害悪
※今話はややショッキングな内容を含みます。
この話を飛ばして頂いても今後の流れはわかると思いますので、残酷な表現に抵抗がある方はご拝読をお控えください。
内容はグリナスタの回想となります。
グリナスタ・トイホーンは辺境の町に住む農家の息子だった。両親と五つ離れた姉との四人で農場を営み日々を過ごしていた。
家は貧しいながらも家族皆仲睦まじく、支えあって生きる。
よくある話の、ごく普通で平凡な農家の一つだった。
グリナスタは幼少の頃より家の仕事を覚えようと、家族から仕事の話を聞いていた。畑にも連れていってもらったりと、幼いなりに努力し、体が大きくなり始めた頃には、自ら率先して仕事を手伝うようになった。
近所から評判も明るく、自分よりも小さい子供を見かけると一緒に遊んであげたりと、優しい心の持ち主だった。
彼が心健やかに育ったことは、彼の姉の存在がとても大きかったと言える。
忙しい両親に代わり、姉はグリナスタに沢山の話を聞かせてあげ、手を引いて町の色々なところに連れていってくれた。
「自分よりも小さな子を守ってあげれるような、優しくて素敵な私の自慢の弟になってね」
綺麗で優しい姉が大好きだった。
グリナスタは姉の言うとおり、優しい人間へと成長していく。
グリナスタが10歳になった頃、町へ商人一家が引っ越してくる。
何でも王都から出てきた商人で王族のご用商人も務めたこともあるらしい。この町へは主人の老後を見据え、スローライフな生活を送れるように、移住してきたとのことだ。
老後とは言え主人はまだまだ若い。老後の蓄えの為と、町の発展のためにもと、この町でも商売を始めた。
その商人の店は瞬く間に大きく成長し、既存の商店も取り込み気がつけば町一番の商家となっていた。
グリナスタは都会の商人はスゴいんだなと、そう思った。
━━━それから四年後。グリナスタは14歳になり、町で行われる成人の儀に参列することとなった。
「今日から僕も成人だ」
大人と一緒に働ける日が来たのだ。家族のために働ける。きっと家族みんなの笑顔が増える。そんな希望に満ちた日の始まりに、高鳴る鼓動を抑え儀式に参列した。
商人の息子も今年14歳とのことで出席するらしい。もしかしたら将来作物等の取引を行うことがあるかもしれない。
そう思うと是非とも仲良くなりたかった。
将来は自分が家族を支え、この先もきっと幸せに暮らしていくんだと、信じて疑わなかった。
成人の儀が終わり、グリナスタは商家の息子を探した。
小さな町とは言ってもそれなりに人は多い。早く見つけないと会えないかもしれない。と思ったのだが、商家の息子は案外すぐに見つかった。
儀式場を出た広場の一角に、人だかりができている。
なんだろうと近づくと、その人だかりの中心に同じ歳に見えない美青年が立っていた。
この人だ!そう思った時には足が勝手に進んでいた。たたらを踏みながらも、グリナスタは彼の前にでる。
「や、やぁ僕はグリナスタ・トイホーンって言うんだ。西の畑の農家の息子なんだけど、君はメイテヴァールさんのところのスウェイ君だよね!? よ、良かったら僕と友人になっ━━━」
「あー、控えめにいっても農家ってクズの仕事だろ?俺は忙しいんだよ。お前どっか行ってくんない?」
何を言われたのかよくわからなかった。
この町に、これほどまでに露骨に人を馬鹿にする人は今までいなかった。
だから、初めての悪意ある言葉に固まった。
周囲を見る。
ここまでの罵倒に対して、誰も気にしている様子がない。聞いてないような顔、知らない風な顔。いや、これは…恐れてる顔だ。
スウェイの実家メイテヴァール家は手広く商売をやっていた。
小売業は勿論、金貸しに密輸など裏の取引まで幅広く。個人の情報を握られている家は一つ、二つどころの話ではない。
スウェイの周りに集まる連中の殆どの者が、弱味を握られていることにグリナスタは気づくはずもなかった。
その日は意気消沈し、家へと帰った。
家に帰ると家族が帰りを待っていて、グリナスタの成人を祝ってくれた。
嬉しかった。
嫌なことがあったんだ、と言えば姉が慰めてくれた。両親もみんなで頑張ろうと言ってくれた。
グリナスタはこの素晴らしい家族を守ろうと心に誓う。
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嫌な出来事も忘れかけていたある日。
父親が農地の拡大と、新たに従業員を雇い入れると発表した。
グリナスタは父親のことを凄いと思った、自分はそんなこと全然考えもできなかった。ずっと家族だけでやっていくのだと思っていた。
何も疑わずに家族全員が賛同する。
「みんなで大きくしていこう。頑張ろう」
そして姉からも重大な発表があった。
なんと宿屋の息子と結婚するとのことだ。
寂しくはなるが姉の幸せのためだ、祝福し、快く送りだそう。
「おめでとう姉さん。僕もとっても嬉しいよ」
その日トイホーン一家は成人の儀以来のご馳走でお祝いをした。
家族は皆笑顔だったのを覚えている。
それから2年経った。
当初好調だった父親の事業拡大は、従業員の横領がきっかけで、たった一年で大コケした。
