森にお出かけ
師匠が拠点を出てから最初の2日間。
俺は近場で山菜や木の実を蓄える為にトレーニングを休んだ。
休んだら休んだ分だけ体力が落ちそうなものだが、以外とそうでもない。
昔部活のコーチが言っていたが、酷使し続けていると筋肉は良い成長をしないらしい、たまにはしっかり休養と栄養を取り、体を超回復すると良い、と言っていた。ような気がする。二十年前の記憶だからちょっと怪しいな。
今日は師匠がいなくなってから三日目だ、そろそろ森の障害物ランニングを再開したいのだが
「やっぱりちょっと怖いな…」
我ながら情けないと思う。が、強くならなければ結局死ぬのだからと、両頬をバチんっ!と叩いてボッチランニングを開始した。
一応素振りで使っている剣と例の重い黒剣を背負ってはいるが、この黒い剣がまじで邪魔。人を一人、いや二人背負ってるみたいに重い。
これを常に持ち歩いていた幼少期の師匠は変態だったのではないだろうか?そしてそれを律儀に再現しようとしている俺もまた変態なのだろう。
「しょーもないな」
そう言いながら少しほくそ笑んだ。
この世界に来てから漸く落ち着いた気持ちになれた。いずれは師匠に殺されるかもしれない有限の時間だが、こんなに落ち着くことが出きるのもまた師匠のお陰だ。
…家族のことは心配だ。これからのことも心配だ。
でもまだ最悪じゃない。絶望的じゃない。
俺さえ強くなれればどうにでもできるかもしれない。やれることは全てやろう。
そんなことを考えながら森の中を一人疾走していく。
『ぐがぁぁぁあああっ!!!!』
それは唐突だった。
バカでかい木の根を飛び越え、着地した瞬間。
俺は真横から飛び出してきた熊型の魔物に弾き飛ばされた。
「ぐあっっ!!」
クソっ!ランニング再開初日にこれかよっ!!
弾き飛ばされた先、大きな木の幹に叩きつけられ落ちる。
「大丈夫だ、落ち着け、大きな傷はない、立て、構えろっ!」
一つ一つ自分に言い聞かせ、ふらつきながらもなんとか剣を構えた。
弾き飛ばした相手を確認する。
さっきもチラッと見えたが熊型の魔物だ。体格は2メートル強、地球で言えばハイイログマ、別名グリズビー。それによく似ている。
そしてその魔物の胸辺り。
「…エリ…イ…チキ……ニカエ…タ…」
そこには…何かを呟く人の顔らしきものがやはりあった。
全身の毛が逆立ち、顔の血の気が引いていくのを感じる。生理的な拒否反応だ。
「ホントなんなんだよこいつらっ!全然ファンタジーの生き物じゃねぇ!キモいわっ!」
自分にカツを入れ、相手を威圧するつもりで声を張る。
『ぐおぉぉぁぁぁあああっ!!!!』
それ以上の声量で返された。
体が萎縮する。
「ダメだしっかりしろ!!一度深呼吸だ!深呼吸!」
そんなことを言ってる間にグリズビーモドキが突進してきた。
「ちっ!クソっ!ちょっとは準備させろよっ!」
悪態を付きながら接触直前に横に飛び回避。二度前転しつつ、起き上がりながら相手の方へ身体を向ける。
が、しかし相手は既に目の前にいた。
丸太のような腕を大きく振りかぶっている。爪がギラッと光ったように錯覚した。
不味い!
瞬順する暇もなく咄嗟に練習用の剣を防御の為に前に出す。
バキンッ!!
「なっ!」
剣はあっさり折れ、俺はまたも数メートル吹っ飛ばされた。
「ぐっ…っそがっ!これは…まじで死ぬかもしれん…」
残りは黒い剣と、使えるかわからない奥の手が一つある。死にたくなければこれらを駆使する他ない。
グリズビーモドキは特に警戒することもなく、ゆっくり一直線にこちらへ歩みを進める。
覚悟を決めろっ!ここが正念場だ!
