邪神

 



「翼人が多く住まう国、聖アルケレトス教会国では邪神と定められている神が三柱いる。


 一柱目は創造の神、二柱目は混沌の女神、そして三柱目が光の神であるアグライアだ。


 この三柱の神たちはその昔、己が欲望の為に結託し、神々の住まう天世界を破滅の間際まで追い込んだとされている。


 その蛮行を万物神アルケーが防いだ。


 創造神はその力を万物神アルケーに封じられ、時空の狭間へと幽閉された。

 混沌の女神は己が欲望に溺れ、二度と抜け出せない世界にたった一人残された。

 光の神は万物神アルケーの力の前に敗れ魂ごと消滅した。


 以後、天世界に創造、混沌、光の力に目覚める神は生まれてこなくなり、その三柱の穴埋めを万物神アルケーが行っていると言い伝えられている。

 教会国では子供が最初に聞かされるおとぎ話だ」



 師匠は訓練場に置いてあった丸太に腰をかけそう説明した。



「んで、なんで俺が光の神アグライアになるんだ?そんなわけないだろ、俺が神ならこんなに苦労していない。

そもそもそんな話じゃなくてグリナスタの話をしていたのでは?」


 俺は師匠からグリナスタへと視線を戻し言う。


「いえ、あの光は正にアグライア様の光です」

 グリナスタは崇めるように俺を見ている。


 いやいや…根拠弱いから。その気になればこの世界の人みんな光ったりできるだろ。


 思案顔だった師匠が口を開く。

「ガチムチが言っていることはあながち間違いでもない。お前の、…正確にはもう一人のお前のオーラは今までに見たことのない色をしていた。もしかするとあのオーラは光の属性の色だったのかもしれない」


 そんなことを言う。


 師匠までなに言ってんだか。


「いやいや、例え俺の属性が光だったとしても、天力ルフトも魔法もある世界なんだから別に珍しくないだろ」

 そんな異世界定番のなにが一体…


「初めて見たオーラと言っただろう。この世界に光の属性を持つ者も、操れる者も存在しない。人でも翼人でもな」


「はい?」


「だから世界から追放された邪神として人々に広く認知されている。例え万物神アルケーを信奉していようとも、していなくても、常識としてな」


「い、いやいや…ヒールとかそれっぽいのあっただろ」


「あれは聖魔法だ」


「聖て…光となにが違うんだよ。そもそも光の神がいないとか、おとぎ話の中だけだろ。光がないならこの世界は真っ暗って理屈になるぞ?」


「聖魔法や聖の天力ルフトは神聖な儀式や治癒、また精神への干渉などに用いられる。

光は前例がないからな…正直私ではわからない。それとさっきも言ったが、居なくなった神達の役割は万物神が補っている」


 どんどん疑問が増えていく。

 いや待て、まずなんで見たことないオーラ=光なんだ?混沌も創造も可能性はあるだろ。ってかそもそもそんな力があったらこの世界無双できてる筈だ。

 もう一人の俺の限定の力なのか?わからん。


「もう一人の俺が何かしらの力を持っていたとして、どうしてその属性が光だと思ったんだ師匠」

「それは…だな…」


 師匠はチラリとグリナスタを見る。

 俺はできれば話しかけたく無かった、が、仕方がない。

 渋々グリナスタにも声をかけた。


「グリナスタ、さっきの説明だと抽象的過ぎて俺にはわからん。なにがあったかもう少し詳しく説明してくれ」


「わかりました。キューロさんは覚えていらっしゃらないようなので、私が体験したことをお話し致します」


 そう言いグリナスタは経緯を話し始めた。


「私は若い頃、あの男、スウェイの口車に乗せられ家族を失いました。いえ、違いますね、私自身の手で愛する家族を殺し全てを壊した」


 う、鼻から重い。


「私はあらゆる感情を殺し、ずっとスウェイと行動を共にしてきました。考えることも止め、ただ言われたことだけに反応し、それこそ私自身が自分でも誰かわからなくなるほど自分を偽り、スウェイを欺いてきたのです。ただただその時がくるまでずっと。

 そしてスウェイが痛みにもがく姿を目にして、全て思い出しました。スウェイと私自身を殺すことを」


 そう壮絶な内容を語るグリナスタの顔は、しかしとてもそんな暗い過去を持つ人間の顔には見えなかった。

 なぜここまで穏やかな表情で語れるのかと、俺はうすら寒いモノを感じた。


「スウェイを殺した私は自分で死ぬ勇気がなかった」


 グリナスタは俺と目を合わせて言う


「貴方に殺してもらいたかった。でも貴方は拒絶し、私に生きてほしいと言った」


 それは…覚えている。それを俺が許せば、自分も諦める人間になると思ったからだ。

俺はもう絶対諦めない。必ず、必ず………あの世界へ………。


…なんだ?俺があの世界へ帰りたい理由はなんだ?

