『黒龍の墓場』攻防戦 グリナスタ後編

 



「おいおぃ…ねーちゃんよぉあんたぁどっから沸いてぇ出たんだぁ??」

 べザルは困惑を隠しきれず、目の前にいる女性へと話しかける。


「ねーちゃん?ですか?ふむ…」

 女は受け止めた大斧を地面へと置き、ペタペタと自身の身体を触り始めた。

 そして…

「ふむ、ふむふむ。ふ……む?」

 一通り触り動きが止まった。


「…そうですか。私は…そう…なってしまったんですね………」

 項垂れ、ボソボソと何かを呟く女。


 結局答えてはくれなかったが、べザルには察しがついていた。いや、誰でもわかるだろう。さっきまでそこに居たのは一人しかいなかったのだから。


 そう、グリナスタだ。

 そこには彼しかいなかった筈なのだ。

 着ていた服も同じだ。ただ、今は縮んだ身長の所為で何もかもブカブカだが、彼のもので間違いない。


「俺ぁ夢でぇ~もみてんのかぁ??」


 何故こうなったのかと考えれば、それはさっきグリナスタが出した黒い靄に関係があるのだろう。そうとしか考えられない。


 そしてその靄の後に性別が女に変わった。

 しかし…単に性別が変わったわけでもないだろう。べザルは思考する。


(これぁもしかしてぇなぁ…)

 過去に殺してきた強者たちを思い出す。

 褐色の肌、亜麻色の髪、重量のある刃物を素手で受け止める強靭な肉体、そして女である点。


 疑問を口に出して聞いた。


「んなぁ、あんたぁもしかしてだけどぉよぉ、グリちゃんかぁ?」


 訪ねられた女は応える。

「……信じがたいですが…そのよう…ですね」


 女━━━グリナスタはその整った顔を暗く歪ませ、項垂れながら答えた。


「…ひゃ、アヒャヒャヒャ~!やっぱぁそうかぁ~こりぁ~びっくりだぁなぁ」

 予想していたとは言え、本当にそうなのだとわかりべザルはゲラゲラと笑いながら感想を溢す。

 そしてその正体について、再度問いを投げる。


「んでぇ~グリちゃんよぉ、あんた”黒魔人”だったんだぁな?」


「…………ええ。」




 この世界には魔人と呼ばれる存在がいる、しかしそれはさして珍しいことではない。彼らは他の種族と共に繁栄し、今日まで人と同じように生活を営んできた。


 だが頭に”黒”と付くと世間からの反応は真逆のものとなる。


 ━━━黒魔人。彼らは世界を闇で覆わんとした邪神の手先として語り継がれ、その肉体は強靭で、その性格は残虐非道と言われている。


 特に女性の黒魔人は男性の黒魔人よりも遥かに強く、戦場へ出ていたのは殆どが女性だったとの逸話があるほどだ。

 そう言った経緯もあり、黒魔人は人々から忌み嫌われ迫害されてきた。存在が確認されれば、各国は高い戦力を送り込み、弁明の余地も無く即座に処刑された。

 それほど罪深い種族として世界中で認知されている。

 そしてそれは文明が開かれた現在でも行われていることだ。


 ただ、黒魔人は子供ができにくいということと、更に黒魔人の特徴を持つ子供は10人に1人程度しか生まれてこないこともあり、近年ではその存在を確認できたという報告はほとんどない。

 グリナスタの母と姉もまた黒魔人としての特徴は出なかった為、普通の魔人として生活を送ることができていた。


 しかし、グリナスタは違う。


 男性ではあったが、褐色で亜麻色の髪を持って生まれた。その為、両親からは常に髪の毛を剃るように言われていたのだ。

 グリナスタはあまり種族を気にしたことは無かったが、両親から言われたことを今日の今まで守ってきた。


 自分が女になるなど、世界から忌み嫌われる存在になるなど、一体誰が想像できようか。




「…私は黒魔人のになったのですね………」


 ショックだった。

 よもやユニークスキル『魂の変革ソウル・リモールディング』を使用した結果女になってしまうなど、予想の埒がい過ぎてどうすればいいのかすらわからない。


「私の人生…幸せになれる道など…ないと言うこと…でしょうか?これが…罪の代償…なのですか?」

 自分の魂を贄に人格も、想いも、全部消えて、別の何かに生まれ変わると、そう思っていた。そうなってほしかった。


 最初は意識もそのまま、記憶もあって、死なずに強くなったと、つい喜んでしまった。


 しかし現実はグリナスタへ希望を持たせるものではない。


「それに…私の、この…想いは…一体どうすれば…?」


 思い浮かぶのは初めて恋心を持った相手の顔。

 頭を抱え、そんなことを悶々と考えていると。


「女でもぉ何でもいーからなぁ~?黒魔人ならぁきっといぃ色したぁ内臓してるぜぇ~!?」

 べザルの持った短刀の切っ先が目前にあった。


 グリナスタが何故落ち込んでいるかは知らないが、構えもなく意識もこちらへ向いていない。完全に隙だらけだ。

 短刀は左目から入り、脳みそを掻き回し、頭蓋を内側から破り出てくる。そんな未来を予想し、べザルはニヤリと笑う。


 グリナスタはそれをぼんやりと眺め、そして次の瞬間、短剣の腹を平手で叩き、落とした。


「んなぁ~っ!?」

 べザルは前につんのめり驚愕する。


 全くのノーモーション、いつ動いたかすらわからなかった。


 数十年暗部の仕事をこなし、黒魔人とも戦った経験は数度ある。いずれも勝者はべザルだった。

 べザルの感想としては噂に聞くほど強くない。

 自分の方がぶっ飛んでヤバい奴だ。

 そう思っていた。しかし、


 ━━━前につんのめったべザルの顔面に下からのアッパーがめり込む。


「ひぐぎぃっ!!?」


 変な声をあげ後方へ殴り飛ばされる。

 ベシャリと地面へと落ち、それ以後べザルはピクリとも動かなくなった。

 しばらく経っても何の反応もない。


「あれ?べザルさん?」

 全く反応の無くなったべザルへとグリナスタは近づく。

 そしてその事実に気付き、自分の両拳を見て呟いた。


「はぁ…最早疑いようがないですね…」


 べザルの顔は変形し、既に死んでいた。


 その呆気無さすぎる幕引きに、かつての師匠を殺めてしまったと言う後悔も感慨すらも何も沸いてこない。


「……」


 べザルだった者に軽く一例し、大斧を持つ。


「……いずれまたそちらで会いましょう。これはそれまでお借りします」


 そう言い残し踵を返す。




 性別が変わり見つかれば即死刑と言う新たな災難を背負うことになったが、グリナスタはかつての師、べザルを下し勝利したのだった。


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