取り巻き達との再会

 


 毛皮と肉を確保し拠点まで帰る道すがら、そいつらは道の真ん中に立っていた。


 俺を見つけると一人が喜色満面で声を張る。


「やぁ、驚いた!久しぶりだね~、まさかこんなところで君に会えるとは思ってもみなかったよ! なぁお前もびっくりだろ?」


 旧友にでも話しかけるように親しげに声を掛けてくる。

 声を掛けてきたのは眼の光るイケメン。その隣に立つガチムチ色黒スキングラサン。


 びっくりだろ?と声を投げられたガチクロハゲグラは無言だが、眉間にシワを作っているのがわかる。穴に落としたことを根に持ってるのだろうか?

 色々根に持ってるのはこっちもおなじだ。


 まぁ少々驚いたが、気持ちを切り替えて他に誰か潜んでないか周囲を警戒する。どうやら相手は二人だけのようだ。


 無言で皮袋を下ろす。



「へぇ~しばらく見ない間にずいぶん逞しくなったね、もしかして仮面を付けた翼人さんと楽しく特訓でもしたのかな?」


 イケメンこと、スウェイはヘラヘラと笑いながら話しかけてくる。メアの前ではできる男みたいな素振りをしていたが、こいつはメアがいないと大体こんな感じだ。

 ただあまり手は出してこなかった、いつも後ろでニヤニヤしながら殴られている俺を魔眼で観察するだけだ。



「言われなくてもわかるだろうけど、君には研究所へ戻ってもらうよ。室長が大分お━━━」「断る」


 被せ、端的に伝えた。



 スウェイの額にわずかに青筋が浮かぶ。


「おいおいおい、モルモット以下の分際で…しかも天力ルフト値も10の、リバースしか取り柄のないゴミ雑魚の癖に、随分生意気な態度をとるようになったじゃないか?研究所での立場ももう忘れてるみたいだし、ゴミ雑魚の脳ミソは中までゴミでできてるんじゃないのかい?」


 興奮している。顔は清閑さをなくし怒りで歪ませている、できる男にはとても見えない。イケメンが顔に出してキレるとこうなるのかとちょっと引いた。


 ガチグロがスウェイを宥めようと声を掛ける。

「スウェイ…相手のペースだ。少し落ちつ…」

「うっせんだよ!この筋肉カスが!大体てめぇが逃がしたからだろうが!!」

 スウェイはガチグロの足に蹴りを見舞った。


(うわー醜すぎ、ひくわー。まぁあれがこいつの本性なんだろうな)



「っちっ…ふぅー」

 そうは言っても自分が興奮してることは理解しているらしい。スウェイは舌打ちしながらも、軽く深呼吸して心を落ち着かせている。


「おい、ゴミ雑魚。お前は見つかった時点でゲームオーバーしてるんだよ。わかるだろうけど?ゴミ雑魚のお前じゃ俺たちに勝つどころか逃げることすらできないんだからな」

 調子を取り戻しヘラヘラと笑いながら言う。


 せっかく糞虫言う人がいなくなったのに今度はゴミ雑魚か、なんか慣れたなもう。

 それにしても…なんだろう、研究所ではあんなにもこの連中を恐れていたのに、今は自分でも驚くほど心が動かない。

 少し強くなったから自信過剰になってしまったのか?と、ちょっと心配になったが…

 いや、そういう感じじゃないな、なんというか感情が沸いてこない。

 こいつら敵なんだなーぐらいしか思わない。


 そこまで考えて漸く出てきた感情は、自分に大しての不気味さだった。

 背筋が冷える。


「ゴクリ…」

 生唾を飲む。寒気を拭うように俺も声を出した。


「……そうか、ところでこの雪の中どうやってここまで来たんだ?見たところお前ら二人だけのようだが、ちなみに仮面の翼人なんて俺は知らんぞ」


 スウェイの口車に乗っかるつもりは鼻からない、無駄話なのは目に見えてる。

 だから疑問だけ尋ねた。


 スウェイの額にはまた青筋が立っている。こいつは自分のことを無視されるのが嫌らしい、沸点が低いな。


 俺はガッチーにも目を向けた。


「……」


 ほんと無駄口がなくて静かだなこいつ。ちなみに名前は忘れた。



「ゴミ雑魚にいちいち教えるわけないだろ?」


 そう言いつつガッチーの肩をポンと叩くスウェイ。


「今回はリバースで形が変わるものがない、ちゃんと汚名返上しろよ」

 自分は後ろに下がり同僚を前に押し出すスウェイ。

 ガッチーは一つ頷き、背中に背負っていたゴツゴツした槌を両手に構える。


 以前よく目にしていた配置だ。



 そう言えばスウェイはなぜ魔眼を使わないんだ?さっきも質問してきたとき使ってなかった。うーんわからん。


 にしても2対1か…熊型は群れてなかったからなぁ…

 これまで複数相手の戦闘がなかった訳じゃない。ここ最近二度ほど狼型の魔物と戦ったことがある。ここよりも少し方角が違う場所を探索した際に遭遇した。


 一度目は数の暴力で惨敗。木に上り飛び渡って命からがら逃走。いや、20匹相手は無理だよ?