わからない…思い出せない。

 とても大事なことだった筈だ。

思い出さないと。


 そうは思うが、まずはグリナスタの話を聞かないといけない。こっちも重要な話だ。


「私は絶望しました。貴方に言われたことを理解して、この罪を背負って生き続けなければいけないことを想像し、またあの時のように心が割れそうになった」


 ああ、そんな感じだったのは覚えている。項垂れて絶望していたな…そして俺は思ったんだ。


 救いはないのかと。


「全てがぐちゃぐちゃになりかけたとき、その光が私を導いた。

 笑う家族の顔を思い出させてくれた。憎しみと絶望に塗りつぶされた心から、幸せだった頃の心へくれたのです。忘れて思い出せなかった家族の笑顔が昨日のことのように鮮明に…」


「……」


 この男は一体なにを言っているんだ?心が元に戻ろうとも家族を失った事実は変わらないだろう。

ってか心を戻す?戻るわけないだろ。

そう言うのは戻すんじゃなくて、普通乗り越えるものだ。


「人の精神のあり方を逸脱している。なんだよその冒涜的な救いの話は…」

 困惑し呟いた。助けを求めるように師匠を見る。


 師匠は「はぁ…」と一つ溜め息を吐き、こちらへと近寄ってきて一言俺に問う。


「キューロ、これを聞いてお前はどう思った?」

 思ったことを素直に伝える。

「少なくともグリナスタは救われたんだろうが…俺は、なんか釈然としない。これが救いなのか?」


 師匠は頷く。


「おとぎ話の中にはこういう逸話がある。光の神アグライアは導きの光で他の神々と人々を惑わし、万物神への信仰心を貶めようとした。と」


 なるほど、そのおとぎ話が今回の件に酷似しているから俺が光の神…。

 ふむ、いや、なんでやねん。根拠が脆弱すぎるやろがい。

 もっと濃いソースを持って来てくださいよアトラさん。


 とは言え、世界から追放された邪神ねぇ…ならこれ以上の情報は無いのかもしれないな。



「私が黒龍の墓場ここへ戻って来た時、お前はあいつになっていた」


 あいつ…あいつとはもう一人の俺のことか…


「そしてガチムチはお前を神のように崇めていた。引くほど異様な光景だったぞ。

ガチムチが研究所の職員なのは知っていたが、状況が混沌とし過ぎててな…敵意も無いし扱いに困って連れてきたわけだ。あ、メシは美味いぞ!」


 ああ、俺が師匠の立場だったとしても間違いなく引くな。

 っかあの野郎、人の体で神様ごっこしやがって。何なんだよ。

 そして師匠、あんたもなにしとんねん。



 それにしても…

「グリナスタは邪神を信奉してるってことになるが、お前それでいいのか?」

「ええ、勿論です。うちは代々アグライア様を信仰していますので」


 え?邪神だよ?


 俺がえ?マジ?見たいな顔をしていると師匠が口を挟む。


「ま、元々は救いの神なのだ。おとぎ話を信じず、邪神の三柱を信仰している人も地域も昔から多くある。ただ混沌の女神は正しく邪神だろうがな」

「そんなものなのか。なんか異端者扱いされそうと思ったが」


 師匠は一度目を伏せ短く息を吐く。

「そんな事をする国は私の国ぐらいなものさ」


 暗い口調でそう溢したのだった。




 □■□■□■□■□■□■□■□




「それで、グリナスタは結局俺たちの敵なのか?味方なのか?ってかなにがしたいんだお前は」


 一先ず俺の邪神疑惑は端に寄せて、こいつの処遇を決めないといけない。

 なんかもう答えがわかってしまった感もあるが。


「キューロさんとアトラ嬢にお供致します」


 ほらね即答ですよ即答。

 キャラが前より濃くなってしまったのがとても残念ではあるが、研究所の情報が色々わかるのはありがたい。味方になってくれるのであれば戦闘面でも役に立ってくれるだろう。

 この後、片翼の女の子と師匠の仲間についてどうするか話していく予定だ。グリナスタの役割はきっと重要になってくる。


 そう考え師匠を見ると…


 かなり渋い顔をしていた。まだ信じきれてはいないようだ。

 


 だから耳元で言ってやった。

「ご飯美味しかった?」

「ぐっ…確かにっ美味かった!」

 効果覿面だ。これで大丈夫だろう。

 第一、毎日暴力を受けていた俺が我慢してるんだからそれぐらいで我儘を言わないで頂きたい。




「グリナスタ、まぁ研究所での事とか色々としこりも残ってはいるが…歓迎する。宜しく頼む」

 そう言い俺は右手を出した。


 グリナスタは泣きそうな嬉しそうな変な顔で俺の右手を両手で掴む。


「はいっ!キューロ様。貴方のお役に立てれるよう、このグリナスタ誠心誠意お仕え致します」


 ん、あれ?なんかさっきと違くない?

 え、様付けになってるし、え、仕えるとは?




 こうしてガチムチ色黒スキングラサンが新たに仲間として加わったのだった。

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