更に父親は事業拡大の為にお金を他所から借りていたらしく、返済の為に朝から晩まで働き詰めになった。母親も昼夜問わず働きに出るようになった。
グリナスタも例に漏れず、昼は農業、夜は町の酒場や倉庫でいつも働き詰めになった。
家族は会話も減り、父親は酒に逃げるようになり、母も家に帰らなくなる日が増えた。
そんなある日。
夜、酒場で働いているところに声を掛けられた。
「あれー?君は確か西の農家のやつじゃなかったっけ?」
声をかけた相手は、両脇に女の子を侍らせてニヤニヤとしているスウェイだった。
「あ、ああ、久しぶりだね。覚えててくれて嬉しいよ」
顔をひきつらせながら、何とか返事を返す。
実際は町中で何度かスウェイを見かけたことはあった。しかしできるだけ関わらないようにしていた。
理由は勿論、初対面の印象だ。
グリナスタは仕事中だからとその場を離れようとした、だが。
「俺と友達になりたかったんじゃないのか?お前の家、いま困ってるって聞いたけど大丈夫?」
肩がピクリと反応する。
スウェイのそのたった一言でグリナスタは振り向いてしまった。
自分たち家族のことを心配してくれているのかもしれない。そう思ってしまった。
「助けてやろうか?」
それはグリナスタにとって正に救いの言葉だった。
嬉しくてつい泣きそうになりながらも、頭を下げて言う。
「お願いだ、僕に出きることはなんでもする。どうか助けてほしい」
「ああ、良いとも。俺とお前は今から親友だ」
とても、とても軽い言葉だった。
しかしその軽く、薄っぺらい言葉でもグリナスタは救われた。
「あ、ありがとう!ありがとう」
自分はどうなっても構わない。家族さえ救えればそれで良いんだと、悪意ある言葉だったとしても、すがれるものがあるだけで、間違いなくグリナスタは救われたのだ。
そしてスウェイは告げる。
「……じゃあ四日後に北の森に来てくれ、親友の君に手伝ってもらいたいことがある」
「勿論行くよ。親友の為だもの」
グリナスタはそれを快諾した。
そして二人は奈落へ続く約束を交わした。
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四日経ち、北の森に向かった。
今日はずっと曇り空で、今にも雨が降りそうな天気だ。しかしグリナスタの心は晴れやかだった。
スウェイとの約束を果たせば、家の借金が全てなくなる。
そうすればまたみんなの笑顔が戻るのだと信じていた。
少し早めに着いたつもりだったが、スウェイは既に森で待っていた。
「随分と早かったんだね?待たせてごめんよ」
気軽に、友達のように話しかける。
「いや、俺もいま捕まえて来たところだよ」
それにスウェイも軽く答えた。
「それで?僕は何をすればいいんだい?」
「ああ、狩りで獲った獲物がいるんだけど暴れていてな。まぁこうなると思ってたから、力がありそうな君に獲物を大人しくさせてもらいたくてね」
なんだそんなことか、グリナスタはそう思った。
農家は肉体労働だ、毎日畑を耕し、時には作物を狙う害獣の始末もする。そんな日々を送るグリナスタの肉体は引き締まり同年代と比べても見事な体つきをしていた。
簡単な仕事だ。
「わかったよ、それで獲物はどこだい?」
そう聞くと、スウェイはこっちだと案内してくれた。
着いた先、横たわる二つの大きな袋。
モゾモゾと動いている。
「これは何の生き物だい?」
疑問を口にする。
「ただの野獣だ、どんな種類とかはあんまりわからなくてな。俺は捕まえるのは得意だけど血を見るのはちょっと苦手だから、袋に入ったまま大人しくさせてくれると助かる」
「そんなんだね、わかったやってみるよ」
そう言い、グリナスタは袋の一つを力一杯蹴りあげた。
家族との幸せが待っている。早く終わらせてみんなを幸せにしてあげたかった。
無心で二つの袋を殴り、蹴り、棒で叩いた。
家族との未来を夢見て力一杯暴力の限りを尽くした。
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翌朝。
姉が不倫相手とともに遺体で見つかった。
死因は強い衝撃による内臓破裂だった。
不倫相手はスウェイの父親だった。
その2日後、父が首を吊って自殺した。
まもなくして、母は正気を失った。
何もかもが壊れ失くなった。
グリナスタは疑問も後悔も憎悪も何もかも感じなくなった。
スウェイを殺そうと思った。ただそれだけを思いスウェイの元に行き、首を締める。
だが━━━
「俺は殺せなんて一言も言っていない。殺したのはお前が勝手にやったことだよグリナスタ」
そう言われ気づいてしまった。そうだ━━そうだった。スウェイは大人しくさせろとしか言っていない。
自分の罪に押し潰される。
悪いのは誰だ
スウェイが、ではないのだ。
自分も…自分が…自分は…愚かで家族以外に目を向けようとしなかった。ただの共犯者
「あ、ああ、あああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ」
グリナスタは正常に壊れた。
そして二人は行動を共にするようになる。
まるで友のように。
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