているが、アトラの二つ名が頭から離れず言葉が耳に入ってこない。

ひとしきり笑いに耐えた後メアの問いに答えた。


「はぁ…はぁ…え?あ、あぁどうだろうな?ここにその血花けっかの姫ってのがいるのならそっちに聞いた方がいいんじゃないか?」

ボロがでない程度にはぐらかしつつ誘導する。

できれば戦いたくない。が、

そう上手くはいかなかった。


「まぁ別にどっちでもいいわ、天眼さえ手に入ればいいんだし。それに━━━」

今まで緩く構えていたメアがナイフを持ち直した次の瞬間、俺の視界から消えた。


身構え、緑煌眼を発動させる。

(右下か!?)

以前は見えなかったメアの動きが僅かにわかる。

アトラから渡された短い棒で右下から迫るメアのナイフを弾いた。つもりだった。


ブシュッ!


「ぐっあっっ!?」


強烈な痛みに顔をしかめる。一体何だと痛む方を見た。

俺の左腕は肩から先が失くなっていた。


「つぐぅ、なんで!?」


(焦るな、今は戦闘中だ!)

自分に言い聞かせるが動揺が収まらない。メアは依然目に追えない速さで移動している。


(今度は左!)

向き直り棒でナイフを防ぐ。が、


「あがっっ!」


今度は背中を切られた。


わかってはいた。これがアトラの言っていたメアの”スキル”なのだろう。

魔眼、天眼…何であれ、特別な『眼』であれば、その能力の一切が通用しない。いや、それどころかこれは視覚情報を誤認させてくる。凶悪極まりない。とは言え緑煌眼りっこうがんなしで追える速度でもない。


「へぇ…まさかとは思ったけど、あなたのそれ天眼?よね?」


蛇のように絡み付く、ねっとりとした声が耳元で聞こえた。


「しまっ━━━」


ドンッ。




衝撃が軽く身体を押した。


息が…できない。

視線を落とす。

胸から突き出た刃が見えた。


「がっ…がふっ、げふげふっ」

吐血しながら咳き込む。


倒れ込み薄れ行く視線の先、胸を貫いた相手を見る。

そこには満面の笑みを浮かべる悪魔が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る