 二度目はその退却戦で追いかけてきた5匹を相手取った。


 群れで行動するだけあり、狼型はやはり連携攻撃に長けていた。一匹が注意を引きつつ死角から複数で噛んでくる。

 たまたま近くに大きい岩があって、その上に逃げ込んだのが幸いした。足場が限られてる分、死角から襲ってくる狼の数が減って、緑煌眼も機能したお陰で、噛まれながらもなんとか勝利することができた。


 痛かったけど、ホント血まみれだったけど、毛皮が手に入ったお陰で凍えずにすんだ。マジでありがとう


 そんなことを思い出しながら、俺も背中から黒い剣を引き抜いた。

 さっき熊型を倒した時もしれっと使っていたが、俺の最近のメインウェポンはこいつだ。


 今まで使っていた訓練用の剣は戦闘の度にポッキリ折れて、その度にリバースで復元していた。だから黒剣が振れるぐらいになってからは、訓練用の剣は短く研いで短剣として腰の後ろに装備している。

 黒剣はこの6ヶ月間で毎日ほんの少しづつだが軽くなっていき、現在は訓練用の剣とほぼ同じ重さに感じるまでになった。

 俺も少しずつ成長したってことだろうか?


 片手で持つにはこの剣はまだ少し重い、両手で正眼の構えをとった。

 スウェイもいるため隙はあまり作りたくない、あいつは魔法が使える。

 初撃は敢えて受けようと思う、それと緑煌眼も発動させるのはまだやめておく。



 ガッチーは俺が動かないと見るや、素早く槌を振れるよう柄を短く持ち直し、低く身構えた。


 その直後。


「雑魚がっ!思い出させてやるよ!!ウィンドウカッター!!」


 スウェイが魔法を放つ、それと同時にガッチーが距離を詰めてきた。


 五歩ってところかな…


 何となくそんな気はしたから別に驚かない。


 斜め後ろに跳びひらりと魔法を回避しつつ、ガッチーの影に隠れるように射線を潰す。


 ガッチーが目前まで迫る。厄介なのはこいつの方だ。前よりも少し強くなった今だからわかるが、ガッチーは近接戦闘のセンスが良い。体感、歩幅の取り方、踏みしめの位置、振りかぶるタイミング、機転の利かせ方。全くもって侮れない。むしろ同じ近接として尊敬すらする。名前忘れたけど


 さらには何かのスキルだろうか?前よりもずっと速く感じる。


 俺は更に後方へ跳び振り抜かれた槌を回避━━━しようとしたのだが、あろうことかガッチーは振りながら槌の柄を持ってる手を滑らせ間合いを伸ばしてきた。


「ぬっ!」

 俺は斜めに振り下ろされたガッチーの槌と同じ方向に黒剣を振る。槌と剣が接触し、ベクトルが同じ方向を向く。俺の体は回転しながら少し後方へ弾き飛ばされた。ダメージはない。


 回転しながら緑煌眼を発動、着地の瞬間にガッチーの後ろから顔を覗かせたスウェイめがけ、左手で抜いた短剣を回転の勢いのまま投擲した。


「ぐぁぁっ!!」


 回転で勢いを増した短剣は、スウェイの右鎖骨辺りに深く突き刺さり貫通していた。


 あまり緑煌眼を見られたくなかったが仕方ない、出し惜しみできるほど甘い相手じゃない。

 ガッチーの二撃目が来る前にその場を跳び離れる。


「こっ、この! 使えないゴミ雑魚の癖に!!」


 スウェイは刺さった短剣を引き抜こうとしているが、短剣が根元まで刺さっていて、引き抜こうにも痛くて力が入らないのか、もがきながら喚いている。


 魔眼を持っていても、戦闘向きじゃなければあまり活用法はないのかもしれない。ってか今のもとっさの反応だったからいちいち何か考えた訳じゃない。出てきそうだったから反応した、条件反射だ。


 あれならスウェイはしばらく放っておいても問題無いだろう。


 俺はガッチーへと向き直る。

 スウェイのことを気にしているのか、少し落ち着きがない。


 前は、次会うときは殺すつもりで相対しようと思った。が、やっぱり殺すまではしたくない…どうにか上手く納められないか、そう考えてしまう。


 俺は、甘い…だろうか?

 こいつらは魔物と違って俺を殺そうとした訳じゃない。俺を、連れ戻そうとした…それだけだ。


 ガッチーは動く気配がない。俺は揺れる心を悟られまいと剣を強く握り込んだ。





 そしてこの戦いは予想外の形で幕を閉じる━━━。





「お、お前!!どういうつもりだ!グリナスタ!お前は一体何を考えた!!!」


 ガッチー、もといグリナスタは構えを解いて俺からスウェイへと向き直った。

 ゆっくりと、その歩みをすすめる。



 ━━傍目から見て、その人がどんな人間なのかは簡単にはわからない。


 ━━いくら心が読めたとて、状況の変化でその時初めて芽生えた心を事前に知ることなどできよう筈もない。




 グリナスタはゆっくりとした動作で重そうな槌を上段へと持ち上げる。


 いいのか?もう引き返せないぞ?そう彼自身、自分に問うてるようなそんな風にも見えた。



 俺はただ呆然とそれを眺める。

 彼らの関係は深く知らない、でもその時の彼らを見て少し悲しくなった。


 世界が酷いのか。俺が甘ったれなのか。

 それでも止めようとしなかった俺は、結局その程度の人間なのだろうと自分の浅さを悟った。




 槌が振り下ろされる。


「待っ━━━!」


 グシャ!



 スウェイはグリナスタの心の中に一体何を見たのだろうか。

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