心の中で強く強く自分に言い聞かせた。
クソ重い黒い剣を背中から引き抜き、構えようとした。が、持ち上がらない。背負うのと手に持つのとではかなりの差があった。
だがそんなことは最初からわかってる。黒剣を目の前の地面に軽く突き刺した。
グリズビーモドキはある程度距離を詰めてから再度突進の構えをとる。
恐らく勝負できるのは次の攻撃が来る一度しかない。
汗が頬を伝う。唾をゴクリと飲み込んだ。
一瞬の沈黙。両者はピタリと動きを止める。そして━━━
『グルゥゥゥウアァァ!!!!』
グリズビーモドキが三度の突進をした。
俺は恐怖しつつも相手をギリギリまで引き付ける。グリズビーモドキの口からヨダレが溢れる。その生臭い臭いが鼻を刺した瞬間。
俺は目の前の地面に軽く刺した黒剣をグリズビーモドキめがけ力の限り蹴り飛ばした。
1ヶ月半とは言え、かなり足場の悪い森林を毎日毎日半日間走り続けたのだ、俺の脚力はガチムチ色黒スキングラサンとほぼ同等まで鍛え上げられていた。
ギリギリまで敵を引き付けてから蹴られた黒剣は、相手の顔に直撃した。直撃、といっても剣の腹だ。大したダメージにもなっていない。
だがそれでもグリズビーモドキは一瞬怯んだ。
敵がどれだけ弱かろうともこいつは敵を目の前に明確な隙を作ったのだ。
これを、この隙を逃せば後はない。狙いは外せない。
「はあぁぁぁぁっ!!!」
全身の力を右手に。腰を落とし、捻り、俺は
『グガァォォォォォォォオ!!!!!』
深い緑の森に獣の絶叫が木霊する。
だがこれで終わらない。奴はまだ生きている。生かせばこちらが死ぬ。殺される。
俺は素早く背中の羽を一枚抜いて、絶叫する魔物へと飛び掛かった。
狙うは鋭い牙が敷き詰まった口の中。あの歯で噛まれれば俺の肉体など、紙同然に食いちぎられるだろう。
そんな恐怖は既に通り越している。今の俺は醜く生にしがみつく愚者そのものだ。
人生諦めが肝心。よくそんなことを言っていた気がする。
死ぬのならポックリ死にたい。そんなことも言った気がする。
結婚しても妻より早く死ぬだろう。と死亡保険も多めに掛けた。
辛いのが嫌だった。逃げるのが楽だった。
だけど、人間の本質なんて自分でもわからないものだ。
また家族に会いたいと望み。
良くしてくれた相手に応えたいと思い。
まだ生きたいと醜く足掻く。
それが俺だ。
「全くもって俺は格好悪いな」
そう呟き、魔物の口の中へ手を突っ込み羽を落とす。
まだ怯んでる間にグリズビーモドキの体を蹴り距離を取る。そして━━━
「ストレージ解放」
ドンンッ!!!
グリズビーモドキの頭は
パラパラと爆発飛散した頭蓋や肉の破片が降り注ぐ中、ちゃんと爆発してくれて助かったと安堵する。
確信はなかった。嘘か本当かも怪しかった。それでも首輪は爆発した。
「なんてモン人の首に付けてんだよ…」
救われたがなんか釈然としない。
「あいつら…ホントに悪人だったんだな。」
殺される程、では無かったが、あの研究所の連中はやっぱりまともじゃなかった。人の命を軽く見ている。次に会うときは最初から殺すつもりで相対しようと心に誓った。
ふと、倒した魔物に目をやる。胸元にある人の顔が目に入った。
やはりキモい。なんなんだあれは?
少し近寄って観察しようとした。だが━━━
「━━━━━━━カエリタイ」
そう聞こえた。
聞くべきではなかった、信じたくなかった。まだ何の確証もない。これは幻聴だ。
だが確かにその言葉は心に絡み付いた。
「俺は………信じないからな………」
そう呟き、少年は踵を返す。
次に師匠に会うまでに聞きたいことが増えた。この世界の魔物はなにかおかしい。
出ていったばかりなのに早く師匠に会いたかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます