成長と冬支度と




 薄く雪の積った森を駆ける。


 前方には見慣れた熊が一体。冬眠に乗り遅れたのだろうか、緩慢な動きで木の根元に鼻を突っ込み土を掘っている。


 俺は雪を踏みしめる音を消すこともなく、熊へ向かって突っ込む。


 20メートル付近まで近づき、熊は漸くこちらの気配に気付いたようだ。


『グガァアアアア!!』


 すぐさま立ち上がり威嚇してきた。

 あのグリズビーモドキほどではないがそこそこ大きい。ヒグマモドキだ。


 走る足に更に力を込める。


 ヒグマモドキは迎え撃つ構えだ、爪を大きく振りかぶっている。この6ヶ月の間よく目にした攻撃方法だ。


 ブオンッ


 右爪が振り抜かれる、大きい体躯の割に早い。


 俺は更に姿勢を低くし、爪の軌道の下スレスレを加速しながら通り抜ける。そのまま熊の横を通り抜け後方にある木を蹴り、高く宙返りをして熊の頭上へと跳んだ。

 背中から黒い剣を引き抜き、ヒグマモドキの脳天めがけ全体重を乗せ突き立てる。


『ガグァアア!!』


 最後に短い絶叫を上げ、ヒグマモドキは絶命した。


「ふぅ、まだ冬眠前のやつがいて助かった」


 俺は安堵の溜め息をもらした。


 この6ヶ月の間、俺は拠点で戦闘訓練をこなしながら毎日魔物と戦った。最初の頃は兎に角必死で、正面から迎え撃ってカウンターを狙う方法ばかりやっていた。

 襲ってくる魔物はほとんど熊型で、懐に入って顎下から剣を突き上げて倒す、あの日の2戦目で使った戦闘スタイルをよく使っていた。

ただこの方法だと反撃を食らうリスクが大きく、一度左肩を抉られてからは更に試行錯誤した。


 ちなみに抉られた肩は、竜が嫌う薬草が低級ポーションの代わりになるらしく、磨り潰した物を傷口に塗って寝て過ごしたら2日で治った。異世界の草スゲー。


 そんな試行錯誤を繰り返し、相手の動作観察や弱点や隙を探しているうちに、左目がたまにチリチリ痛むようになった。

 最初は異世界に来てまでメバチコか?とも思ったが、戦闘中や訓練以外では特に反応もなく、緑煌眼の訓練中に鏡を見て初めて気付いた。師匠の言っていた”左目に集中”の感覚も、何となくわかるようになってきた矢先のことだった。


 ほんのり淡く緑色に光ったその左目は、師匠のモノに比べるとちょっと暗い。


「師匠のに比べると暗いな、それに痛むし…正常なのかこれ?」


 緑煌眼を発現してからは相手の攻撃を避けやすくなった気がする。体の反応速度が上がったような、そんな感じだ。痛みがあるのは決まって攻撃を交わした後や隙を見つけた直後だ。今のところ使い勝手が良いとは言えない。


「でも目なのに体の反応速度って」


 師匠は緑煌眼は成長する”天眼”だと言っていた。師匠の持ってる眼は現在三つあるらしい。

 一つ目は遠くまで見渡すことのできる『千里眼』

 二つ目は力のあるもののオーラを見ることができる『感知眼』

 三つ目は相手の動作を予測することができる『予測眼』


 今思うとこの人かなり戦闘特化だな…。


 ちなみにもう一人の俺に左目を奪われてから、緑煌眼の能力が全て半減したらしい。とは言っても左右で見える視界に偏りがあるとかではないみたいだ。

 ただそれを語る師匠の顔は、俺を目だけで殺せそうなほど憎々しげだったことは言うまでもない。


 この世界に来てから美人に恨まれてばっかりだ。いや既婚だからいいけど…いや、人から恨まれるのは良くないな


「にしても反応速度ねぇ、これがホントに緑煌眼の力ならなんて呼べばいいんだ。師匠の使える目で当てはめるなら”予測眼”に近いのだろうか」


 そんなことを溢しながら熊型の毛皮を剥いでいく。


 雪が降り始めてから、翼竜も地竜も熊型の魔物も姿を見せなくなってしまった。

 地竜を主食にしていたので、かなり困った俺は少し遠出して毛皮と肉集めに奔走している。

 最近は熊の肉も食べるようになった。と言うのも、メアの部屋から持ってきた”世界の文明と歴史”によれば、魔物肉は食用としても流通しているらしい。

 熊が食用可能かはさておき、生きるためには我儘も言えない。あの”顔付き”以外の肉ならなんとか我慢しようと、子供のように目と鼻をつまみ食べた。


 ━━━うん…意外に美味しいのよこの熊。


 結構クセ強い味だが地竜の肉ばっかり食べ過ぎてきたせいか、野性味溢れるこの味にも最近ハマりつつある。

 子供にも食育で教えたくせに、自分が食わず嫌いはダメだよな。


「子供?」


 ふと思い返す。


「ん、どこの子だったっけ?姪っ子に教えたんだっけ?」


 雪がまた降ってきた、早く戻らないとまた積もりそうだ。


しなぁ。いたらどんな家庭になったんだろうか」



 空を見上げ、妻と過ごした雪の日の思い出を振り返る。


「あんまり雪が降らないところだったもんな、いい大人二人で、はしゃいでたな…」


 雪が一つ、目に入った。


 それは雪だったのか、それとも━━。

 一筋の雫が頬をつたう。




 もう妻の名前も…思い出せない。


 でも知ってる。ちゃんと愛していた。愛されていた。




「……さて、帰るか」


 毛皮と肉を皮袋に積める。


 降る雪の冷たさに、温かい思い出を感じながら歩きだす。


 ちょっとだけゆっくり歩いて帰ろう。



 サクッ…サクッ…サクッ…サクッ…サクッ━━━━━━



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