熊の呪い?


 魔物を倒した後━━━



 今日はこれ以上の森林ランニングはやめて拠点へ戻ることにした。


 そんなに疲れてはいないが足取りは重い。


 魔物を倒した達成感がないわけではない。初めて自分の力で魔物と呼ばれるものを倒したのだ。異世界での醍醐味と言えばモンスター討伐だろう。自分もその仲間入りができたのだからもっと喜びたかった。

 実際倒した直後は気持ちが高揚し、勝利の雄叫びでもしたかった、のだが…


 あの顔のせいで一気に気持ちが冷めた。


「あれはなんなんだ…?」


 帰り道に考えることはそればかりだ。魔物が死んで間もなくはなにか呟いていた。本体は死んでるのにアレはまだ呟いていた。訳がわからない。


 あまりの気持ち悪さにとどめを刺さず放置してきた。


「復活とかしないよな?」

 少し心配になる。

 でも戻る気にもなれず、後ろをチラリと見るだけに留める。

 …とりあえず帰ろう。また魔物に出くわすのはちょっとしんどい。

 そう思い拠点へと急いだ。


 拠点の近くまでたどり着き、午後からは何をしようかと思案する。

 だが、拠点の前まで来て愕然とした。


「お、おいおい嘘だろ…」

 拠点の目の前に熊型の魔物がいた。


 グリズビーモドキが復活して先回りされたのかとも思ったが、よく見ると先ほどの個体よりはサイズが小さい。色味も少し濃い気がする。さっきの奴がグリズビーならこいつはツキノワグマ、いやマレーグマぐらい小さい。

 それに明確な違いがある。


「こいつには顔が…ない?」


 どうやら顔の付いていないタイプの魔物もいるようだ。

 師匠の”掃除”に付いていったときも、全ての魔物に顔が付いてたわけじゃなかった気がする。師匠が原型を留めずに瞬殺するから、全てを確認できた訳じゃないが…。


「はぁビビったぁ」


 一安堵した。あの顔に攻撃力はないが、近寄りたくない嫌悪感がある。それがないだけで魔物への恐怖が和らぐほどに。


「ふーむどうしようか」


 そこにいられては拠点へ帰れない。戦う他ない。なによりここで倒しておかないと今後も居座る可能性もある。


「体はまだ動く。むしろさっきの戦闘とランニングで暖まっている」


 剣を手に取り、強く握りしめる。黒剣ではなく素振り用のものだ。


「ん、なんか握る力がさっきより強くなった気が…?」


 さっきの魔物を倒したからか?

 黒剣を持ち歩いていたからか?


 この世界にもしレベルアップの概念があるのなら前者だろう。だがメアも師匠もそんなこと一言も言っていなかった。

 隠れて「ステータスオープン」なんて恥ずかしながら言ってみたりもしたが、やっぱり何も起きなかった。


 この世界はレベルではなく翼人なら天力ルフト値、人や魔物なら魔力も含め全ては能力値で数値化されているらしい。

 何を基準に測定しているかはわからんが。


 鍛練を積めばルフト値も能力値もあげることは可能だ、しかし魔物の討伐で能力やルフト値が上がるのかは、メアや師匠からも何も聞いていない。


「仮に魔物を討伐して強くなれるのなら俺だけの異世界特典…だったりしてな、あ、でもこの黒い剣のお陰って可能性もあるのか?」


 さっきまでの陰鬱な気分はどこへやら、強くなれるかもという期待で少しテンションが上昇した。

 自分が強くなった確証もなければ、相手が弱くなったというわけでもない。慢心は命取りだが気持ちに余裕があることは大切なことだ。

 そんな調子の良いことを考える。



「うしっ!やってやろう!」

 気合いを入れる。敵を見据える。


 熊型の死角から慎重に気配を消し近づき、一気に地を蹴った。

 相手は俺が飛び出してから漸くこちらの存在に気付いたようだ。

 さらに脚に力を込め距離を詰める。


(もうこちらに奥の手はない。運任せの戦法は取れない。ダラダラと戦えばリスクが増えるだけだ。一気に片をつける)


『グルゥアア!!』


 威嚇してくる。が、奴に比べると全然怖くなかった。

 熊型が爪を振りかぶる。俺は空いている左手で黒剣を抜き、爪の攻撃を防ぐ。黒剣はまだ全然重い。振り回すことはできないが盾代わりにはなった。


 爪をやり過ごし、相手の懐にさらに脚を踏み入れる。恐怖はない、今回もただ生にしがみつくだけだ。


「悪いな。俺も死にたくないんだ」


 地を蹴り、熊型の顎下から脳天までを剣で一気に貫いた。

 固いものが砕け、ズルッと奥まで剣が刺さる手応え。

 頭上から鉄臭い液体が滴り落ちてくる。


 熊型の魔物は脱力し、そのまま横へ倒れた。



「なんとか…勝てた、な」


 剣を振り血を落とす。念のためリバースを掛けて剣を新品状態まで戻した。



 グリズビーモドキとの戦闘は息が詰まるほど緊張した。顔の件さえなければもっと勝利を喜べていたに違いない。


 今回はそんな憂いもないはずなのに、あまり喜びたい気分にはなれなかった。


「なんと言うか、思ったより…」


 楽だった。そう言おうとしたがやめた。

 命を狩ったにしては軽すぎる発言だ。傲慢な考えは好きじゃない。

 でもやっぱり苦戦しなかった分そう感じた。あのグリズビーモドキ、実は特殊個体だったのではないだろうか?


「んなことないか」


 まだ二体しか対峙していないし、特殊個体なら死んでたのは俺の方だろな…


 とは言え勝てたことに一先ず安堵した。


「ふぅ…なんか疲れたな」


 拠点前に死体を放置するのも嫌なため、穴を掘って埋めた。食べれるなら貴重な食糧になっただろうが、魔物肉が食べれるのかわからない、師匠に聞くの忘れてた。

 それにまだドラゴン肉がのこっている。


 何よりも、

「しばらく熊は勘弁だ」


 少しげっそりな気分になりながらそう溢した。


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