メアの目的と片翼の女の子
「お前はなんとも思わなかったのかよ!!どうなんだ!?」
狭い訓練場に責める声が飛ぶ。
殴り足りなかったが、師匠に抱きつかれ止められた、と言うか、あまりにも師匠の力が強すぎて肋骨から変な音が聞こえたので殴るのをやめた。
それでも俺の怒りは収まらず、今は言葉でグリナスタを責めている。
「私が…愚かであったことは……間違い…ありません……どうか、お許し…ください。キューロ…さん」
グリナスタは俺の前に正座して赦しを乞うてくる。
顔はボコボコに腫れ上がり、元の原形がわからない。
許す許さないとかではない、どうすんだって話なのだ。このままではあの女の子はメアに実験という名分で弄ばれ、挙げ句最終的に死ぬかもしれない。
何故ここまであの子に執着してるのか、自分でもわからない、ただどうにかしないとと思った。
「クソっ、どうする」
「おい、ちょっと落ち着けキューロ、一体どうしたというんだ?」
俺が怒るのを初めて目にした師匠は、動揺しながらも声をかけてきた。
「師匠、さっき言った翼人の女の子がまだ研究所にいるんだ。助けに行かないと」
そう進言する。
師匠はしばし顎に手をあて考えた後、俺と目を合わせ言う。
「それは誰のためだ?」
「は?」
いや、その女の子を助けるためで、女の子のためで…
「つまらない偽善ならやめておけ」
「……」
俺は黙った。
反論できなかったからじゃない。
別に偽善とか善とか悪とかどうでも良かった。俺がそうしたいからやるのだと、とっくに答えは出ている。
ただ…
助けたいと思った理由を思い出せなかったからだ。
なんでだ。こんなにも憤ってるのに忘れるものだろうか?ちゃんとした理由があった筈なのに…なんでだ?
それでも俺は絞り出すように師匠に言う。
「偽善とか善とかどうでもいい。俺は助けたい」
しかし、
「今は無理だ」
師匠はそう一言俺に告げた。
「っつ!!なんで!?」
俺は師匠に食って掛かろうとしたが
「私は落ち着けと言ったぞ」
師匠が強烈なプレッシャーを掛けてきた。気持ちで負けるつもりは無かったが、本能が体を萎縮させる。
「ぐっ…」
能力ではない、ただの威圧だ。なのに体が動かなくなった。腐っても師匠か、くそっ…
こちらが動けないのを見て、師匠はグリナスタへと向き直る。
「グリナスタ、あの時研究所にいたのは片翼の女の子で間違いないだろうか?」
そう聞かれたグリナスタは腫れた顔を上げ、答える
「そうですアトラ嬢、あの女の子で間違いありません」
グリナスタは素直に答えた。
「では次だ。お前達はいつここ、黒龍の墓場へきた?」
「私がいつ黒龍の墓場にきたか、ですか…」
グリナスタは、聞かれたことを逡巡する。
「確か…5日前だったと記憶しています」
「結構最近だな。それでここにくる前は研究所にいたのか?」
「はい、私は何もない時は、研究所で雑務担当として勤務していました」
師匠は淡々とグリナスタへ質問する。
なんのことはない、グリナスタは研究所の職員だ、そんなこと考えなくてもわかってたはずなのに…バカだ俺は。
師匠がさっき言った「今はまだ無理だ」とは「情報がないから今は無理だ」と言うことだとやっと気づいた。
師匠とグリナスタのやり取りを見て、俺は怒りで周りが見えてなかったなと反省した。
質問は続く。
「片翼の女の子は研究所にまだ身を置いているのか?」
「はい、恐らくまだ研究所にいます。私たちがここへ来る直前まで研究所で過ごしているのを見掛けましたから」
「ふむ…」
師匠は一度チラリとこちらを見た。
次の質問は俺の地雷になるかもと心配してるようだ。もしくは大人しくしていろ。かな
師匠は短く息を吐きグリナスタへと聞く。
「…その女の子は無事か?」
「………はい、今のところは無事だと思います。私たちが研究所を出立する直前まで普通でした」
女の子はまだ無事のようだ。俺はホッと胸を撫で下ろした。
しかし…
「今のところは、か…」
師匠も同じ事を考えたらしい。
「生活環境や扱われ方に問題は?」
「その辺りも特に、酷いと言うことはないと思います」
本当か?俺は毎日殴られてたけど?
まぁでも嘘は言ってない気がするな。俺は良くも悪くもイレギュラーな存在だったんだろう。
「何か実験を行ったりは?」
「それは……」
グリナスタは少し言い淀む。
言いたくないとかそういう感じではない。顎に手をあて何か思い出そうとしているようだ。
そして一瞬「あ、」と口を開けた後、表情を固くして言った。
「あと半年以内に大規模な実験を行う可能性があります」
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師匠は一度目を伏せ、短く溜め息を吐いた。
またこちらにチラリと視線を向け、俺を確認する。
なんだよ、もう暴れないから心配しなくてもいいぞ師匠?ただ怒りは再燃しつつあるが…。
それに俺がグリナスタにキレたのは女の子を連れ戻したからで、今怒ってるのはメアに対してだ。
俺が研究所にいるときメアからは直接危害を加えられたりはしなかったが、それは途中から俺に興味を失くしたからだろう。しかし師匠から聞いた話が本当ならメアはやはり危険だ。
グリナスタが言う実験がどのようなものかはわからないが、間違いなくロクなものではない気がする。
「その大規模な実験とは?詳細はわかるか?」
「恐らくですが…翼人同士の融合実験ではないかと思います。これは以前より計画されていた実験で、少女との適合者が見つからず、保留になっていたのですが…半年ほど前に適合者が見つかったと室長が言っていました。器材と被験者のバイタル調整にあと半年近くほど掛かるとの事でした」
「融合…実験?」
「なっ!おい、それ人と人を融合させるってことだろ。頭がイカれてる」
さすがに俺も口を挟んだ。
師匠は一度俺を睨んでから再度グリナスタへ説明を求める。
「融合とはそういうことなのか?」
「はい、室長は”魂の融合”について以前から研究していました。その前段階として”肉体の融合が及ぼす精神の変化”を調べるとのことです」
「なっ…」
「やっぱりアタオカだあの女は…」
師匠は絶句し、俺は罵倒した。
それにしても、魂の融合…か。
確か、講義の時にメアが魂について何か言っていたな…クリエーションとの結びつき、だっただろうか?うーん思い出せん。後で師匠に聞こう。
そう考え師匠を見やると「なんて冒涜的な事を…」と怒りで震えていた。今度は師匠がお冠だ。
冷静に師匠を分析してはいるが、勿論俺も怒り心頭だ。あの研究所は粉々にぶっ潰さなければならない。
そう息巻いていると、
「因みにその少女と適合した翼人ですが、スウェイ曰く、仮面の翼人の一派とのことです」
グリナスタがそう師匠へ駄目押ししてくれたのだった。
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